アメコミ

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迷える大羊 · 2010-12-23 10:38:35 UTC+9 · 投稿 #556

っていえば、極彩色でマッチョな男がへんし~ん。悪党どもをすぽぽーん、とやっつけて、みたいなのを思い浮かべる、っていうか、そんなのばっかり、といった印象があります。子供向けなのかもしれないけど、今時、そんなヒネリのない話、誰が読むんだ?てな感じで。
それにしても、疑問に思うのは、アメリカ人ってそんなに単純な人たちばかりなの?ってこと。そんなことはないわけで、小説とか実写映画、ITの分野では独創的な面白いものをいろいろ出しているのに、なぜ、コミックはああなのか?

それにはちゃんと理由がありました。
元ネタはアメリカ人のマンガ研究家のフレデリック・シュダット氏と大阪芸大講師、岡田氏との対談です。以下長いですが、その抜粋。

http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakusemi/No5.html

『岡田 四〇年代・五〇年代の黄金期はアメリカでもいろんな種類のまんがが出ていて発行部数も多かったみたいですけど、その当時は人口の三、四パーセントしか読んでいないなんてことはなかったんですよね。

ショット ええ。現在と比べて出版社の数も多かったですね。

岡田 それだけ盛んだったのが、なんで現在みたいに人口の数パーセントしか読まないようなものになってしまったんでしょう。それにジャンルも、昔は豊富だったのにいまでは「マッチョが悪人倒してスポポ~ン」という形式に収まってしまったのも不思議なんですが。

ショット アメコミが廃れていった背景ですね。そのひとつとして、五〇年代の保守的な社会風潮があったんです。まだアメリカでもテレビが本格的に普及していなかった頃の話なんですが、現在「テレビが子供に悪影響を与えている」というのと同じ論調で、「まんがは子供の教育に悪い」ということがよく言われていたんですよ。たしかにホラーコミックなどかなり残酷な描写をしているものが流行っていたんですが、それらをPTAや政治団体、教会などが厳しく叩いていたんです。その運動は連邦政府にプレッシャーをかけるほど大きなもので、アメリカ上院の某委員会で「まんがは青少年を非行の道へ導く」というようなことが論じられてしまい、それで出版社サイドがビビってしまったんですね。プレッシャーから自主検閲制度を開始したわけです。その自主規制の内容なんですけど、現在のアメコミでもよく表紙に「Comics Code Authority」という表記が入っていることがあります。このコードはひじょうに細かい部分まで規制しているんですよ。たとえば離婚した夫婦を描いてはいけないし、裁判官や警察官を悪く描くのもダメ。アメリカ民主主義への批判もダメなんです。

岡田 離婚家庭を描いてはいけないってのは、かなり厳しいですよね。

ショット かなりキツいですね。離婚家庭がダメだというだけでもう、まんがとして表現できるテーマや内容がかなりの制限を受けてしまいますし。

岡田 そうすると主人公の家はどこも健全な両親がいて……。

ショット もう「善良市民万歳!」という感じで(笑)。そんな状況でしたから、どうしてもスーパーヒーローを描くしかなかったんですね。

岡田 なるほどね。スーパーヒーローしか描けませんよ、実際。なんで敵キャラたちが悪いことをするのかという必然性についても、「それは貧困が悪いからだ」なんて言えませんし。そうなると「アメリカに貧困なんてあってはならない。だからよその国の貧困にしよう。いや、いっそよその惑星の貧困にしてしまおう」という具合になっちゃいますから。

ショット そうなんです。どうしても勧善懲悪の単純なテーマになりがちで、そのためコミックスコード実施後はどの出版社も発行部数が急激に落ちて、つぎつぎに潰れていったんですよ。もう恋愛モノもホラーコミックも出せなくなってしまって、最後に残ったのがスーパーヒーローものだったんです。 』

対談中にもあるように、離婚家庭描くのも×、アメリカ民主主義批判も×、暴力、性描写ももちろん×、裁判官、警察官を悪く描くの×、み~んな「青少年の健全な育成」に悪いから、って何を描けというんだ~って感じですね。なんだか、マンガ好きとしては聞いているだけでゾッとするような話ですが、なるほどね、それじゃ廃れるのも納得です。

ところで、フランスのバンド・デシネについてはどうなんでしょう?こんな規制が議論された時代があったんでしょうか?みたところ、アメコミほどひどくはないようですが。