疫病の精神史 - ユダヤ・キリスト教の穢れと救い

疫病の精神史 - ユダヤ・キリスト教の穢れと救いの表紙

本の紹介

キリストは手を洗わなかったーーー近代の衛生観念を先取りしたユダヤ教に対しキリスト教は病者に寄り添い「救い」を説く 古代から現代まで、人類と病の歩みを問いなおす――。

ペスト、赤痢、コレラ、スペイン風邪、新型コロナ――、古代から現代まで、人類は疫病とどのように向き合ってきたのか。律法により衛生管理を徹底し「穢れ」を排除したユダヤ教と、病者に寄り添い「魂の救い」の必要性を説いたキリスト教。二つの価値観が対立しつつ融合し、やがて西欧近代という大きな流れへと発展してゆく。聖書に描かれた病者たち、中世の聖者や王が施す治療、神なき現代社会で「健康」を消費する現代医学。疫病に翻弄される世界の歴史を描き、精神の変遷を追う。

目次より

はじめに――いま、宗教の役割とは何か

序 章 新型コロナとキリスト教

第1章 疫病は聖書でどう描かれたか

第2章 キリスト教と医療の伝統

第3章 疫病と戦う聖人たち

第4章 イエスは手を洗ったのか――「清め」と衛生観念

第5章 疫病に翻弄された西洋――ペスト・赤痢・コレラ・スペイン風邪

終 章 近代医学か宗教か

おわりに――思考停止に陥らないために

著者のコメント

ステンドグラス

2021年4月30日、ベネズエラで「貧者の医師」として慕われたホセ・グレゴリオ・エルナンデスJosé Gregorio Hernándezがローマ教会から福者の列に加えられた。

エルナンデス医師は、聖職、修道者を志した敬虔なカトリックでフランシスコ会第三会(世俗会)のメンバーである。ベルリンやパリでも学び、ベネズエラに顕微鏡を導入し、先端医学の枠組みを作った。

第一線の医師であるにもかかわらず、常に貧しい人々に寄り添い、スペイン風邪が猛威をふるった時も巷の病者のために徹底的に尽くした。1919年6月、カラカスで、いつも往診していた貧しい女性のために薬を購入する薬局の前で車にはねられて病院に運ばれた。終油の秘跡を受けた後、「ああ。聖母様」とつぶやいで死んだという。何千人もの人が葬儀に参列し、カラカス のカテドラルに埋葬された。

人々からは生前からすでに「聖人」だと呼ばれていた。

彼が亡くなった後、治癒を祈る多くの人が奇跡的に癒されたという。

すでに、民衆宗教であるサンテリアの神のような扱いを受けるようになっていた。

で、カトリック教会が正式な「聖人」とするために、まず福者とする調査を始めた。

そのためには医学的な検証を経た「奇跡」が必要で、2017年3月に強盗による襲撃のあおりで頭に弾丸を浴びた少女の例が調査された。大手術で命は助かったものの、頭頂部頭蓋骨の一部を切除、意識を取り戻しても深刻な神経障害で後遺症が残ると医師たちは宣告した。少女の母はエルナンデスに祈り、数日後、少女は何の後遺症もあらわすことなく退院した。医学的には説明できなかった。この「奇跡」が、2020年6月19日にローマ教皇から認定され、エルナンデスは今年晴れて福者となったわけだ。

キューバ由来のサンテリアなど、中南米には黒人奴隷がアフリカから伝えた民俗宗教とカトリックの混淆した宗教がいろいろある。

それについて、一時は、奴隷たちが、カトリック教会を欺くために、各種の聖人を崇敬していると見せかけて実はそれぞれに多神教のさまざまな神を託して祈ってきたのだという説があった。

実は、その反対で、Kali Argyriadisの「ハバナの宗教」の中の引用によると、カトリック教会が、それぞれの神に対応する聖人をあてがったのだそうだ。1687/9/16の教皇シノドで、アフリカの宗教の民間信仰に対してカトリックの信心行為を当てはめるようにと司祭たちに指示があったという。1792年にもアフリカ人に、彼らの神々の代わりに、それに対応するカトリックの聖人を崇敬するようにという政策「Bando de buen gobierno y policía」が施行されている 。

カトリックの植民者には黒人奴隷への宣教、キリスト教化を望まない者もいた。彼らのために教会を建てたり、主日である日曜を休息の日としなくてはならないなどコストがかかるからだ 。

サンテリアというのは聖人santosを揶揄したものだ。カトリック教会の「聖人崇敬」というのは偶像崇拝としてプロテスタントからもイスラムからも「多神教」だと批判されるのだけれど、「神の愛」の証し人をいわば表彰し続けて得られる 信頼感や安心感などを思うと、十分なメリットがあったと思われる。

人々はエルナンデス医師に「聖人」を見たが、エルナンデス医師は、全ての貧しい人、全ての病める人の中に「イエス」を見ていた。それはイエスのメッセージでもあり、十字架上で殺されたイエスを復活のキリスト(救世主)として出発したキリスト教の根幹にある。 日本で「貧者の医師」というと「赤ひげ」を思い出す。日本医師会は2012年から「赤ひげ大賞 」というのをオーガナイズしているが、「地域の人と結びついた地域医療の貢献者」というのがコンセプトのようで、「赤ひげ」のモデルとなった貧者救済の小石川養生所とはタイプが違う。

日本にも医師で僧侶という方がいるが、仏教と医療の関係と、キリスト教と医療の関係は根本的に違う。もちろんどちらがいいとか悪いとかの問題ではないし、患者との関係では医師ひとりひとりの人格が決定的になる。 けれども、長い間戦争がなく医療が発達した「先進国」ではどこでも、ビジネスとしての医療が定着し、消費者としての患者もだんだんとそれに慣らされていった。

そんな時代に「世界を襲うパンデミック」と喧伝されて登場したのが新型コロナウィルス感染症だ。

遠い中国の出来事だと思っていたのが、あっという間に、イタリア、スペイン、フランスというカトリック国に広まった。しかも、キリスト教の典礼が目白押しの復活祭のシーズンだった 。

このコロナ禍に対応する政府、社会のリアクションが、ヨーロッパの国々のそれぞれのメンタリティの差を明らかにしたのは興味深かった。政治、経済、社会の反応と、宗教の反応はまた別だった。

1年の間、それをじっくり観察することができた。まさにコロナ・フィールドワークといったところだ。

その中であらためて確認できたのは、キリスト教文化圏が医療と貧困に対して持ち続けてきた視線がどのようものだったのかということだ。

そんなタイミングで、エルナンデス医師が列福されたのを見て、あらためて、生と死、医療と健康と「霊性」との関係が、「人生」の意味に深くかかわっていることを知らされた思いだ。「神」という作業仮説が、実存的な危機においてどのように必要不可欠になるのかも実感した 。

『疫病の精神史』に出てくる、疫病の中で人々に尽くし病を得た聖人たちを見ているとそれが想像できる。

多くの人が病み、多くの人が苦しみ、多くの人が死んでいった。疫病が終息してもしなくても 、人はやがて他の人と別れる時が来る。けれども、決して途絶えることのない「つながり」も また存在する。そんなことを感じながらこの本を分かち合うことができるなら、それに勝る喜 びはない。

書誌情報

出版情報
ちくま新書 新書判 240頁 定価 本体820円+税
刊行日
刊行日: 2021/6/10
ISBN
ISBN: 978-4-480-07406-5
JANコード
JANコード: 9784480074065

← 書籍一覧へ戻る