『キリスト教は「宗教」ではない』

『キリスト教は「宗教」ではない』

スイス鉄道のように · 2017-11-21 12:05:21 UTC+9 · 投稿 #1014

『キリスト教は「宗教」ではない』を読ませていただきました。
僭越かもしれませんが、感想を書かせていただきたいと思います。

> 「キリスト者」ではないある人からは、「護教的」だと言われた。
私もそう思いました(もちろん、竹下様が言われた方とは違う理由だとは思いますが)。
私がそう思う理由は、自由や平等,人の尊厳,理性の尊重などの理念は、①古代ゾロアスター教の正義についての考え方,②古代ユダヤ神学,③古代エジプトやメソポタミア地域の文化官僚(書記職(スクライブ))の実務のなかから生まれてきた衡平や公正の考え方,④古代ギリシャ哲学,⑤古代ローマ法の法思想や法哲学,⑥イスラム神学などが、その後さまざまな経路を経て、主に中世ヨーロッパの大学という場所において結晶化したものだと考えるからです。つまり、教会の成果というよりは、中世大学の神学部ならびに法学部の成果が、自由と平等,人権や理性の尊重の主たる直接的な原因なのではないでしょうか。もちろん、ローマ・カトリック教会の司祭や修道士が多く神学・法学の教鞭をとっていたわけで、教会と大学は人という面で重なってはいましたが、しかし、その空間の性質という面で、教会とは異なるものであると思います。


以下、参考文献です。

”自然法思想はキリスト教思想と非キリスト教思想、神の国と地上の国ならびに神の法と世俗の法を結ぶパイプとして、中世を通じてきわめて重要な役割を演じた。もとより、「自然法」という概念自体はギリシアで生まれ、ストアが中心となってローマでもさかんに用いられてきたものである。キリスト教はそれをキリスト教化することによって、非キリスト教世界の法律文化と法思想を、さらには世俗の生活にかかわるすべての事がらをキリスト教化することができたのである。
それゆえに、中世法思想の形成過程を「自然法のキリスト教化」の過程としてとらえることは、中世の法思想をとらえるのに最もふさわしい方法であると思われる。これによって、複雑多岐をきわめる中世の法律生活を、われわれは統一的に理解できるはずである。”(『思想の歴史3 キリスト教とイスラム』 平凡社刊)

”寛容、やさしさ、思いやり、献身はゾロアスター教徒の基本的な義務であったが、ゾロアスターの青年時代の行為がそのモデルとして伝えられている。”
(前田耕作『宗祖ゾロアスター』ちくま新書)

”ゾロアスターは善の原理の正しさとその究極的な勝利に深い確信をもったので、生命あるうちに善を選択してアフラの戦いに尽力した人間は、死後裁判を受けて天国へいくことができるが、逆に邪悪に従った者には地獄の苦しみがあることをはじめて説いた。また善の究極的勝利を画する“時の終わり”があり、この時は死者も生者もすべてを対象とする最後の審判が行なわれ、その後で善の勝利が確立されるのだと主張した。信者たちの日々の悪との戦いを助けて善の勝利を招来すべく、未来には救世主(サオシュヤント)が現れるという希望を与えて信者たちの支えとした。これらのゾロアスターの独創的な思想は、世界の宗教史上画期的なものであって、いろいろな形で、世界の三大宗教たるキリスト教、イスラム教、仏教に大きな影響を与えた。天国と地獄、最後の審判、救世主信仰は、ユダヤ教のなかで成長し、キリスト教に明瞭な結実をみた。”(メアリー・ボイス『ゾロアスター教三五○○年の歴史』講談社学術文庫)

”バビロニアの書記:
書記はその初期には計算、支払い、測量などの商業の基礎教育を受け、ついで、数学、記帳、および商業法規を学ぶ。彼らの仕事は、寺院の財産の収入、支出をつかさどるいわゆる出納責任者で、寺院と商業との連携作業がその任務であった。つまり、司祭と実務家とを兼ねる役割を果たすのである。”
(上原孝吉『簿記の歴史』一橋出版)

”会計の歴史は概して文明の歴史である。高度の発展段階に到達した国民は、いずれも広範囲な商業方式を営んだことをわれわれは知っている。ところで、商業は正確な会計を行うべき多少精巧な方法なしには、これを築き得ないことは明白である。それゆえに、会計は文明の進歩と手をたずさえて来たことになる。商業は文明の侍女といわれたが、同様に会計は両者の侍女であるといっても誤りではない。換言すれば、文明は商業の親であり、会計は商業の子供である。したがって、会計は文明の孫に相当することになる。”(アーサー・ウルフ『ウルフ会計史』法政大学出版局)

”アッバース朝の第七代カリフ、マアムーン(在位813~833)は、バグダードに「知恵の館」(バイト・アルヒクマ)を建設し、ここにジュンディー・シャープールなどから学者を集めてギリシャ・ローマの文献のアラビア語への翻訳活動を組織的に推進しました。スタッフはキリスト教徒(ネストリウス派)やユダヤ人が主体であったようです。この嵐のように展開された大翻訳運動は、中国で行なわれたサンスクリット語の大乗経典を漢訳したことと並ぶ、人類の二大翻訳運動といわれています。”(出口治明『仕事に効く教養としての「世界史」Ⅱ』祥伝社)

”西洋最初の大学(13世紀)の内とくに、ボローニャ、パリ、オックスフォードでは、アンダルス時代のアラビア語のテキストを大々的に使い、アリストテレスの哲学やイスラムの進んだ科学を学んでいた。”(原田安啓『中世イスラムの図書館と西洋』日本図書刊行会)

”マイムーンの書『当惑する問題への案内』はラテン語訳され、13世紀のスコラ哲学に多大な影響を与えたが、これはトマス・アクィナスの業績に著しく現れている。”(原田安啓『中世イスラムの図書館と西洋』日本図書刊行会)

私が過去に触れた文献の一部ですが、以上です

長くなってすみません。