2006年の投稿

いろいろ

Sekko · 2006-09-18 23:19:49 UTC+9 · 投稿 #226

Fusakoさま、コンサートの報告ありがとうございました。私も聴きたかった。
バッハは管弦楽組曲の編曲です。ショパンはポロネーズのひとつ。別に意味はないんですけど、新学期に生徒に渡す課題曲の選曲をしていて。手本に弾いて見せる時あまり下手ではまずいんで、ちょっとさらっとこうと夏休み前にすでに練習してたので、忘れてないかと。でも指を刺激すると頭がはっきりします。

モロッコに行ってたので、ご無沙汰してました。その間に猫のコーナーの更新をしてもらいましたのでご覧ください。モロッコでは円卓とディスカッションに出席し、フランスではマグレヴァンとしてアルジェリア、チュニジアと総括されちゃうモロッコが、フランスとの関係が他の国とは全然違うことに目を覚まされました。その場のたった一人の日本人(というより、たった一人の「非フランス人非モロッコ人」である立場を利用して、イスラムとヨーロッパの関係についてもデリケートな質問をたくさんできました。おりしもローマ教皇B16のイスラム発言についてテンションが高まって、いろいろ考えさせられました。
ヨーロッパのキリスト教が300年かかって、ようやく政教分離して宗教を相対化した近代ライシテ空間を、その「中立=自由=相対化」ゆえの脆弱さをねらって、イスラム勢力がイスラム化してくる(ヨーロッパをアラビア化しようというユーラビア・プロジェクトというのもある)傾向は実在します。それに対して、なんとか近代理念にのっとって共存の話し合いで対処が望まれるのですが、それを例の「キリスト教対イスラム教の一神教同士の内輪もめ」のようにくくってしまうのは、無知というよりも問題の本質から遠ざかる誤った見方なので、そこのところを説明していかなくてはと思います。
別の話ですが、21世紀フォーラムの102号に竹本忠雄さん(この方も一神教の優越感がなんとかとか、言ってます)が、日仏の見方についてちょっと腑に落ちないことをいろいろ述べておられるのですが、日本では年間3万人の自殺者が7年続いている、フランスで3百人も出たら間違いなく政府はつぶれるでしょう、というのは単純ミスでしょうか?フランスの自殺者は年間1万人、日本との人口比でいうと2万人相当で、ヨーロッパの中では高い方ですでに社会問題化してます。東欧や旧ソ連圏の自殺率が世界で最も高いのは有名で、かと思うと福祉の進んだ北欧も自殺者が多いし、自殺と社会や文化の関連ファクターはたくさんあるようで複雑です。交通事故死より自殺が多いこと、それよりはるかに多い自殺未遂者のことを考えると、つらいです。TVで欝のネズミ(動かず食べず孤立する)を水に浸けてももがかずにそのまま死ぬ、欝の遺伝子を取り除くと生きる本能が蘇ってもがき始めるという実験のシーンをやっていて胸が悪くなりました。みなさん、水に浸けられる前にいっしょに水際でもがきながら生きましょう。

クープラン

Fusako · 2006-09-14 23:18:25 UTC+9 · 投稿 #225

本日のコンサート、どれも素敵でしたが、クープランが、前半のチェンバロのソロも、アンコール・ピースも印象に残りました。
全く別件で、さきごろ読んだ光文社新書、薬師院仁志さんの「日本とフランス 二つの民主主義 不平等か、不自由か」という本が、「アメリカ型自由主義」と「フランス型平等主義か」という米仏対比で、竹下さんの本と通底するところがあると思いました。「神に守られるアメリカ人」と「国家に守られるフランス人」という対比についても述べられていましたね。
あと、これまた別件、竹下さんがフランスに戻られてまず弾かれたバッハとショパンて何の曲でしょうか。

月刊・論座の広告を見て。

Masahiro Mori · 2006-09-05 17:28:55 UTC+9 · 投稿 #224

香山リカさんが、小泉・安倍氏の旧・新政権に関連して『善悪二項対立では人間も社会も語れない』というタイトルで執筆されているようです。即座に、竹下先生の「善悪二元論」を想起いたしました。
criticsの視座・観点としての「善悪二元論」からどのような創見を展開されているか、一読しょうと思います。

Je suis de retour!

Sekko · 2006-09-01 05:06:41 UTC+9 · 投稿 #223

Je suis de retour !! Bonne surprise de te retrouver ici, t'as bien fait de venir!
Au Japon, j'ai peut-etre trouve une opportunite du concert pour 2007.
Plus interessant que la derniere fois, mais l'enjeu est beaucoup plus grand aussi. Personnellement, j'aimerais bien me laisser tenter.
On y sera entoure de vrais musiciens baroques que j'ai rencontres cet ete, tres sympas prets

(無題)

josette bonheur · 2006-09-01 04:24:20 UTC+9 · 投稿 #222

2 e essai plus court jespe que tu vas bien, tr bien. josette

アキム氏のことを伺いまして。

Masahiro Mori · 2006-08-31 15:53:25 UTC+9 · 投稿 #221

アキム氏について、私のそそっかしい質問に対して、お答えいただきありがとうございました。
アキム氏は「バロック音楽室」のsarabandeに述べられている、フランスバロック学者Hさんのことですね。「ヴィオラでバッハとアキムの曲を。」と言ってられましたので、現代音楽作曲家かな、とも思ったのですが、フランスバロックの「現代音楽」作曲家とのこと、分かりました。
『バロック音楽』が作曲というジャンルにおいても脈々と継承されていることを知りまして、クラッシック音楽の50年後、100年後はどうなっているのだろうと、ふと思うことがありますが、心配は杞憂とは言うことができそうで喜ばしい限りです。

「アンサンブルの秘密」について伺いまして、「めくらめく」の感を致しました。

アキム

Sekko · 2006-08-31 01:35:27 UTC+9 · 投稿 #220

アキムは私のトリオのメンバーの音楽家で、彼の曲とは、彼がバロックヴィオラとチェンバロとトラヴェルソのために作曲してくれたソナタのうちの2楽章のことでした。2年前、うちにピアニストとフルーティストが下宿してて、時々3人でアンサンブルをやっていたので、アキムにバロック・テイストの曲を作ってもらったんです。でもその二人がいなくなってから、今度は私が一人で練習できるように無伴奏のプレリュードとアルマンドを作曲してもらいました。(このサイトのバロック音楽室の初めの方にちょっと載ってます)今はエリカというフルーティストと仲良くなったので、またトリオ曲に再挑戦することにしました。
アキムとは彼が15歳の頃からの20年近い付き合いで、私にとって、もっとも信頼できる音楽家です。フランスでは最も権威ある音楽のアグレガシオンの資格も持っています。ただ、精神的にはガラス細工みたいな人で、それはトリオのもう一人のミレイユも同じ。この二人を連れて3年前に2週間の日本公演に行ったときは、私も疲労してぼろぼろで彼らの繊細さを支えきれず、フランスに帰ったらすぐにトリオを解散して彼らと別れよう、と思うことでなんとか我慢してたんです。でも帰仏前日、最後の公演が終わって、ショッピングに出かけた時の解放感を分かち合い、その後もすぐに、新しい曲をアキムがトリオのために編曲してくれて、また情熱が蘇りました。今は新しい企画を携えて、凝りもせず2度目の日本公演を目指しています。アンサンブルの秘密は、パッションの共有、そして寛容と赦し、忍耐です。自分の責任と、全体への目配り、誰かが疲れていたら手を差し伸べあう、あとはひたすら我慢とパッション。家族やら社会もそんなものでしょうか。私の場合、家族へは「諦念」、社会へは「義務」とか「使命」がキーワードかも。

アキム

Sekko · 2006-08-31 01:23:57 UTC+9 · 投稿 #219

アキムは私のトリオのメンバーの音楽家で、彼の曲とは、彼がバロックヴィオラとチェンバロとトラヴェルソのために作曲してくれたソナタのうちの2楽章のことでした。2年前、うちにピアニストとフルーティストが下宿してて、時々3人でアンサンブルをやっていたので、アキムにバロックテイストの曲を作ってもらったんです。でもその二人がいなくなってから、今度は私が一人で練習できるように無伴奏のプレリュードとアルマンドを作曲してもらいました。(このサイトのバロック音楽室の初めの方にちょっと載ってます)
彼とは彼が15歳の頃から20年近い付き合いで、私にとって、もっとも信頼できる音楽家です。フランスでは最も権威ある音楽のアグレガシオンの資格も持っています。ただ、精神的にはガラス細工みたいな人で、それはトリオのもう一人のミレイユも同じ。この二人を連れて3年前に2週間の日本公演に行ったときは、私も疲労してぼろぼろで、フランスに帰ったらすぐにトリオを解散して彼らと別れよう、と思うことで我慢してたんです。でも帰仏前日、最後の公演が終わって、ショッピングに出かけた時の解放感を分かち合い、その後もすぐに、新しい曲をアキムがトリオのために編曲してくれて、また

モーツアルトとアンサンブル

Masahiro Mori · 2006-08-30 20:58:38 UTC+9 · 投稿 #218

先日、友人とmailを取り交わしていて、その2、3日後に彼の娘さん(テレマン協会所属のviolinist)が私のいる町に近い市の公会堂で四重奏曲を演奏しますよ、という知らせを得て、inter-netで確認いたしたところ、プログラムにモーツアルトが4曲。その中に”不協和音”(K.465)という名を持つ曲があり、翌日、NAXOS のレーベルのCD()Eder Quartet)を求め、pre-listening致しました。出だしが”不協和音”的であるようです。そのCDにはK.136 が入っているのですが、この曲もも演奏されました。
アンサンブル、実はliveは初めてでして、独特の難しさ、面白さ(愉しさ)と奥深さのあることが推察されました。 よく合うものだな、と不思議で、驚きました。

独特の難しさ、---アンサンブル---「一元的で普遍的な価値観を中心に共有して、その周辺部は個人レベルまで徹底的な「多様」を許容し、保護し、残す」(宗教の質問箱)に通ずるものがありますね。

アキムとモーツアルト

Masahiro Mori · 2006-08-30 18:45:13 UTC+9 · 投稿 #217

アキムの曲---のアキムは、”アキム・エル・シカメヤ”のアキムでしょうか。このあと、アキムを求めて先生のHPをよく見ることも致したいと思います。

naoさまに----小柴さんのお仕事の有用性の、一般の人たちへの波及(?)性において、モーツアルトに及ばないのが羨ましい、といったことを述べられたのだと思います(ずいぶん前の放送です。)。 小柴先生は謙虚な方とお見受けいたしました。

モーツアルト

Sekko · 2006-08-29 17:17:58 UTC+9 · 投稿 #216

フランスに帰って、まずピアノでショパンとバッハを弾きました。その後ヴィオラでバッハとアキムの曲を。夏に一月楽器に触らないのは奏者として致命的なんですが、練習に復帰するのに後少しあるので、少しずつ馴らしていきます。骨伝導のヴィオラの音が、特に違和感があって、下手なこともありますがつらいです。なぜかこういうトレーニングの時にはモーツアルトに手が伸びません。多分、体の調子に耳を傾けるとか、心地よいことをやればいいというような場合じゃなくて、自分に鞭打つ必要があるから? 逆に練習をたくさんしてハイになった状態だと、モーツアルトが潤滑油になる時があります。
一元論と二元論のことですが、仔猫殺しについての質問をちょうどいただいたので、それもあわせて宗教の質問箱に答えを入れておきます。

小柴さん

nao · 2006-08-29 09:03:32 UTC+9 · 投稿 #215

「アイ ラブ モーツアルト」で小柴さんのコメントききましたが、かきとめていません。でも「自分の仕事とちがつて、何世紀にもわたつて、人々に喜びや感動をあたえられる、というのは羨ましいですね」というようなことおつしゃつてましたね。「羨ましい」なんて、モーツアルトに関していえる人つて、やはりいるんだなあ・・とおどろきでした。別次元の人とは考えない、というのは、ノーベル賞レベルの方はやはりちがうなあ・・とおもいました。耳がわるくなつて、山本さんの声はききとれるんですが、コメンターの方のこえでは、ききとれない場合がよくあります。「一元論」「ニ元論」「それを超える論」について、竹下先生に整理していただき、解説していただきたいものです。

養老孟司さんの本

Masahiro Mori · 2006-08-26 13:25:50 UTC+9 · 投稿 #214

関西人にはエスプリを欠いた、titleの本:『バカの壁』です(バカでギクッとします)。養老さんは新聞(講演や広告)などで持て囃されていますし、『バカの壁』にchallengeしょうと思い、地域の図書で借りて読みました。目次に共同体や一元論を超えて、がありますので、竹下先生の論考と関係があると思い、注意をして読みました。
まえがきで口述筆記本と断っていますが、『雑談』の筆記本ですね。目次の事項に対して述べているのですが、話の内容が断片的・総花的です。p.173で、「常に素人談義のレベルを抜け出ない」という記載があるのですが、養老さんご自身がその轍を踏んでいるように思いました。
「一元論を超えて」ですが、ここでの「一元論」は竹下先生の論考の「善悪二元論」に相当します(と思います)。
「一元論」(竹下先生の論考の「善悪二元論」)を否定するのであれば、我々は別の普遍原理を提示しなければならない(p,201)、という「常識」重視の立場、論考から結論を得てられます。
養老先生は解剖学(脳)のご専門から広く論じられていますが、『雑談』にお付き合いして、疲れました。やはり伝統的に論考の紡がれた本がありがたいです。

モーツアルトの音楽

Masahiro Mori · 2006-08-26 11:55:21 UTC+9 · 投稿 #213

「毎日モーツアルト」、HD-DVDに録画していますので、以前の分を繰り返して視聴することがあります。カミオカンデ?の小柴さんが60歳になって以降、良さが一層、理解できる、と言う意味のことを言ってられましたね。 普遍的である所以ですね。 今後も親しんで行きたいと思います。 K.Battleの次の世代の方 → 前の世代(訂正)

書けなかつたですね。

nao · 2006-08-25 20:16:20 UTC+9 · 投稿 #212

私もききました。すごく感動したんですが、はやいのか、かきにくかつたのか、記録に残せませんでした。8月は特別番組なのでやすんでいるんです。9月から、また記録しようとおもつています。フアンなんて、偉そうなこといつてますが、音楽無知の音楽好きなのです。もう老婆なんですよ。この番組を書くことで、夫の介護生活に,はりができるんです。
竹下先生は今度「やめよう自己実現」という(仮題)本をかかれるそうですが、森さまにとつて、自己実現て、どんなイメージですか?私には原石の宝石がけずられて、光り輝く,イメージがあるのですが、一方で自己開発のイメージもあります。それは私にとつて、あまりいい,自己実現じゃないんです。削られてゆく,自分にあこがれます。

書けなかつたですね。

nao · 2006-08-25 20:09:07 UTC+9 · 投稿 #211

私もききました。すごく感動したんですが、はやいのか、かきにくかつたのか、記録に残せませんでした。8月は特別番組なのでやすんでいるんです。9月から、また記録しようとおもつています。フアンなんて、偉そうなこといつてますが、音楽無知の音楽好きなのです。もう老婆なんですよ。この番組を書くことで、夫の介護生活に,はりができるんです。

8/22(火)の「毎日モーツアルト」

Masahiro Mori · 2006-08-25 11:37:00 UTC+9 · 投稿 #210

naoさまも視聴されたことと思います。
回顧される風で、B.Hendricksさんが次のような発言をされていました。
・ Mozartの音楽には普遍的な美しさがあります。
・ 喚びさまされる感動は教会に通うような信仰深さとはまた違うものです。私たちは 誰でも心のどこかに敬虔な気持ちを持って生きています。そうした普遍的なものと してMozartの音楽は訴えかけて来るのです。

ユニヴァーサリズムそのものです!!!

B.Hendricksさん、実は、私は初めて知った方ですK.Battleの次の世代の方でしょうか。 (英語の聴き取りを、もう、10回も試みているのですが、駄目です。翻訳が少し不正確のように思えるのですが。)

(無題)

nao · 2006-08-21 08:42:03 UTC+9 · 投稿 #209

森さまのご質問は、私がききたいところを、見事に表現してくださつていて、とても助かります。モーツアルトのフアンで、「毎日モーツアルト」を文章におこして、保存していおます。これからも、ご質問楽しみによませていただきます。

キリスト教無神論について

Masahiro Mori · 2006-08-20 22:55:53 UTC+9 · 投稿 #208

竹下節子先生
再度、懇切に説明いただき、ありがとうございました。無神論の系譜について新たに書籍としてご発表の由、先生のエスプリたっぷりのご本(昔、高校の教科書で習った、たしか鈴木信太郎先生の文章によれば、先生の比較的長い論考もessayとも言えるのでしょうか?)の出版が待ち望まれます。
今回のご説明の理解と同時に、CD-ROM 《世界大百科事典 第2版、》(旧 平凡社版に相当。4、5年前に購入したパソコンに添付されていました)を頼りに、無神論(竹内良知 筆)、啓蒙思想(坂部恵 筆)などを参照して懸命に理解に努めております。次のような図式を得ました。


「キリスト教無神論の光」 → フリーメースンやユニヴァーサリズム
啓蒙思想、Enlightment
17C、18Cの英(Locke)、仏
宗教批判としての理神論(無神論を理神論と混同することは不可とされていますが)

唯一神、超越への感性(恩寵の光) → 人間の文化や文明を生んだ

(併行)
19C以降
唯一神の存在を否定すること 人間に
事実上あらゆる「超越」を否定すること → 新しい地平や可能性を開いた
i.e. フォイエルバッハ、ニーチェ e.g. サルトル 実存主義的無神論

このような中で、「ユニヴァーサリズム」のことをもっと理解しなければ、と痛感しています。

Mozartの音楽の魅力こと、「信仰とクリエーションのタイプの普通からのずれ」---現在、私には謎ですが、ワサビのように効いて来ますことを。昨夏、偶然、試聴したPiano Concerto No.24は、Serkin-Abbado:London Symphony Orchestra です。購入いたしました。
また、このHome Pageの庭に参りたくよろしくお願い致します。 森 正博

無神論

Sekko · 2006-08-19 17:36:03 UTC+9 · 投稿 #207

すみません、わかりにくくて。キリスト教無神論というのは、唯一神の存在を否定することで事実上あらゆる「超越」を否定することに向かいました。個人的な「明言」という意味では信仰告白の一種です。でも思想のグループとしては実証主義、ペシミズム、ニヒリズム、快楽主義、科学原理主義から共産革命や実存主義にいたるまで、いろいろな表現を生むことになりました。超越への感性が人間の文化や文明を生んだように、その否定が人間に新しい地平や可能性を開いたわけです。それはけっこう大変な思想ですよね。だって、「困ったときの神頼み」というように、人は困ったときに「カミ」に出会うのですから。カミを否定したら、困ったときにそれを引き受けたり処理したり自棄になったり、あるいは「生き神」を称する人間にたよったり、いろいろあるわけです。この無神論の系譜については近く本にするつもりなので、そこでゆっくり解説します。
フリーメイソンについては、岩波のグノーシスの本の中に書いたものが一番まとまっていて、その後も研究は続けていますが今のところ単独の本の予定はないです。
岩波の本、Massimo さんには手に入りにくいでしょうね。NYって何につけ、アメリカの他の地方と違って特殊ですよね。メイスン内では原則的に人種差別はない(はず)なので、ある種のカルト宗教のようにマイノリティの命綱になってる場合もあるのかもしれません。

「フランスのユニヴァーサリズム」の理解

Masahiro Mori · 2006-08-19 14:47:02 UTC+9 · 投稿 #206

早速に回答、お教えいただき、ありがとうございました。
「フランスのユニヴァーサリズム」にはフリーメイソンの思想が確実に影響している、と言えますか?という私の質問に対して、一面においてはそうである、という肯定的な回答を得ました。

「フランスのフリーメイスン思想」がフランス革命を通してユニヴァーサリスムに至ったのは確かです。(!!!)

また、下記のような懇切なる説明をいただきましたが、多分、新規なる竹下説をお聴かせいただいたのではないかと、拝察しております。フリーメイスンの意義、重要性を評価されています。

フランスのユニヴァーサリズムの基本にあったのは、キリスト教の伝統である。フリーメイスンや啓蒙思想は、「カトリック教会に私物化されていたペルソナとしての神」を否定して、宇宙の創造者、設計者としての神を説くTheism(有神論)を打ち出した。
Theismであるのだが、既成教会側から見ると異端であり、即、「無神論」である。
フリーメイスンや啓蒙思想のTheismは、「一元論化した本来のキリスト教ユニヴァーサリスム」からインスパイアされたものだと言える。


フリーメースンやユニヴァーサリズムを生んだ「キリスト教無神論の光」について:ちょっと理解しにくいです。ここでの「無神論」は、既成教会側から見ると異端であり、即、「無神論」である、という意味でのキリスト教無神論なのでしょうか、それとも18世紀以前にあった「キリスト教無神論」の伝統(あまりないのですね)のことでしょうか。

Mozartの音楽についても一家言を持ってられ、その一端を伺うことが出来ました。演奏家からの発言は貴重ですね。「信仰とクリエーションのタイプの普通からのずれ」---何かしら、私には謎です。
昨年、偶然、聴いたPiano Concert No.24が殆んど初めてのMozartです。高橋英郎さんの解説(NHKラジオ第二、25回)を聴いたり、同氏や海老沢氏の本を読んでいます。

人間をみな「自由で平等」だと言い切ることについての謂い、今、大きな問題になっている日本における政教分離の問題---文字通りinspireされました。

厚くお礼を申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。

Motto Shiritai Freemason

Massimo · 2006-08-17 21:26:35 UTC+9 · 投稿 #205

New York ni sunde ita kro, Freemason to ieba "Katolikku kyoukai no tenpuku o takuramu akuma-suuhai-shuudan" to sasayakareru ippou de, jissai ni au Freemason no member wa, shotoku(income) ga hikukattari, jinshyu teki minority dattari shite, uwasa tono rakusa ni odoroki mashita. Mousou ga hitori-aruki shite iru you ni omoimashita. Kenzen na hihan-seishin o motta hito ga kono shudai ni tsuite kataru koto mo sukunai shi...
Freemason no koto, motto kikasete kudasai. Toku ni geijutsu ni motarashita eikyou ya, keizai-kouka nado.
Roma-ji, yominikukute gomen-nasai

フリーメイスンなど

Sekko · 2006-08-15 18:29:17 UTC+9 · 投稿 #204

ご感想ありがとうございました。フランスのフリーメイスン思想が革命を通してユニヴァーサリスムに至ったのは確かです。同じフリーメイスンが、グループとしては閉鎖なコミュノタリスムに傾斜していくのは残念ですが。もともとフランスのユニヴァーサリズムの基本にあったのは、キリスト教の伝統だと思います。しかし、人間の組織であるカトリック教会はいつも権力と特定利益に結びついていました。フリーメイスンや啓蒙思想は、教会に私物化されていたペルソナとしての神を否定して、宇宙の創造者、設計者としての神を説くTheismを打ち出しました。これは、既成教会側から見ると異端であり「無神論」でしたが、一元論化した本来のキリスト教ユニヴァーサリスムからインスパイアされたものだと言えるでしょう。考えてみると、社会に依存しなくては生きられず、さまざまな不公平な運命を背負う人間をみな「自由で平等」だと言い切ることは、今でこそわりと普通に聞こえますが、目くるめくほど不自然です。これは事実の言明ではなくて、生き方を導く志向なのですね。
モーツアルトは明らかにフリーメイスンの救済論や倫理観を持っていたと思います。でも、アーティストとしては連帯型でなく孤独で、身体感覚をつかむのが巧かった人です。信仰とクリエーションのタイプが少しずれているのが彼の魅力だと思っています。
フリーメースンやユニヴァーサリズムを生んだ「キリスト教無神論」の光を当ててはじめて、西洋型一神教がよく理解できるのでしょう。
一神教のなかった日本には緩い政教分離しかできないのも自然で、それもまたいいと思うのですが、国際社会を生きるのにはユニヴァーサリズムをツールとして使えるよう学びたいと思います。

”アメリカに「NO」といえる国”を読みました。(

Masahiro Mori · 2006-08-14 10:55:11 UTC+9 · 投稿 #203

”アメリカに「NO」といえる国”を読みました。(先生の論考は、文藝春秋6月号の”「ダ・ヴィンチ・コード」四つの嘘 ”が最初でした。)
「比較文化史」の現代国際政治へのアプローチの有効性、何よりもフランスとアメリカとの「文化」の比較に瞠目致しました。
実は、時節柄?Mozartのlifeに関心があって、吉村 正和”フリーメイソン―西欧神秘主義の変容 ”を最近、読んでいました。また、「魔笛」をDVDで鑑賞する機会を持っています。
フランスとアメリカとの文化史(政治思想)の接点が、18世紀思潮である、フリーメイソンによって担われている、と理解していました。「フランスのユニヴァーサリズム」にはフリーメイソンの思想が確実に影響していることが看取される、と思います。このような理解でよろしいのでしょうか?
なお、先生は、フリーメイソンについて、論文、「フリーメイスンとグノーシス主義」で論じられています(私は未だ読んでおりません)。グノーシス思想(シリア・エジプト型とペルシャ型)については、ご著本のp.60に解説されているように、善悪二元論であること。「catholicから-非宗教化したフランス」の「ユニヴァーサリズム」は一元論であること、を何とか私の理解を辿っています。

どなたか既に質問されているかもしれませんが、お教え下さい。
日本が「フランスのユニヴァーサリズム」および猫!の国に見習って、理性が支配します国になりますことを祈りつつ。

レバノンのことなど

Sekko · 2006-08-07 16:21:37 UTC+9 · 投稿 #202

古川利明さんのサイトでレバノン支援の記事読みました。パチパチ。ことの発端になったヒズボラの捕虜になった兵士って、フランスとイスラエルの2重国籍なんですよ。こういう微妙なスタンスでフランスがいつもながら明確な主張をするのは説得力があります。イスラエルではユダヤ人の少子化が進み、それに対してパレスチナ人は多産化しているので、このままほっとけばユダヤ人の絶滅によってことが解決するらしく、この数年、アメリカについでユダヤ人コミュニティの多いフランス(といっても50万くらいですが)のユダヤ人をイスラエルに移住させる勧誘が、まるでカルトの誘いのように盛んです。特にマグレバン、北アフリカから移住してきたユダヤ人の若者たちが、ゲットー化したシテでアラブ移民たちと対立して、そのままイスラエルに送り込まれる、アラブ移民もモスクでアルカイダ等に勧誘されるなど、最悪のパターンです。パリの真ん中で裕福な暮らしを送ってる昔ながらのヨーロッパ系ユダヤ人とは別の世界です。フランスにいる移民の子弟に、とにかく共和国原理を教育すること、そのためには社会的弱者を構造的に支援しなくてはなりません。しかし特定の組織やグループの援助という視点ではなく、社会的に弱い個人を個々に助けるという理念を失わないようにするのは容易ではありません。
しかしフランスにはユダヤ人にもムスリムにも共和国型知識人がいるので、彼らのペンの力に期待するとともに、そんな人にどんどんイスラエルに移住してもらって、良心的なイスラエル人の世論を組織して、先制攻撃のメンタリティを根本的に変えてほしいですね。