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頑張るのか頑張らないのか

少し古いが、『中央公論』1月号で、「求めない、悩まない、がんばらない」を標語に「この時代の生き方の処方箋を求めて」というタイトルで、真宗で老子の生活を実践する加島氏、禅宗の僧侶の板橋氏、そしてホーリスティックな医療を目指す鎌田医師という3人の座談会が載っていた。それぞれ、『求めない』『ネコは悩まない』『がんばらない』という著作がある。お二人が戦争体験者の80代で、鎌田医師が団塊の世代だ。

同じ号に、『ゼロ年代の想像力』宇野常寛の書評が載っていて、それによると、1995年のオウム事件で、がんばれば生きる意味が見つかるという神話が崩壊したので、それ以後の世代は、自己実現「する」(行為)でなく「・・・である」(状態)をアイデンティティとする考え方が支配的になったとあった。しかし、格差社会が進み、「引きこもっていると生き残れない」ということになり、「あえて・・する」という決断主義が生まれたのだという。

それを考えながら先の座談会を読むと、考えさせられる。板橋住職自身がこう言っている。

多くの読者からは「『求めない』とか『がんばらない』とか言っても、一家を成したから言えるので、われわれにそんなことを言って、どうするの」という反応が必ず来ますね。

で、お三方の言いたいのは、人生、がんばるときはがんばって、無理な時は自然体で行け、バランス感覚が大事だ、という話だ。

これはもっともである。 まったくそれこそバランスのとれた生き方の知恵で、賛同できるのだが・・・

ただし、「とらわれのない無作為の思想はヨーロッパ人に教えるのは難しいね」という点で意見が一致しているのは、相変わらず、巷に浸透している東洋思想の醍醐味は欧米には分からない、というレトリックで、がっかりさせられる。

「無邪気」や「単純」も、英語のイノセントやシンプルはいい言葉ではないけれど、邪気がなくて純一ということだから、いい言葉なんですよ。(加島)

というのも、「?」だ。

「ナイーヴ」という言葉は、確かに「ものを考えないやつ」というニュアンスがあって日本語のナイーヴとは違うけれど、イノセントやシンプルは、たとえばキリスト教的な文脈からいうとかなりポジティヴな言葉だし、福音書的な「野の花のように思い煩うことなく、ただ咲いている」だけで祝福されているというイメージは、彼らのいう東洋思想と同じ精神だ。

現代の閉塞とか危機とかの意識の中で、日本の知識人たちが往々にして、

「進歩主義で世界を汚染してきた欧米には所詮わかんないだろうな」

と言うようなことは、実は、単に肥大した資本主義の結果として起こったここ数十年の「新自由主義=弱肉強食の競争社会」に対して言われるべきであって、日本人も充分「共犯」であった高度成長神話に対して発せられるべきなのだ。

禁欲的だったり、「足るを知る」だったり、ゆったりと自給自足なんていう文化や考え方は、「西洋」にも古代から必ず存在していた。人間なんて、違いよりも、共通点の方が多い。 「欧米」に汚染されなければ日本はずっと自然と調和したいい世界だった、みたいな言い訳やら幻想やら不毛な自己満足はいいかげんうんざりする。

世界が全体としては民主的な方に発展してきたことは間違いない。エリートや特権階級でなくとも、無事に生まれて長生きする率は高くなった。私自身もその恩恵を受けているのを実感する。

非キリスト教国、非欧米の敗戦国日本に生まれて、さらに、庶民で女性であるという私なんか、少し前なら「苦労の多い短い一生」をおくっていそうだが、世界の「近代西洋化」のおかげで、高等教育は受けられるの、外国には住めるの、自由に意見を発信できるの、と、一世紀前なら超エリートの男性しかできなかったような恵まれた境遇である。

もちろん、そういう「西洋近代」の進歩思想にはそれなりの副作用があり、環境汚染、帝国主義、覇権主義とか優生思想とか、いろいろあったわけだが、それを「自己批判」して改めていく流れも必ず生まれている。

そしてそういうところで、大いに悩み、がんばってくれる人たちがいることは大いに力強いことだ。  もし、誰も「求めない、悩まない、がんばらない」世界になってしまえば、絶対に踏み潰されたり行き倒れになる弱者が大量に出てくる。

まあ、いよいよ社会の第一線から引退して田舎に引っ込んで晴耕雨読、なんてことを目指す団塊世代なんかには、この辺で肩の力を抜いてゆったりとしよう、というのは、それでいい。

でも、たとえば、がんばろうにもがんばれない、機会を奪われているような若い世代にとっては、「よい加減に自然体で」といっても助けにならないだろう。ゆったり自分探しなんかしてると、ネオリベの競争社会に呑み込まれて浮かべない。

それどころか、最初から地道に自立しようとしても安定した職を得るチャンスを奪われている若者もたくさんいる。それなのに、バブル時代のフリーターとネオリベ時代のフリーターを混同して、フリーターとは責任を背負いたくないわがままな「自然体」を選んだのだからリスクのあるのは当然、悲惨なのは自己責任、なんてひどい言説もあるので、気の毒だ。

あと、本当に、人は、能力の差の他に、持って生まれたエネルギーのポテンシャルの差があると思う。

『がんばらない』なんて本をバンバン書ける人、人生の指南書を書ける人なんかは、そのエネルギーの大きい人がほとんどだ。

ひがむわけではないが、そういう人たちの「がんばらない」は、もともとエネルギーが少なくて「がんばれない」人の慰めにならない。

『ネコは悩まない』、って言うが、ネコって持久力がない。 起きてるときは偉くエネルギーがあるように見えて誤解されるが、たいていは寝てるからなあ。

そうなると、やはり、拠り所になるのは、チマッティ師の「できるだけと、もう少し」かもしれない。

だれでも、自分の持っている力は、できるだけ発揮する。

できるだけ、がんばる。

そして、

あと、もう少し。

「もう少し」を采配しよう。

近くにいる人のために何かする。 よりよい世界や社会を夢見る。 不当なものには抗議を表明する。

もう少し、は、「できるだけ」の先であり、

ゆとりでありバランスであり、何か別の自分の外にあるものとの連帯や、力の汲み上げかもしれないし、広がりの可能性かもしれない。 (2009.1.28)

今朝の夢

今朝、夢を見てから目が覚めた。私にはよくある変にリアルな夢である。

私は、大きな屋敷に住んでいる独身の『お嬢様』だ。 外で、なにかのフェスティヴァルだか見本市だかに参加して、そこで、時々会う若い男と何か共通のイヴェントを楽しんでいる。夜になり、帰る時間が来て、私はその男に「帰る家」がないのを知っている。彼はワゴン車に乗っていて、私のうちの広いガレージに車を乗り入れさせてやれば車の中で眠るということが分かっている。外は寒いし、そうしてやりたい気もするが、「うちの親たち」に見つからないようにするのは難しいし、男も「是非」と口に出して頼んでいるわけではない。男が外か玄関で待っている間、私はうちの食堂に入ってお夜食が用意さ れているのを見ている。私を迎えてくれた初老の運転手がそばにいる。彼は、男のことも知っている。

「どうして彼を泊めてやらないんですか」

と運転手がきく。

「彼はお嬢さんのことをすごく愛してるんですよ」

私は驚いた。

男はいつも親切だが、愛の告白をされたことはない。

すると、運転手は、これまでに男が私のためにしてくれたことを並べ立て始めた。

夢の中なので変だが、私にはそのどれにも確かに覚えがあるのだ。

こうして並べられれば、なるほど、それは、明らかに、男が私のことを好きだから、ということを指し示してい る。私も、いつも親切なその男にはもちろんひそかな好意を抱いているのだが、何となく封印していたのだ。 運転手に言われ、これまでのことを思い返して、私は、忽然と、男に愛されているのだ、と思い当たった。そ の啓示を受け入れそうになった。

ところが、

それと全く同時に、もう一つの事実が顕れて私を押し留めた。

「だって、あの人は一度も私のことを好きだって、言ったことはないじゃない」

「だって、あの人は一度も私のことを好きだって、言ったことはないじゃない」

「だって、あの人は一度も私のことを好きだって、言ったことはないじゃない」

この思いが、大波のように心の岸に打ち寄せてきたのだ。

彼のしてくれたすべてのことが、彼の気持ちを物語っているのに、私がそれを認めようとしなかったことは、彼の「告白」がなかったからだのだ。 「愛」とかその受け入れとかは、「告白」とセットになっていて、それがない限りは私はすべてのことを「ないこと」にしていたのだ。

「でも、明らかじゃありませんか」

と、運転手は言った。

私は、彼がこれまで一貫して私に向けてくれたやさしさや思いやりが、決して私の心を満たしていないのだと知った。そこには「告白=約束」の不在があり、そこはまるで、鍵のかかっていない非常口のようにぽっかり穴が開いていて、彼がいつでも私の心から逃げていけるようになっているのだ。「告白の不在」は、愛の気づきとともに深く暗い穴となって迫ってきた。それは彼による裏切りであり、彼がこれまでに惜しみなく見せてくれた親切や心配りを一瞬にして呑み込むブラックホールみたいだった。

ここまでが、私の夢である。

もちろん、リアルとは何の関係もなく、私は深窓の令嬢でもなく、私は両親もすでにいない初老の域に達してい る。。

でも、感情は真に迫っていた。

夢から醒めて、ちょっと冷静に考えてみると、その男が「愛を告白しないこと」で確保していた非常口とは、私のためだったのかもしれないとも思う。自分が私の両親に気に入られないことは自明だし、ワゴン車難民である自分の愛を私に押し付けて私を困った立場に立たせたくはな い。 ワゴン車がある限り、彼は寝るところがあるのであり、尊厳があり自立した人間だ。愛していることと、それを告白することで相手にその重みを担わせることとは別である。「告白の不在」は男の卑怯さではなくて、誠実さの現われかもしれない。いや、状況を思うと、そう考える方が正しいだろう。

しかし、それでも、夢の中での私にとって、

「言葉が必要だ」

という思いは、肺腑をえぐるように切実なものだった。

もちろん、熱烈な「愛の告白」の後で、平気で女を裏切る男もいるだろうし、愛が醒める人もいるだ ろうし、誤りに気づく人もいるだろう。だから、 口先の告白なんて何の意味もないという考えもできる。でも、でも・・・・

見合い結婚の末に熟年離婚した女性が「私は夫から『愛してるよ』という言葉を一度も聞いたことがない」と語るのを聞いたことがある。それはつらそうだと思う。しかし、夫は何十年もコツコツ働き家庭を守ってきたことで充分彼なりの「愛」を 完遂したと思っていた。

逆に、熱烈な恋愛の末に結ばれたカップルが、夫に浮気されて、「過去に私に言ったような甘い言葉を今度は他 の女に言っているのかもと思うと我慢 できない、憎さがひとしお」という場合もある。

愛を口にするかどうかは、それが展開する風土や言語や、個人の性格にも拠っているのだろう。

キリスト教の修道者は神の前に終身誓願をしなくてはならない。

神のほうは自分を絶対に裏切らないという確信がある。

旧約の神は、偶像崇拝に懲りない民に時々絶望して、ちゃぶ台をひっくり返すようなことを時々したけれど、最後は、あきらめて、自分の独り子を送り込んで犠牲に供するという究極の力業に及んだ。その犠牲は「愛の告白」だったのだ。それに応える人は安心して自分を捧げるという構図なのか。

それでさえ、誓願を引っ込める人も出てくるんだけど。

キリスト教の結婚式でも、富める時も貧しい時も、健やかな時も病める時も、死が二人を分かつまで愛し合う、と 誓わされる。

それでも愛が醒めることもあれば、離婚する人もいるよ。

でも、「告白=宣言=誓い」には、「いつまでも」というニュアンスがある。

人は、愛に乗り出す時、その「時の広がり」を必要とする。

なぜだろう。

「遺伝子的に見て、人間は子供を育てるのに何年もかかるから、持続に関する保証を潜在的に求めるんじゃな いか」と言う人もいる。

私はうちの猫たちにでも

「・・ちゃん、好き、好き、好き」 と突然発作的に口に出すことがよくある。 やつらの方は何も言ってくれない。 私が彼らを可愛がっている限り、彼らも私の愛を受け入れてくれる、ということには、確信がある。

でも、

ある日私の人格が変わって彼らを虐待し始めたら、彼らは迷わず、私から一目散に逃げていくだろう。 それまで何年も本気で可愛がっていたとしても、ね。

これまでの努力も、私がなんでそれほど人格の変わるような病気だのつらい目にあったかだのなども、思いやったり、考慮してくれないだろう。

「今が大事」なんだ。

彼らには愛の告白も持続の見通しも必要ない。

変節を責められない、「持続性という幻想」を共有していない、という意味では気が楽な部分もあるし、ちょっとつらい部分もある。

多分、キリスト教の神は、誓願を破棄した人を責めることはない。しかも虐待されても逃げないのだろう。絶対に耐えてじっとそばにいてくれる。それが、キリスト教の神がした選択だったからだ。

あらゆる供物の中で最高のものは「fidélité =fidelity=faithfulness」だと言うのは多分ほんとなんだろう。

日本語で「忠実」とか「忠誠」とかいうと、ちょっと儒教的君臣の忠義を連想するなあ。「貞節」とか「貞潔」と 言えば夫婦間のモラルみたいだ。 「節を曲げない=変わらない」ことが大事という理解はある。

fidèleの語源はラテン語のfidelis で、確固とした、確かな、固い、変わらない、という意味があり、それはfides=foi=faith=信仰にも通じ、「誓いの言葉」を前提にした部分 がある。 日本語のfoi=faithの訳語は「信仰」で、この言葉のポイントは「信」かな。

だとしたら、「fidèle=faithfull」の訳は、「信 義」がぴったりするのかもしれない。

つまり、誰かや何かに忠誠を誓う時、少なくともその時はそれを「信じている」ことが期待される。 真実性においても、持続性においても、確信していると。 「愛してるよ」という言葉を待つのも、真実性と持続性における相手の確信を確かめたいからだ。 「愛してるよ」という言葉で知りたいのは、相手のただの「感情」ではないということだ。

きれいだなあとか、可愛いなあとか、その人のそばにずっといたいなあ、という感情は、相対的かも しれないし、ホルモンや脳内物質に左右されたも のかもしれない。人間の感情なんて、知性と意志によって絶えず補強され更新されないと、はかないものだ。

fidélité  やfidelity という言葉には、「ほんものそっくり」という意味もある。

このニュアンスも含蓄がある。

「愛している」という感情がほんものであると信じ、後は、経年変化によってそれが劣化しても、「ほんもの そっくり」に育て、維持してもいいの だ。その意志が大事なんだろう。

私には、人生で危機に出会っても、SOS を発すれば、できることな ら助けてくれる、と確信のある友人が何人かいる。友人たちが危機的状況なら私も迷わずするだろう。具体的に役に立たなくても、話 を聞くだけとか、いっしょに苦しむとかだけかもしれなくても、「聞えないふり」は絶対にしない。

彼らにそんなことを宣言してるわけではないが。

逆に、知らない相手に、fidélité  を宣言したこともないでは ない。 それは私の覚悟であり意志であるから。

私がある健康ブログを閉鎖した時、愚痴を言いたい人のためにアドレスを残した。 最近ブログで自殺について書いた時も、「死にたいと思っている人」が偶然それを読んで、絶望をだれかに語りたいと思うなら必ずフォローします、と書いた。

「宣言」しないことで非常口の逃げ場を残すんじゃなくて、「宣言」することで、他の人が非常口のドアを向こうからたたいてくればいいと思う。

母が亡くなった後、ある友人が「いつまでも友だちだよ」とメールをくれた。嬉しかった。

なかなかこういう言い方は自然にできない。

かえって、うそっぽいのではないか

言質をとられ本気にされたら困る

そんなこと、口にしなくても、ほんとの友人なら自明じゃないか

とかね。

それが、

「いつまでも好きだよ」

なんて言葉になると、なおさら、口にし難いかもしれない。

私は、うちの猫ちゃんたちのことをいつまでも好きだ。

私の友人たち、いつまでも、あなたたちの友だちです。

苦しい人、痛い人、悩んでいる人、泣きたい人、

いつでも、できるだけフォローします。

いつでも、

いつまでも。

それは私の信じることであり、信じたいことであり、希望することである。 (2008.12.14)

介護の話

日本のTVで、介護サービスの会社が次々に撤退する話をきいた。時給がどんどん減り、時間超過の手当てが削られ、布団干しなどは介護保険で手伝えないとか、介護を必要とするお年寄りや障害者の生活は不自由で家族の負担は重くなる。

私の住んでいる町では、というより、フランスではよくある話だが、一人暮らしのお年寄りのお散歩を付き添ったり、お買い物の代行をしたりというボランティアの人がよくいる。

日本では、親が倒れたら遠くに住んでいる子供が通いで介護したり、親を引き取ったりという話になるが、各地域にボランティアの仲介をするNPOがあって、誰でもが家族でなくても必要としている人を助けられたらいいのにと思った。

そして、それをしている人の家族が遠くの町で倒れたりしたら、そこにもある支部が、優先的に現地のボランティアの紹介をしてくれればいいのだ。

他人だといやだという人もいるかもしれないが、食事の支度をしたり(自宅の食事を必ず1人分よけいに作って届けるとかでもいい)、布団干しをしたり、お話をきくなどのサービスなら、血がつながった家族でなくてもできそうで、いや、むしろ、ボランティアだからこそわだかまりなくできる部分もあると思う。

まあ、そのNPOにボランティアとして登録すれば、介護のノウハウとか心理カウンセラーのノウハウも授けてもらって適正診断もしてもらえるといいだろう。資格が取れればもっといい。

今はネットワークの時代だから、どこで誰がどの程度の生活支援を要しているかを把握するのはそう難しくないと思うのだ。遠くにいる自分の親を看るのは大変でも、近所の人になら2倍のサービスができるし気持ちの余裕がある。そして、遠くにいる自分の親もそうやって、現地のボランティアのサービスを受けているので安心だ。毎日その家族に、メールで、「今日の様子」というのを報告する。写真添付も簡単な時代だから、毎日の食事だって、活動だって見てもらえる。

もちろん、自分の親の介護が必要でない人が他人の生活支援をしてもいいのだし、自分が忙しかった時他の人に助けてもらえた人が、暇ができた時に恩返しのつもりで別の人の世話をしてもいい。

昼からぶらぶらしてる可処分時間の多そうな人が日本にはたくさんいるみたいだから、すごくできるような気がするんだけど、心のハードルが高いのかなあ。

「できるだけ、ともう少し」の精神で何とかならないだろうか。自治体の情けなさを非難したり、一部の家族に負担を強いるよりよほど実行可能な気がするのだが。

フランスには、重度障害者とその老親が同時に住める施設がある。障害者施設とケア付高齢者施設がドッキングしたお城で、老親が死んだ後も、障害者は、慣れた場所で慣れた人に囲まれて住み、作業やリハビリなどを続けられる。すごく評判がいい。

ちょっと発想を変えれば、すごく重い問題に優しい解決法が見つかるかもしれない。(2008.6.3)

「できるだけ」は主観なのか?

「できるだけ」やります。

と言うとき、その「できるだけ」は、主観なのだろうか、客観なのだろうか。

「できるだけ」を保証するのは、意思なのだろうか、理性なのだろうか、それとも感情や思い入れなのだろうか。

できるだけのことはしたけれど、戦争は回避できなかった、とか、家族の介護にできるだけの努力はしたが力尽きた、とか、病苦やいじめに耐えてできるだけ我慢したが、もう限界を超えて自死をえらぶとか。

「できるだけ」というのは限界の設定だ。そこには「見込み」もあるだろう。リスク予測もあるだろう。期待値でもある。

「せいいっぱいやった」という時は、主観でもあるが、それは一種の「判断」や「自己査定」でもあるので、それなりの基準が無意識に用意されている。

「あの時宣戦布告しなければ一方的に侵略されていたのだから」 「あれ以上介護を続けていたら、自分が倒れていたのだから」

自死を選ぶ人は、生還して思い返すなら、「他に解決法がなかった」というのだろう。

それは「最終解決」や「最終回答」を求めていたからなのかもしれない。模索や試行錯誤や我慢には限界がある。その限界を決めるのが「できるだけ」という言葉なのだろう。

カップに水をいっぱい入れるには容量がある。 容量ぎりぎり注いでも、表面張力でもっといけるかもしれない。 臨界点の最後の一滴を超えるとあふれ出し、容量以下のところまで水が減るかもしれない。

なぜ、カップに水をいっぱい入れたかったのだろう。 喉が渇いていたからかもしれない。 それなら、半分のところで一口飲んで、また継ぎ足すという選択もある。 ひょっとして少し大きいカップがそばにあったかも?

「できるだけ」は容量やら、持ち時間やら、持ち金やら、記録やらというふうに、数値的なことが多い。往々にして主観的で、本当はもっと余裕があるときでも、もうだめだ、と思う時もある。 判断のエラーだったといって責められるものでもない。 当事者の主観の中ではちゃんと「自分のものさし」があったのだ。

「できるだけ」と「もう少し」を分ける効用はそこにある。 「もう少し」は、「できるだけ」のものさしを手離した向こうにある。

「できるだけ」は、自分に寄せられていると自分が信じている「周囲からの期待」かもしれない。だから、「できるだけ」、で力尽きたら、「期待を裏切った」という罪悪感にとらわれることもある。

「もう少し」は、根拠なく、期待もされていないのに、ともし続ける小さな種火のようなものかもしれない。

「できるだけ」をクリアした後にもうひとがんばりせよと鞭打つものではない。能力以上の力を出せというものでもない。

「もう少し」のともしびは、「できるだけ」のプロセスをそっと灯しつづけるものだといい。 数値や期待や限界や根拠とは別に、光やあたたかさを送り続けるものだといい。(2007.9.27)

n+1の悲哀

これは、この直前のマニフェストで書いた「できるだけ、と、もう一つ」の番外編です。番外というのは、一応「女性対象」だからです。だから、女性の皆さんへの手紙のようなつもりで書きます。

多くの女性が(n+1)番目の子供を悼む、という話は、もうずっと前に読みました。 「n」のところには0から何の数字でも、ある女性が産んでまだ生きている子の数が入ります。このnの数字は、あるところで、必ず、打ち止めになります。

体質的不妊、母性の奉献(修道聖願など)、最後の子供(最初で最後の場合もある)の流産、死産、中絶、さまざまな形の不妊手術、生殖器の老化、劣化、全体の老化。経済的、宗教的、政治的、社会的、優生学的、心身の健康上の理由などで、「もう生まない」と選択するなど、色々ありますが、必ず、もうこれ以上は絶対に子供をもてない、というリミットはやってきます。 そんなときに、多くの女性は、その、もてないという時点からプラスワンの子供の喪失感に付きまとわれるというものです。子供のない人なら、もてなかった一人の子供、一人いる人なら、2番目の子、2人いる人なら3番目の子、3人いる人なら4人目の子、4人いる人なら5人目の子・・・これで終わりということはありません。

個人差はあるでしょうが、喪失感の深さは、実際いる子供の数とは関係ありません。これは、子供を殺されたり病気や事故で失った親が、あとに何人残っているから悲しみが和らぐというものではないというのと同じです。そう、n+1番目の子、「生まれなかった最後の子供」は、独自の喪失感を女性に与え続けるのです。

私事でいいますと、長男と長女の間に4年あいているので、その間にもう一人男の子がほしかったというのはあります。そしたら2男2女でヴァリエーションもあって楽しかっただろうと。次女の後のn+1番目の最後の子というのは、これはもう、永遠の心残りです。体力的にもダメで、たとえ4人目に恵まれていたとしても、結局は幻の5人目の子供が心残りになったでしょうから、n+1症候群というのは、どうしようもないことです。

ただ、今までお会いした人を見ると、唯一、『7人の母、国会を行く』で有名なK さんのように、忘れた頃に最後の一人ができた、というようなケースは、n+1番目の子との遭遇感があるからか、すごく充実って感じがします。私の義母は、当時の非常なインテリでしたが、長男が10か月のとき夫を事故でなくし、再婚した相手との間に、ほぼ年子風に6人の子を産み、その後まる8年経った40代で最後の子供を生みました。結局彼女の晩年に最も深い関係を持ったのはその末っ子でした(その女の子が生まれていなければ私の人生も変わっていた)。

しかし、今思うと、この(n+1)番目の子供が、女性を生かしてくれ、人生の原動力になるような気がします。なぜなら、n番目までの子供(0も含めて)は、やがて、自分たちの人生を歩むからです。子供が自立するとほんとに喪失感に襲われて落ち込む母親もいますね。でも、(n+1)番目の子、「所有する前に失った子供」というのは、たえず背中を押してくれるような気がします。

「できるだけ、と、もう少し」のマニフェストに照らせば、n人の子が「できるだけ」の部分です。体質的に、健康上の理由で、経済的、社会的、その他もろもろの理由で決まったのが「n」という数です。少子化がダメだとか、中絶がダメだとか、政治上や宗教上の理屈で他人がなんと言おうとも、この「n]は、その女性の「できるだけ」なんです。 そして、(n+1)番目の子の喪失感を抱えて生きるのが、「もう少し」の部分かなあと思います。

誕生や死は、人生を超越した、目に見えない無限の部分がこちらの世界に鋭角的に触れる瞬間です。生きてる間は、こっち側の事情に夢中で、あちら側にアンテナを向けることも忘れがちですが、(n+1)番目の子を胸に抱え、思いを寄せている限り、自分の人生のスパンよりも広い何かへの感性を持ち続けていられるような気がするのです。

「もうすこし」は、連帯に向かっていくのかもしれません。これから生まれる他者の子供たちのためによりよい世界を用意しようと努力することかもしれないし、これから人生を終えて死に行く人たちのために寄り添うことかもしれません。何か別の形で、クリエーションに関わっていくことかもしれません。  ひょっとしたら、男性は、最初から「n」がゼロなので、「n+1」を追いかけていく生き方がもっと切実なのかもしれません。あるいはその喪失に気づかない人がいるのかもしれません。

「n]はどうしようもないんです。「n」をごまかしたり慰めたり正当化する必要はありません。「できるだけ」なんですから。

(n+1)=「もう少し」の喪失を牽引力にして促されていきましょう。 もう少し、もう少し、向こうへと。(2007.8.31)

マニフェスト

チマッティ師の愛した言葉、「できるだけ、と、もう少し」をテーマにあれこれ書いていくことにした。

人事を尽くして天命を待つというのは、できるだけのことはやれ、ということだ。 自立しろというのも、自助努力というのも、自分でできる限りのことは自分でやれということだ。誤解してはいけないのは、人並みにやれとか、平均をクリアーしろというのでなく、その人のマキシマムをやれということで、病者は病者、障害のある人は障害のある人、頑健な人弱い人、才能のある人ない人、自分のできる範囲だけは出し惜しみしたり、楽しようとせずにやるべきだ、という話だ。

チマッティ師は、その「できるだけ」、に「あと、もう少し」、を加える。これは考えれば考えるほど、本質をついている。

まず、単純に考えて、「できるだけ」という自己判断は、大抵の人にとって、甘くなる。限界が近づいて疲れたり、努力と結果が相関しなかったり、飽きたり、それから、これがつらいところだが、絶望への誘惑というのがある。無力感に打ちひしがれるという表現があるが、これが最も誘惑に満ちた退却だ。「できるだけのことをする」というのだから、力が尽きればそれでおのずから止む、はずなのだが、無力でなく、無力「感」が、最後の頑張りと希望をかき消す。 ここで、「できるだけ、と、もう少し」を念頭においておけば、「できるだけ」ががちがちの目標でなく、もう少しの手前にある、「とりあえず、今、ここでできるだけ」というユルいものにみえてくる。 今日は絶望して眠ったけれど、朝にはまた、別の力がわいてくるかもしれない、別の道が開けるかもしれない。

次に、「できるだけ」を果たした、と自信をもつことの危険だ。結局、「できるだけ」というのは、刻々変わっていくので、「できるだけのことはやった」と満足した時点から、退行がはじまりかねない。 人事を尽くして天命を待つ、のも、「倒れて、のち、已む」というギリギリで、あとの死後の世界については神様にお任せ、というのなら別だが、まだ、こっちの世界にいる限りは、「もう、少し」を常に自分に残しとかなきゃいけない。 バランスをとるというのは大事だけど、バロックの世界では、次の動きを促さないような平衡状態は、「死」と同義である。「できるだけ」パワー全開の、「やることは全てやった」、ってのは、その中に「終わり」を内包しているということだ。 できるだけのことはする、しかしその「できるだけ」は、その先の、「もう少し」の芽を膨らませていなければならない。

「できるだけやる」、であとは絶望したり、満足に浸ったりする人には、「できるだけ、と、もう少し」を目指した人がある朝照らされる可能性のある光から背を向けることになるかもしれない。 費用対効果だのメリット主義だのの数値だけで動く人には見えない光だ。「量から質」への転換という考えがあるが、「できるだけ」は、量にちかく、その先の、「もう少し」は質に近い。意欲の持続であったり、改善の検討だったり、思いやり、であったり、「個人のできるだけ」から「連帯のできるだけ」への参画であったり、する。

アンチエイジングの努力をマキシマムにしていたら突然病気になってそれどころではなくなった、人生における自己実現を目指して着々と計画を立てていたのに今ひとつ評価してもらえない、理想の家族を守ってできるだけのことをしていたのに不可抗力の事故がふりかかった・・・「できるだけのことをしていた」は挫折感も大きい。「できるだけ」は、期待を正当化するからだ。 「できるだけのことはした」という自負から生まれる「期待」をあえて消して、「もう、少し」で、「希望」をはぐくもう。

「あと、少し」は、「できるだけ」に鞭打って能力以上のことを要求することではない。弱った臓器に薬を投入して、負荷をかけて無理やり機能させることでもない。曖昧ゾーンのままでいいのだ。「あと、少し」の場所には、いろんな風が吹いてくる。

絵の具箱を見てみよう。赤の絵の具も青の絵の具もいる。みんな、違って、オンリーワン。でも、オンリーワンだからといって、他の色より、偉いわけでもないし、違っていることが特別なわけでもない。「個性を生かすんだ」と言って、赤の絵の具がますます赤くなって、画面を赤で「できるだけ」塗りつくしても、これといって評価してもらえない。ピンクとか、朱とか、「赤系統」でまとまったりして、そこで自分の真紅を自慢したりするが、あれ、青のグループでも似たようなことをやっているぞ。

でも、絵の具たちには、共通点もある。発色して、一つの絵に参加できるというところだ。どの色の隣に並ぶかということで、互いに、思いもかけぬ効果を発揮したり、ぜんぜん別の色に見えることすらある。色だけではなく、互いの形を工夫すると、あら不思議、ちかちかきらめく錯視画像や、グルグル渦巻く錯視画像や、3D画像だってできてしまう。インスピレーションに導かれればモナリザにだって礼拝堂の天井画にだってなれるのだ。

「赤い絵の具の赤さでまっとうして自己実現するぞ」と思って真っ赤になってがんばっていたら、絶対に知ることのない世界だ。自己が自己の「できるだけ」を尽くして実現できることなんて、よくよく考えるとたいしたものはない。

「できるだけ、と、もう少し」の「もう少し」の部分にこそ、ユニヴァーサルの世界に参入して自己を超える秘密が宿っている。(2007.8.31)


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