戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活

戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活の表紙

本の紹介

小さな人生の閉塞感の中で心が折れそうな人、小さな人生で自分だけ無難に逃げ切るよりも終りのない大きな人生に参加して普遍性の航海に出発したい人、小さな運命から突きつけられる小さな人生の終戦勧告を無視して大きな運命の弾丸のとびかう戦場に駆って出たいと思う人たちの行く手を照らすために、ジャンヌ・ダルクを焼いた炎は消えることがない。(「あとがき」より)

聖俗を超えた少女のカリスマとその同時代性を明らかにする ジャンヌ・ダルクといえば「フランスを救ったのに火あぶりになった少女」として日本でもよく知られている。もちろん史実としてはその通りだ。しかしジャンヌ個人のイメージはフランスでもある時代までは神話の域を出ることはなく、その実在性は希薄だった。例えば、ヴォルテールが書いた『オルレアンの処女』のジャンヌは、翼のはえたロバに乗って登場する。まさに神話のヒロインそのものだ。しかし、19世紀に公にされた「裁判記録」が事情を一変させる。文字として残されていたジャンヌの「生の」言葉が神話的キャラクターに血を通わせたのである。人々は彼女を生身の人間として驚愕のうちに再認識した。本書は、「ナショナリズム」「ジェンダー」「宗教と政治」という三つの視点を据え、中世における百年戦争の時代からEUの現代に至るまで、19歳で火刑台の炎と消えた少女が、聖と俗、左と右、男性と女性をめぐる戦いのなかで、ある時は各派のヴィジョンを映す鏡となり、ある時は国家統合のシンボルとなっていく経緯を、〈歴史批評〉とでも呼べる独自の手法で明らかにした快作である。そのインスピレーションの源は、若きカリスマに著者が発見したひとつの奇跡に違いない。その奇跡とは……?

[目次]

はじめに

序章 ジャンヌをめぐる記憶の更新と変容

生誕六〇〇年祭/オルレアンの熱狂/ルーアンの葛藤/暴力と追悼の風景

第一章 英仏の戦いとナショナリズムの萌芽

日本人が知らない英仏関係の実態/中世における英仏の確執/コーションという男/パテイの戦い/ジャンヌ・ダルクの異端審問/二つのフランス/百年戦争後の英仏関係/ドイツの台頭という脅威/欧州連合と独仏関係/ジャンヌ・ダルク症候群/アングロ・サクソンから見たジャンヌ/パリのジャンヌ・ダルク

第二章 ジェンダーの戦い

戦う女性たち/「小斧」のジャンヌ/戦いの報酬/一〇番目の女傑/奇跡のありか/男性として生きたカタリナ・デ・エラウソ/女装の男性の系譜/女装の神父/エオンの騎士/ヴォルテールの描いたジャンヌ・ダルク像/麗しきアニエス・ソレル/男装する「聖アマゾネス」/ジャンヌとアニエスの冒険/裸で戦うジャンヌ/ジャンヌの男装と集団幻想/「追い出された」ジャンヌ/二人の戦友/女預言者への期待/少女戦士のピュアな肉体/聖女たちの禁忌と自由/ル・マンの乙女/フランス王のカリスマ/大革命の女性戦士シャルロット・コルディ/讃えられない戦う女たち/犠牲の子羊から救国の殉教処女へ/一九世紀におけるフランス統合のシンボル/サラ・ベルナールとジェンダー/アンドロギュノス性の効果/ヨーロッパにおけるジェンダー観の系譜

第三章 宗教と政治の戦い

ジャンヌの聞いた「声」/「声」の謎と真の奇跡/政治プロパガンダとしてのジャンヌ/私を愛するものは続け/シャルル・マルテルの剣/異端審問の実態/ジャンヌの試練/聖なる女性が焼かれてしまった/戴冠と聖油の起源/癒しの業/シャルル七世の戴冠/王を待つ聖油/「民衆の聖女」の条件/聖女の取り込み合戦/さまざまな反応/女優に受肉した聖女/ブーランジスムとジャンヌ/ジャンヌを演じた聖テレーズ/さまざまな陰謀論──庶子説と生存説/「首謀者」ヨランド・ダンジュー/「英雄性」をめぐる物語/裁判記録の再発見とジャンヌの「肉声」/プロテスタント国のスタンス/権力によるジャンヌの取り込み/ドイツ占領下における解放のシンボル/ニコラ・ショーヴァン または蒙昧で勇敢な農民兵士

終章 お告げを聞いた二人の少女

ジャン・アヌイ『ひばり』/聖母マリアの場合/私たちが聞く二つの「声」

おわりに/あとがき

著者のコメント

『戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活』 20世紀の終りに講談社現代新書で書きおろしたジャンヌ・ダルクの本には「聖女」をキーワードとしたので今回は「戦士」に注目してみました。

白水社の『ふらんす』に連載していた『ジャンヌ・ダルク異聞』で、自由に書かせていただいたものを骨子にしてまとめたものです。ナショナリズムと戦争、ジェンダーの問題、政治と宗教の関係、考えれば考えるほど今日的なテーマだと思いました。

今回は書けませんでしたが、ジャンヌにまつわる二人称の敬称と親称の使い分けもおもしろいと思ったことの一つです。

「もしお前に真の悔悛が現れるなら償いの秘蹟が授けられるだろう。」

1431年5月30日、ジャンヌ・ダルクが耳にした「戻り異端」の判決の、最後の部分です。ジャンヌ・ダルクは名もない平民の娘であったに関わらず、シノン城に王太子を訪ねた時以来、短い公的生活の中では一貫して二人称複数の「敬称」で呼ばれてきました。王や貴族たちと対等の立場で振る舞い、彼らからも対等に扱われてきたのです。 判決では二人称単数の「親称」が使われたのですが、それは当時の慣例であり、ジャンヌの戦友で大領主だったジル・ド・レが後に死刑判決を受けた時も同様に親称が使われています。決して、異端裁判だから、相手が19 歳の少女だからという「上から目線」の「お前」よばわりではありません。

ジャンヌに使われたもう一つの親称は、一人で神に祈る時に聞こえてきた「声」によるものです。「フランスを救え」などという途方もない使命を前にして逡巡する彼女をひと押ししたのは、「神の娘よ、行け、行け、行け」という声でした。

正確には「神の娘よ、行け、行け、行け、私はお前を助けよう、行け」

Fille De (fille de Dieu), va, va, va, je serai a ton aide, va. と記録されています。

ジャンヌは火刑台に送られる前に望みどおりマルタン・ラドヴニュという修道士に告解して免償を受け、聖体を拝受しました。戻り異端の判決を下したコーション司教自身が、その許可を与えたのです。

彼女を「神の娘よ」と呼んだ声は「親称」で語りかけ、異端であるとの宣告や償いの秘蹟の約束もまた「親称」によってなされたわけです。この世での出来事にはさまざまな礼儀やリスペクトの体系がありますが、神との関係の中ではそのような「上下」はないということでしょう。フランスでは今でも神に呼びかける祈りでは親称が使われます。

たとえば、日本語の「主の祈り」で「み国が…」「み名が…」「み心が...」「み旨が…」などと唱えられるところが、フランス語では全部「親称」なので、これを唱えさせられる子供たちや信者たちが抱く印象はだいぶ違ってきます。考えてみると、キリスト教は、人がありがたいものを偶像化して祀り上げるタイプの宗教とは違い、神が人となってあまつさえ抵抗せずに殺されたという点で神と人の関係や距離をラディカルに変えたものなのですから「親称」は本質をついているとも言えます。

だとしたら、勇敢な戦士で戦いのリーダーであったジャンヌ・ダルクも、「聖女」としては私たちのごく近いところにいて親称で呼び合える人なのかもしれません。

敬語抜きで「ねえ、ジャンヌ、私の冒険にもう少しつきあってね」と語りかけたい気分です。

書誌情報

出版情報
四六判 上製 253頁 1995円 (本体価格1900円)
出版社
出版社: 白水社
ISBN
ISBN978-4-560-08295-9

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