愚者 · 2015-10-03 15:49:53 UTC+9 · 投稿 #812
9月12日のコメントありがとうございました。
難民受け入れの具体的な体験に基づくアドバイスは、教会という共同体の一つの意味を改めてはっきりと認識させてくれました。
9月26日のブログ記事「家族シノドスがめざすもの」に「一生聖体拝領できない状態」のことが書かれていました。そういう規則があるらしいと聞いてはいましたが、あまりの厳しさゆえに半信半疑でした。教皇様の新しい考え方、スタンスは喜ばしいです。
http://www.cathoshin.com/2015/08/31/anti-s-b-150830/ カトリック新聞オンライン8月31日の記事。宗教界を代表して東京教区の幸田和生補佐司教が発言。
「教会は民主主義ではない(から、政治や社会の話題を持ち込むべきではない)」「政治の話はマナーと常識に反する」という意見(非難)をなんども聞きました。この思い込みに対する応答が、sekko様が紹介してくださった、下の幸田司教の講演だと思います。
http://tokyo.catholic.jp/auxiliary_bishop/message_ab/26675/ 私は○○○○だから私の言うことは正しい、と言った政治家の国では、耳と目を疑うようなことが次々に起きているのに(国内だけではなく国連も舞台にして…‥)、未だにポスターの落書きで逮捕される国に自分が住んでいると気がついてない人もいらっしゃるみたいです。
先月、SEALDsの偽モノを目撃しました。全く同じスタイルでシュプレヒコールをしてSEALDsのロゴを表示して、国会議員や有識者の演説の邪魔をしていました。主催者スタッフに、SEALDsが煩くて話が聴こえないので騒音をやめさせてくださいとお願いした結果、偽者だとわかりましたが、多くの人がSEALDsを嫌いになったはずです。思わぬところにこわい仕掛けがありました。
物議をかもした通達の解釈(?)が修正(?)されたという報道がありました。国立大学が人文社会科学の教育研究を捨てたら、sekkoさまのような進路を選ぶのは非常に難しくなり、外国の人文社会科学分野の学生や研究者が日本の大学や研究機関で研究することも非現実的になりそうなことには、反対の声が大きくなるまで思い至らなかったのでしょうか。数年前までは、外国からの優秀な留学生を増やすための政策の必要がさかんに語られていたのに。
個人でリスク(盗聴される、特殊な警察官が自宅をうかがう、などらしい)を負いながらも主張を変えない大学人知識人がいるので、そういう不都合な輩を育てないための改革が必要なのでしょうか。
英国の教育専門雑誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が9月30日に発表した今年の世界大学ランキングで日本の大学は、東大が昨年の23位 から43位と大きく順位を下げ、アジア地域でも首位から3位に転落したことがニュースになりました。1~10位まではチューリヒ工科大学以外は米英の大学。
金融機関の格付け会社というものもあって、そこが発表する格付けもニュースになりますが、なんでこういうものを権威があると思うのか、かねてから不思議に思っています。英語圏の会社が発表する格付けを無視する必要はないけれど、信用する必要もないのでは。サブプライム住宅ローンが「最優良」と格付けされてたくらいですから。
遠めに眺めると、米英企業による大学格付け、自然科学分野の国際的な賞の受賞、文部科学行政(国立大学の人文社会科学の予算の削減など)がリンクしているかのようですね。
一方、近年起こったよい変化は、2013年から次第に盛り上がってきた抗議行動の先頭と中心に必ず伝統宗教の宗教者たちの姿があること、組合や政党と無縁の個人が抗議参加者の大きな割合をしめていること。過去の反政府運動との違いを示していると思います。
2日金曜日の夜、銀座通りを2万人の市民がデモ行進をし、先立って行われた集会では中野晃一氏(政治学)が個人の尊厳をまもる戦いを主題に演説しました。その点で、奥田君の話も一聴に値すると思うので旧聞ですが貼らせていただきます。
https://www.youtube.com/watch?v=5dsMhkj6eHk&sns=tw たいへん長くなってしまって恐縮です。
現在日本に住む人間にとって歴史的、社会的な意味で考えなくてはならないのは、政治ネタではなくてこの主題だと思います。難民問題への頓珍漢な拒絶と言い訳を再発させないためにも。
sekko様のコメントのとおり訴訟が準備されています。悪夢が現実にならないようにお祈りくださいますでしょうか。
sekko · 2015-09-21 06:52:17 UTC+9 · 投稿 #811
パリでの個展開催、おめでとうございます。
29日のVernissageに何とか駆けつけたいと思います。
なつかしいですね。
ミレイユの新居のためにインスタレーションをしてもらったことを懐かしく思い出します。彼女はあの家を今年売って別の所に引っ越したんですよ。でもトリオは相変わらず健在です。
29日の朝は練習日なので、彼らが夕方に来られるかどうかきいてみます。
本型の作品は面白そうですね。立体はなんだか想像がつきません。
楽しみにしています。
吉井秀文 · 2015-09-21 00:54:23 UTC+9 · 投稿 #810
竹下節子先生!ご無沙汰しています。先生はお元気されてますか?2003年から2004年までパリでお会いさせていただき、また個展の時に評論文も書いていただきました、吉井秀文ですが、その時は本当にありがとうございました。このメールは先生の本の感想文の欄なのですが、僕はPCも余り使えないので弟のPCからのメールになりますがよろしくお願いします!今回のメールですが、この度パリのバスチーユ近くのアリチギャラリーでの個展が決まり早く連絡させていただきたく思っていましたが今になってしまってすいませんです。今回の個展期間は10月から11月の中頃までですが、僕はこの9月の23日から30日までの一週間のにパリに行く事になりました。お時間がございましたら、観ていただきたく思って
います。よろしくお願いします。ギャラリーの住所は、GALERIE AKIE ARICHI
26 Rue Keller 75011 Paris France
電話は 09 5146 5114
WWW,galeriearichi,com
です…本当に長い連絡もせずすいませんでした。本当にお会いさせていただきたく思っています。よろしくお願いします!
sekko · 2015-09-12 07:56:34 UTC+9 · 投稿 #809
私以外にも早とちりの人がいたなんて笑えました。あの教皇なら一家庭につき一難民家族くらいのことは言いかねない、という頭があったのかもしれません。
今週末のカトリック雑誌にはこれについて具体的な記事がいろいろ出ていて、それによると、
「決して一家庭で難民を引き受けてはならない、誰かが泊めるところを提供しても、仕事は別の人が世話するとか、食事は、教育は、など、複数のグループが協力し合ってやっていく体制をつくらなくてはならない、一時の勢いで単独で受け入れをかってでても何年も続く場合もあってできなくなる時がくる」
と、具体的な体験談と共にアドバイスがありました。
足が地についたノウハウの蓄積があるのだなあ、と感心しました。
今日は、ハンガリーで警察が難民にサンドイッチを投げ入れているシーンがTVで繰り返されて流されて、ここはグアンタナモだ、と言われたり、ハンガリーはEUから出て行けという感情的なツィートも多くありました。確かに妊娠している女性や子供がぐったりしている姿を見ると、ひどいなと思いますが、情緒に流されるのと恐怖による異物排除も紙一重の思考停止のような気がするので、じっくり情報収集しようと思っています。
日本の今回のデモはやっと若者が動いてくれたのと、リタイアしつつある全共闘世代が動くのとで、本当に「戦争を知らない大人たち」と「戦争を知らない子供たち」がいっしょに動いている時代になったのだなと感慨深く見ていました。
でも、若者たちもメディアによって一時持ち上げられたり、その出自、背景を勘ぐられたり、今の時代には今の時代の罠がたくさんあるのだなと警戒心もそそられました。
デモによる直接民主主義だけではなくて安保法制が通った後で違憲申し立てをする立憲主義に重点が移ればなんとかなるのかとも思いますが、そのうち憲法自体も変えられる可能性も大ですね。
幸田司教については、この講演を読みました。好感度大です。
http://tokyo.catholic.jp/auxiliary_bishop/message_ab/26675/ ナショナル・ジオグラフィックの表紙に教皇が載っているのでサウジアラビアで発刊禁止になったというニュースを見ました。がんばって彼のインパクトがそれだけおおきくなってきているのですね。
愚者 · 2015-09-11 23:55:44 UTC+9 · 投稿 #808
sekko様
9月7日のブログの前半には笑わせられました。
一教区に一家族受け入れて欲しい、とは、キリスト教徒に向けた「キリストの教えを実践して欲しい、様々な重大な危険もありますが」という、国家元首や政治家には出来ない発言、預言者の言葉だったと思います。実は私もsekko様と同じ読み違えをして、キリストの教えを実行するのはほぼ不可能だ、EUに住んでなくて本当によかった、とため息をつきました。でも、あの教皇の発言だからなにか深い意味があるに違いないと思い、気を取り直しててもう一度読んだら、一家族ではなく一教区だったので、「さすが」と心の中で叫びました。
「日本の民主主義の夜明け」とだれかが表現した8月30日、幸田司教が野党党首や文化人の最後に登壇。3分間しか残されてなかったが、聴き応えのある話をされたそうです。動画がみつからなくて残念です。いろいろUPされている動画の一つに「イエズス会司牧センター」の幟が一瞬映りましたが、キリスト教グループの存在感はYoutube等では伝わっていませんね。
しかし、SEALDsはミッション大学の学生が中心。キリスト者のメンバーもいて大学の影響を大きく受けているようです。もちろん、安保法案反対運動全体では日本山など仏教のグループも中心的な働きをしていますが。
なにかと注目されるSEALDsですが、独自のブランドでTシャツなどを制作販売。彼らに反感を持つだれかが、デザインのパクリで金儲けするSEALDs、というデマを流しました。デザインの元ネタは、Sonic Youthというバンドの「GOO」というアルバムのジャケットで、これまでも多くのパロディの元ネタになっているとのこと。
モデルもSEALDsのメンバーの大学生。言ってることは真面目というか常識。センスも悪くないと思います。
アビラの聖テレサかだれか中世の聖人の教えに、なにをするにも美しくなければいけない、苦しむときも美しく、というものがあるのでしょうか? デモも、言論の戦いも、オシャレに美しくできたらいいと思います。別にSEALDsの宣伝をするつもりはありませんが、彼らに代表される十代、二十代つまり近い将来の日本に希望があることを示したのがSEALDsの出現だったので、希望のシンボル的存在なのです。
8月30日、日本には広場がないから民主主義が育たなかった、とか、日本でもついにオキュパイ運動が燃え上がるぞ、などと様々ななつぶやきが溢れました。デモに行けばわかりますが、政治的背景のない人がばらばらに参加しています。ひとり、カップル、家族や友達で参加する人が大多数。12万人は嘘で、実際は3万人しか集まらなかったという説があるそうですが、写真や動画を見れば12万人は控えめな数字だということがわかります。メトロの駅で降りた人数を問い合わせて、3万人が事実とかけ離れていることを示した人もいたそうです。
8月30日に国会前で高校生が歌ったミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」もYoutube、IWJのオープンアーカイブなどで視聴できます。
SEALDsを皮切に、T-nsSOWL,MTIDDLES,Olds,TOLDs,Overseasと名乗るグループが次々に登場しました。大阪の全日本おばちゃん党という老舗も健在です。来週が山場になります。法案成立後が本当の厳しい戦いだとSEALDsも言っていました。
歴史の分岐点に日本が立っていることは間違いないと思うので投稿しました。
sekko · 2015-03-09 00:26:54 UTC+9 · 投稿 #807
FOXニュースのフランスたたきは前から悪質です。
大きいシェアを持ち無料で誰の目にでも入るFOXニュースの報道と、スポンサー広告が一切なく破産寸前の小部数発行で「無責任」を自らうたっていた『シャルリー・エブド』とは同列に並べられないと思います。『シャルリー・エブド』に抗議して法に訴えた団体もあり、それはケースバスケースでちゃんと判決が出ているわけです。
もっともシャルリーは今やフランスで一番読まれているメジャー風刺新聞になりましたから、最近号でも、記事の中に、「(批判したい)人の名前を並べ立てたいけれど自粛する、なにしろシャルリーは今や『読まれている』のだから」、という記述がありました。
どんな表現にしろ、暴力を煽動するヘイトスピーチは当然規制されるべきで、シャルリーは今までそういうことはしていませんから、ISILのプロパガンダと同列にももちろんできません。
最新号は特に極右国民戦線への揶揄が中心でしたが、充分「読むにたえる」ものでした。
それと、フランスが政教分離の共和国主義国家としてこの10年に激しく劣化したこととはまた別です。その劣化ぶりに対して最も激しく異議申し立てをしているのも、政府と関係なく大企業とも関係のない独立独歩のシャルリー系のメディアです。
一切の商業広告を載せないこのようなメディアの新聞や雑誌がつぶれないように、その主張に全面的に賛成でなくても私は時々買うことにしています。
日本についても、大手メディアでない良質な意見を読むことができる今の時代は悪くないと思っています。
kei · 2015-03-05 18:38:42 UTC+9 · 投稿 #806
FOXのフランスのシャーリア法番組は観ました
これもお笑い風刺仕立てにされていて、事実と見るかジョークと見るかは微妙なセンだと思いましたが。
それに対してCNNがフランス市長のインタビューをしていたときに
「これはフランスに対する侮辱だ、なんらかの措置をとらせてもらう」
と市長が言ったときには苦笑せざるを得ませんでした。
自分たちの大事なものを他者から「侮辱」された場合に「力」に訴えようというのは、今回のテロリストと同じ論理じゃんと。
ただフランス市長の場合には合法的な力があって行使できる。
じゃあ合法的な力のない場合は?
と問わざるを得なかったからです。
ここはもう少し大人な対応をしていただきたかったですね
FOXの皆様をご招待してさしあげますから来てくださいとか
ISISのネットプロパガンダもずいぶん見ましたがとても挑発的によく出来ています
シャルリー・エブドなんか及びもつきませんね
表現の自由を絶対化するのなら、これも止めてはいけないわけです。
そしてそのプロパガンダに眼をむけさせたのは多分欧米メディアがシリア問題で
アサド政権の「残虐性」を、反体制のプロパガンダを鵜呑みにして報道しちゃったからですね
反体制のプロパガンダは、かなり怪しいものがあるというのはバレていますが、それでも未だに平気で使われたりしています。
まさしく「南から来るものを過少評価してきた」例です。
フランスといえば中東のプロという感じで、イラク戦争のときにシラク政権が拒否して
アメリカはうまくいくはずがないと余裕かましていました
レバノン問題などでも、よき相談者という形でうまく介入してたように思っていましたが
いつの間にこれだけバカになったのかと思います。
シリアの例の化学兵器攻撃事件でも、メディアではドイツとアメリカの諜報機関の「情報」は出ましたが(後から根拠薄弱となりました)
フランスの独自情報は出なかったように思います。
sekko · 2015-01-20 08:25:06 UTC+9 · 投稿 #805
前にも書きましたが、現教皇はフランシスコです。(選出された時「フランチェスコ一世」と報道されたこともありましたが、正式には、次にフランシスコ二世が登場した場合に今の人がフランシスコ一世とよばれることになるそうです。)
シャルリーの事件があった時、フランシスコ教皇はヴァティカンでフランスのイスラム代表団を迎えていました。異宗教間対話に今一番アクティヴなのはカトリックのような気がします。
新しいシャルリー・エブドの最終ページにボツになった表紙絵が10数枚掲載されているのですが、みなテロリストを嘲笑したりするもので、預言者を描いたものは一つもありません。
それでも結局あの一枚を「これだ」と残された編集者みんなが思った気持ちも何となく分かります。「赦す」という言葉が入っていることもその一つでしょう。
でも結果的にあの表紙を首相が掲げたりしたおかげで、フランスが非難され、ニジェールでカトリック教会が襲われたりするのですから、無用な犠牲を避けるべきだったでしょうね。
教皇のフィリピンでの野外ミサは、記録的な六百万人の出席者だったそうで、フランス全国のこの前のデモの人出より多いなあ、と感心しました。
メッセージももちろんいつもと変わらずの正論で、ある宗教の宗派の首長として世界最大の動員ができる人が、マネーや武器の暴力や無節制に断固と立ち向かってくれるのはほっとします。
kei · 2015-01-18 02:48:14 UTC+9 · 投稿 #804
フランシスコ2世が、宗教の冒涜はあまりよろしくない、という言葉を言いましたが、たいへんいい言い方だなと思いました。
その前に自分の母を冒涜したらパンチ出すよと冗談を言って
やはり理性を通過して考える余裕がなくなるようなことをしてはいけないよ、とのことでしょう。
サッカーでそんなことが多いのでよくわかります。
フランシスコ2世は、それと同時に十字軍のことも引用しておられましたが。
教皇にならって国連もそれから国際ジャーナリストNGOも火に油を注ぐべきではないと見解を出しています。
シャルリー・エブドかテロかという二元論で考えすぎだと思います。
テロを批判するつもりがかえってテロ側に利用されるのは結果的によくないのであって、それは原則だけではいかないことだと思います。
今回の風刺画は、確かに今までに比べては過激ではないですが、ムハンマドが「Je suis Chally」というプラカードを持ってるのはいただけませんでしたね
テロ反対ならよかったのにと思います。
そもそもこのメッセージもそろそろ万能ではなくなっていますし。
また500万部を刷ったということは、やはりもう3万部の売れない週刊誌という名目ではなくなりました。
どちらも引けなくなり、チキンレースをしていてはいずれ不幸なことになります。
教皇はうまく時の氏神をやってくれたものだと思いますね。
強者と弱者も食い違っています。
シャルリー・エブドのほうは自分を弱者だと思っているのでしょうが、イスラム側から見れば、フランス社会でおおっぴらに反論できないし泣き寝入りしているのに、横暴に言っているのはシャルリー・エブドのようないわゆるフランス主流派であると。
この論理は日本でも見られます。
こういう食い違いはどこまでいっても平行線です。
イエス様は悪に対しても抵抗してはならないと言っておられました。
喧嘩を買ってばかりではもう収拾がつきませんし、大火事になり結局どちらかが力のもとに正義を通すことになります。
もっとものをいえぬ弱者のことを考えてあげてはいかがでしょうか、お互いにですが。
そろそろこの話題は離れてほしいと思っております。
kei · 2015-01-15 02:54:06 UTC+9 · 投稿 #803
少しだけ気晴らしに
女子サッカーのほうは今のところ、男子のような人種差別のニュースはないようです。
推測しますに、やはり皆白い目で見られる同士、黒人やアラブ、移民、白人でも同性愛だったりだからなのかと思います。
こちらがアルジェリア移民で女ジダン=ジザと呼ばれるLouisa Necib
https://www.youtube.com/watch?v=OliUwbPZdsk アルジェリアに行かされています
https://www.youtube.com/watch?v=Nnn5wj7gg-0 ムスリマなので身体の露出は控えめ
https://www.youtube.com/watch?v=FtAQ3enb4sw そしてもう一人のムスリマの英雄
ドイツ代表で今PSGに居るFatmire Lira Alushi
このかたは、アルバニア系コソボ難民で、虐殺の危険の中を一家で脱出して来たすごい経歴を持っています
https://www.youtube.com/watch?v=OBNTXt-T-y8 ロマのような風貌でオリエンタリズムを逆手に取ってCMにも出演
ムスリムでドイツ代表のエジルとのコラボで評判になりました
https://www.youtube.com/watch?v=KD2m2vJL5Z8 ヌードにならなきゃOKと自己基準をつくって露出度は高めです
今年の女子ワールドカップの優勝は多分フランスかドイツですのでぜひ応援してください
それまでフランスが何もありませんように( ̄十 ̄)アーメン・・・
まあ人のことは言える立場じゃなく、フランステロが起こってからというもの、女子サッカーの掲示板で、ムスリムの衣服問題やら移民問題やら宗教問題やら、女子サッカーからめて書きまくったたわけなのですが。
sekko · 2015-01-15 01:34:26 UTC+9 · 投稿 #802
そうですね。
昔はサッカーチームが一番フランスらしさがありました。
1998年のワールドカップでフランスが勝ち進むにつれて、街の雰囲気が変わりました。本当に、黒人でもアラブ人でもみんな「フランス人で誇らしい」という仲良し連帯意識が手に取れました。
まあ「強い者、優れた者」が即「フランス人」認定なんていうのもご都合主義だなあ、と私は思っていましたが、それでも、私自身も、フランスが勝てば「私はフランス人」負ければ「私は日本人」とか思っちゃうものですから、それに比べれば犠牲者に心を寄せて「私はシャルリー」とか言う方がましなのかもしれません。
みんなでどういうゲームをするかと言うのは、一人一人の属性とは関係ないですよね。私も演奏する時に、ラモーとかミオンとかの表現したかったことの周りに寄り添ってそれをどう実現するかという目的のために、世代も出身も違う仲間たちと一体化するのでよくわかります。
でもフランスでコミュノタリスムが進化したので、サッカーも変わりました。去年の記事に書きました。
http://spinou.exblog.jp/22306128/ 女子サッカーというのはまた全然別の感慨があります。
この世界はまだまだ、人種差別よりも性差別の方が「普遍化」しているのだと思えてきます。でも反対に、女子サッカーの世界の方が、マネーに支配されない連帯のいい部分が残されているのかもしれません。
聖人ものは、今年の3月28日がアヴィラの聖テレサの生誕500年なので、数年来温めている彼女に関する話を書きたいところなのですが、今はフリーメイスンをまとめ、キリスト教の本とナポレオンで手いっぱいなので無理そうです。
kei · 2015-01-14 13:32:00 UTC+9 · 投稿 #801
先日ミサの帰りにひょんなことから貴女の読者を発見いたしました。
聖人ものがお気に入りのようです。
そのかたは聖フランシスコ・サレジオの「神愛論」日本語訳を自分でネットに書き写しているとのことご参考になれば
http://blogs.yahoo.co.jp/neabenirdieu/folder/1531343.html テロ事件のブログは心労が伺えますが、ようやく落ち着かれたようでほっとしております。
国際的にも「双方落ち着け」という流れも出てきているようで
テロかシャルリーかの二分論ではない動きには少しほっとしております。
わたしは何より移民とムスリムでいっぱいのフランス女子サッカー代表が心配なのですが
教区の神父でも、若い神父で少し殉教者にあこがれているような説教をするかたがいます
それに比べ、「私は怖いから殉教なんかできません多分」なんて謙虚な神父もいらっしゃって、そのかたとはサッカーの話でもりあがることができて、好きです。
もうちょっと過激なことを言うようなら司教のほうに手紙送って注意してもらおうかな
こういうときカトリックの官僚主義は便利です。
sekko · 2015-01-14 00:36:47 UTC+9 · 投稿 #800
下は昨日Forum2に書いた答えの転載です。
Forum2は宗教・哲学に関する話なので、その後ご指摘があったように、警察の話などは適切ではないと思いました。
みなさま、ブログの感想や他の話題についてコメントしたい方はこれからこちらにお願いします。
>>>犯人が殺されて背景や動機の捜査が出来なくなったのでは?生きた犯人を逮捕することを重視しないのでしょうか?
非人道的な死刑制度がないとはいえ、現行犯として容疑者をためらいもなく射殺するフランスの警察は、犯罪を解明したくないのだろうか、裁判で死刑にできないから凶悪犯は裁判にかけずに殺してもいいといった深層心理でもあるのか?と疑問を感じました。
日本の警察は、犯罪の全容の解明に必要なので、生きている犯人や容疑者を逮捕するのが原則だときいたことがあります。冤罪や不都合な事実が次々出てきたけれど、この原則は人道的だと思います。キリスト教の伝統と人権宣言の国フランスの警察の姿勢は意外でした。
というご感想についてですが、まず少し弁護すると、もちろん生かしたまま逮捕することを犠牲者の家族も含めてみんな望んでいました。単独のサイコパスによる犯罪ではないのですから、ネットワークを調べるためにも金や武器の出どころを突き止めるためにも、警察側も当然それが原則です。でも、相手はナイフや銃を持った強盗などではなく、ロケット砲とカラシニコフという軍備をしているテロリストであり、まさに「戦争」の面があるので、ああいう結果になったのもある程度しょうがないと思います。
それにテロリストは、「武器をもって戦いながら殺される」という聖戦の殉死をまさにねらっているわけで、「武器を捨てて手を挙げて投降する」という展開はまずないのです。おそらく、そういう「名誉の戦死」をすれば「殉教者」のプロパガンダになるので、家族や関係者に「報奨金」が出るのかもしれません。特殊部隊の方も、上からの命令がないともちろん発砲しないので、深層心理に影響された処刑というのはあり得ないと思います。
もちろんロシアかどこかであったように催眠ガスみたいなのを流して無抵抗にするなどの方法もあるのかもしれませんが、とにかく今回は2012年に続いて「生け捕り」には失敗したわけです。
けれども、そこで「生け捕りに失敗した」と世論から非難されないために首相も内務大臣もしつこいほど「警察はよくやった、完璧だった、祝福する、誇りに思う」とたたみかけたわけでしょう。
救出された人質も、マイクを向けられたら、「警察や特殊部隊のおかげです、彼らはすばらしかった」と答えますが、まあ、他に答えようがないでしょう。
それに今回は警察官が残酷な殺され方をされているのを皆が知っているので、そういう賛辞を聞いた時に「そもそも最初の警護が足らなかったのでは」とか「生け捕りする努力もスキルもないのか」「この結末は失敗と言えるのではないか」などと批判することは、さすがにそれこそ自粛されたみたいです。
最初に4人の犠牲者と発表があった時、「うち一人は共犯者ではないかと思われる」という言説がとびかいました。それが結局4人ともユダヤ人の人質ということになりました。彼らはすでに殺されていた、とも。実際、突入の時の画像にすでに床に倒れている人が映っていました。
でも救出された女性のインタビューを聞いたら、3人までは次々に撃たれたのを見たと証言しているのですが、4人目のことは出てこないのです。
その女性は、突入の前に、今から突入するので隠れるようにと警察から携帯で予告されたと言っていました。
で、その4人目のことが一切話題になっていなかったので、私は、4人目は特殊部隊の発砲に巻き込まれて死んだのではないかと思いました。だからこそ1人は共犯者ではないかという推測が流れたのではないかと。もちろんこれは全くの憶測で、どこかに私の見落とした情報があるのかもしれません。
確かに、たとえその4人目が特殊部隊の発砲で死んだのだとしても、悪いのはテロリストであることは間違いないので、「テロの犠牲者」ではあります。
それに「3人はテロリストに殺され、4人目は銃撃戦に巻き込まれた」のだとしてもそんな報道のし方は、やはり控えられたのかもしれません。この週末のフランス全体の雰囲気から考えて、そういうグレーゾーンの詳細報道はいったん据え置かれたとしても不思議でない気もします。
ひよっとしたらそんなことを勘ぐる私の方がおかしいのかもしれませんが、私がこの疑問を口にしても、別に周りの誰も否定しません。
それに、警察は、今回の場合、「同僚を殺された報復」なんていっている暇はなくて、日曜の超政治的なVIPの行進や群衆の安全を守るために必死だったので、無事に終わって「お疲れさま」「ごくろうさま」という感謝とねぎらいの気持ちはみな共有していますから。
水曜のシャルリー・エブドは三百万部も出るそうです。でも追悼号みたいにしないでいつも通りに笑ってもらう、殺された画家たちの未発表原稿も使う、ということです。
今回の「テロ」とその「解決」は、何かいろいろと「腑に落ちない」部分もある展開なのですが、それでも一方で「笑い」がキーワードになっているからバランスがとれているかなあ、と思います。
以上が私の観察です。少なくとも、シャルリー・エブドからもいつも揶揄されていたフランスの警察が「日本の警察よりも人道的ではない」ということはないと思います。
>>教皇への忠誠についてですが、洗礼に際して使徒信条を自らの信条とするのを教皇に忠誠を誓うと言い表すのではないでしょうか。教皇様に臣従を誓って家来になる、わけではないですよね。
「家来」はないでしょうが、たとえばイエズス会の終身誓願の中に普通の「清貧、貞潔、従順」の他にわざわざ4つ目の「教皇への従順」があるのですから、「使徒信条」即教皇に忠誠と言うわけではないと思います。