イエスとパウロ
イエスが神懸りの教祖でパウロが宗教組織のオーガナイザーって図式は、昔私も何となく受け入れてたんですが、今は全然違うって思ってます。
イエスをキリストってしたことがキリスト教を成立させたわけですが、受肉とか贖罪の思想におけるその逆説の力はすごいなあと今は感心します。
しかし、西洋近代を生んだキリスト教社会ではその辺のところがまったく闇の中になってしまったんで、過激も毒も逆説も見えなくなり、信仰と懐疑の緊張が、似非科学主義とか、「イエスはシンボル、人としての模範」、みたいな方向とかに行っちゃったのは、ちょっと残念です。
イエスをキリストってしたことがキリスト教を成立させたわけですが、受肉とか贖罪の思想におけるその逆説の力はすごいなあと今は感心します。
しかし、西洋近代を生んだキリスト教社会ではその辺のところがまったく闇の中になってしまったんで、過激も毒も逆説も見えなくなり、信仰と懐疑の緊張が、似非科学主義とか、「イエスはシンボル、人としての模範」、みたいな方向とかに行っちゃったのは、ちょっと残念です。