sacra 桜さまへ

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sekko · 2018-03-06 06:28:37 UTC+9 · 投稿 #1047

そうですね。映画に関しては、去年はニコラ・ブクリエフの『告解』というそのものずばりのタイトルの映画もあるにはありました。
https://spinou.exblog.jp/26576511/

でも、この映画でも、告解司祭を試す、という流れだし、昔もヒッチコック映画で『私は告白する』という告解の秘密守秘をめぐってのストーリーがありました。

私のブログで「告解」を検索するとこういう映画もありました。
ジェームズ・グレイ『エヴァの告白』
https://spinou.exblog.jp/26240609/

マックス・ジャコブの「回心」のシリーズにも、告解と免償を毎日繰り返していた彼のことについて書いています。

L’apparitionの映画では、確かに、ヒロインが司祭に何をどこまで話していたかというのは分かりません。昔は、少なくとも「告解」と「復活祭」とは必ずセットで、心機一転という人もいたかもしれませんが、形式だけだった人も多いでしょう。今のフランスでは共同の改悛みたいなので済ませているところが多いように思います。

ギリシャ正教のように、今でも、前日か日曜の朝、「痛悔」をしないとミサにあずかれないものもあります。https://spinou.exblog.jp/25590

「赦しの秘跡」は、聖霊に属するのだとしても、実際問題としては、どんな司祭に当たるか、司祭との間に信頼関係が生まれるか、などが、信徒側の実践に反映すると思います。

司祭も大変だなあと思います。告解の場で聖霊が働いていると今感じますか? と尋ねた時、「ミサの時は本当に聖霊の働きを感じてイエスの実在を感じるけれど、告解では感じない。ただ信じて祈るだけです。」と答えた司祭さんがいました。

どんな「秘跡」でも、人間と人間の間で仲介され表現される部分だけを見ていても本当には理解できないのだから、「再教育」といっても、どんなレベルのことなのか私にはわかりません。答えになっていなくてごめんなさい。

コアな話は http://6318.teacup.com/philosophie/bbs の方にお願いします。
ご期待に添えるような対応はできないかもしれませんが…