弱い父 ヨセフ

弱い父 ヨセフの表紙

本の紹介

キリスト教における父権と父性 父は弱い。だが父は強い。父の「原型」から21世紀の父親像を考える。

受け入れ、養う。それが父親の役割だ。望まずしてイエス・キリストの父となった聖ヨセフ。聖書にはほとんど言及のなかった1人の「父」がすべての「父」のモデルになったのはなぜか。ヨセフ像の変遷をたどりながら、現代に必要とされている真の父の「ありかた」を考える。

目次

序章 可能性のヨセフ

第1章 ヨセフの生涯

第2章 観想のヨセフ——聖フランチェスコの馬小屋

第3章 政治のヨセフ

第4章 ヨセフが父になったわけ

第5章 不思議のヨセフ

第6章 ヨセフの21世紀

終章 「強い父」と聖ヨセフ

著者のコメント

前に同じ選書で『聖母マリア』を出したので、だんなさんのヨセフを並べたくて企画しました。ヨセフは地味ですが、なかなかパワーのあるキャラです。それなのになぜタイトルが『弱い父』かというと、それが編集者の希望だったからです。

いやしくもイエス・キリストの養父を「弱い父」と言ってしまうのはちょっと迷ったんですが、良く考えると、このヨセフを家長とする聖家族のメンバーの名を唱える時、昔から、「イエス・マリア・ヨセフ」と唱えるんですね。危機に瀕した時に「お助けを!」という感じで「イエス・マリア・ヨセフ」です。必死に働いて聖母子を守ったヨセフはいつも最後です。まあ、イエスは神の子、マリアは人間だけど、お母さんのアンナの体に宿った時から原罪を免れているそうですから、生まれつきの聖女で、この順番以外は考えられないでしょう。

ふと、日本の家庭内ヒエラルキーというか、家で大切にされている順番というかを示す表現を思い出しました。

「子供、母、犬、猫、父、金魚」というやつです。これを聞いたらたいていのお父さんは、「ああ、金魚の下でなくてよかった」とほっとするとかいうやつです。昔は「地震、雷、火事、親父」と、最下位ながら「怖い」存在だったはずなんですが・・・今じゃせいぜい「ちょいワル親父」とか、「ちょい」ですよ。

いまどき「父権」なんて持ち出すと「それなに?」って言われそうだし、妻からどんなにモラル・ハラスメントを受けても、手を上げればDVで、妻から殺されることすらあるようです。中高年男性の自殺はすごい数です。いったん「父権」を手放すとここまでくるのでしょうか。

で、「イエス、マリア、ヨセフ」という最後尾の立ち位置だったヨセフは、決して今の日本の多くのお父さんたちにとって遠い存在じゃないわけです。だから、弱い父ヨセフが実は最強の父でもあることの秘密を是非さぐってほしいと思ってこの本を書きました。父権や父性というジェンダー・イメージも考え直してみようと思いました。そう、誰でもヨセフになれるし、ヨセフ的幸福に照らされることもできるのです。

一般書で聖ヨセフについての本は日本では少ないかと思うので、キリスト教文化圏における聖ヨセフの姿をいろいろな面からとらえました。いろんな読み方をしてくだされば嬉しいです。この著作紹介のコーナーに、これまでの本の正誤表も載せていく予定なので、このヨセフの本についても気がつくことがあればどうか感想欄にお寄せください。どんなに注意していても単純ミスはもちろん、思い違いや勘違いや間違いが残ることがあり、ご指摘によって直せるところは直そうと思っています。

では、弱い父、聖ヨセフをどうぞよろしく。

(2007/8/15)

書誌情報

出版情報
講談社選書メチエ(2007/8) 1575円

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