渡り鳥の見たキリスト教

本の紹介
日仏間を飛び回るバロック音楽演奏家が快刀乱麻、縦横に語り尽くすー
カトリック教界の「今」と、目からウロコの比較文化・社会論の全て。
書誌情報
- 出版情報
- 新書判 並製 352頁 定価 本体1500円+税
- 出版社
- 出版社: フリープレス社
- ISBN-10
- ISBN-10: 443425569X
- ISBN-13
- ISBN-13: 978-4434255694

日仏間を飛び回るバロック音楽演奏家が快刀乱麻、縦横に語り尽くすー
カトリック教界の「今」と、目からウロコの比較文化・社会論の全て。
著者のコメント
この本は私にとって、とてもありがたい本だ。
さまざまなブログを書くようになってから、その中には閉鎖、削除したものもある。
記録として保存することを目的に書いたブログについては、最初は便利だと思っていたけれど、その量が増えていくにつれて、なんだか情報を切り取ってスクラップブックに入れてから閉じてしまう、あるいは存在も忘れた「積ん読」本のようになっていく気がした。一方で、頭の中の情報のネットワーク自体はどんどん複合的になっていく。ある日キャッチしたある情報は、あっという間に素材としてレシピに組み込まれてしまい、「素材の名前の覚書」のつもりで書くブログが新レシピの開発の覚書になってしまって、長くなり、時間がとられる。
ブログと自分自身の関係性がよく分からなくなっていた。
とはいっても、実名のサイトやブログは、その「サービス精神のなさ」にかかわらず、私の本の読者さんたちからの貴重なアクセスがあるので、少しでもお役に立てれば、という気も働くし、すぐには著述できない情報やフランスの情報を伝えたいという思いもある。
ネット上には私がほぼ毎日のようにアクセスするブログもある。実名の方もいれば、どこのどなたかは分からないけれどすばらしい情報量と分析力で感心させられるものもある。
子育てや猫との暮らしや日常情報の発信で魅力的なブログもたくさんあるし、その中には「ブロガー」として生計を立てることができる人もいれば、ブログの書籍化でデビューする人もいる。
私のこのブログの場合はその反対で、書籍には書けないこと、書けなかったこと、まだまとまっていないこと、いつか使える新情報や考察などの積み重ねだから、基本が一人語りであり、コメント欄も設けていない。
「想定読者」がないので、各テーマについて専門事項を詳しく解説してはいないし、そのテーマの「専門家」や「好事家」でなければ理解不可能、長すぎ、意味が分からない、という記事もあることは承知している。
「読者を増やす」というタイプの工夫はゼロだ。
でも年月が経つにつれて、ばらばらの記事の起伏の中に、いろいろな潜在的な運動量が蓄積されていることに気づいていた。
今回はその中の「カトリック・ウォッチング」を中心に取り出して編集していただいたので、その「方向性」や「効果」が実感できて嬉しい。
この本のフランス語のタイトルはブログのタイトルと同じくL’art de croireだ。
私は自分のほとんどの本にフランス語のタイトルを入れている。日本語のタイトルの訳ではない。(フランス人が手に取った時に、誰が何について書いているのか分からないと困る時を想定している。)
フランス語のタイトルの方がすんなり頭に浮かぶ。このL’art de croireもそうだった。これを書いている時の私の姿勢にぴったりだ。このタイトルをすばらしいと言ってくれたのは日本語の読めるベルギー人の神父さんだけだ。この意味に込めたいろいろなニュアンスをまとめて分かってくれたのだと思う。これを訳すことは私にもできない。
仮想空間に書いたものをいつまでも溜めていくことに不安を覚え、ブログをまとめて一冊の本にするというブログサイトのサービスを利用しようかと考えたことがある。でも、編集するような余裕はないし、ただ年代順に並べるだけでは、ネットで検索するのとそう変わりはない。今回この本が完成して、その爽やかな表紙を見て、あらためて感謝の気持ちでいっぱいだ。
どんなにネットで読む時代になっても、「紙の本」の「そこにあって手に取ることのできる」ありがたさは変わらない。今私がこれを書いているPCのすぐそばに、読みかけの本が重ねて開かれている。90代の日本人男性がパリに残した蔵書の中の『梅原猛全対話3 仏教を考える』というぶ厚い本と90代のフランス人女性に譲られた蔵書の中の詩集だ。出会ったこともない二人の傍にあったこの2冊がモノとモノとして私のそばで触れあっている。
その時、モノはコトになる。