グラさま
ご愛読ありがとうございます。
WHOの健康の定義についてはいろいろなところで書いたり話したりしてきました。
霊性について、諸文化、宗教の指揮者が招かれて発表をしたことがあって、日本から、仏教における霊性について、当時龍谷大学教授だった数学者の山口昌哉先生(京大名誉教授)が発表なさいました。
先生は私のファンだと自称なさっていて講演に呼ばれたことがあります。
で、彼が日本の仏教の霊性についてWHOで話したのは、人間には精神と肉体の二つがあるが、ばらばらにもなり得るその二つを統合するものが霊性だという説明だったそうです。
でも、たしか日本の厚生省が難色を示したこともあって、結局この改定案は通らず、事務総長の年頭所感だったかに表明されることに終わったのだと記憶しています。
ある神学者は、胎児が臍の緒から栄養と酸素をもらって生きているように、人間は、イエスと聖霊をもらって生きている、死ぬときはこの臍の緒が切れて霊性を返すけれど今度は神に永遠につながるのだ、と形容していました。
霊性とは静的なものではなくて私たちを生かし続けるために絶えず注ぎ込まれている息吹のようなものなのでしょう。
この世に生まれる時と死ぬ時の境界領域なしには体も心も健康も成り立たないのですから、超越への感性を失わない霊的に良好な動的状態というのは絶対に視野に入れるべきですね。
その感性が薄れているのが日本だとしたら、残念です。
WHOの健康の定義についてはいろいろなところで書いたり話したりしてきました。
霊性について、諸文化、宗教の指揮者が招かれて発表をしたことがあって、日本から、仏教における霊性について、当時龍谷大学教授だった数学者の山口昌哉先生(京大名誉教授)が発表なさいました。
先生は私のファンだと自称なさっていて講演に呼ばれたことがあります。
で、彼が日本の仏教の霊性についてWHOで話したのは、人間には精神と肉体の二つがあるが、ばらばらにもなり得るその二つを統合するものが霊性だという説明だったそうです。
でも、たしか日本の厚生省が難色を示したこともあって、結局この改定案は通らず、事務総長の年頭所感だったかに表明されることに終わったのだと記憶しています。
ある神学者は、胎児が臍の緒から栄養と酸素をもらって生きているように、人間は、イエスと聖霊をもらって生きている、死ぬときはこの臍の緒が切れて霊性を返すけれど今度は神に永遠につながるのだ、と形容していました。
霊性とは静的なものではなくて私たちを生かし続けるために絶えず注ぎ込まれている息吹のようなものなのでしょう。
この世に生まれる時と死ぬ時の境界領域なしには体も心も健康も成り立たないのですから、超越への感性を失わない霊的に良好な動的状態というのは絶対に視野に入れるべきですね。
その感性が薄れているのが日本だとしたら、残念です。