1 2 迷える大羊 · 2010-12-20 20:41:31 UTC+9 · 投稿 #403
うーん。かつて、日本は「学歴社会」などといわれたものですが、お話伺うと、かつての日本など比べ物にならない「学歴社会」ですね、フランスって。どうも、社会や国家、企業の将来を担うエリートとそうでない人はまったく「別人種」みたいな感じがしますね。
>正規社員が就職して二年以内に転職するのは一般に警戒されます。
あ、やっぱりそうですか。どこの社会も甘くないですねぇ。日本の場合、新卒(または20代での早期転職)→正社員入社→長期勤務のレールにうまく乗っかれた人にとっては、「良き社会」ですが、そのレールから外れると途端に厳しくなる、敗者復活が困難、なところが問題、と個人的に感じますが、どうでしょうね?
あと、日本の雇用についてはこういう気になる動きが・・・。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101219-00000567-san-soci (ローソン、ユニクロ、ヤマト運輸…増える外国人留学生採用)
今のところ、大手企業の一部ですが(だからニュースになるんでしょうが)、これが一般的、当たり前になったら。日本にいる日本人学生であっても優秀な外国人学生との競争もしなくてはならないわけで、社会的地位、収入ともに外国出身者の方が上、というケースが珍しくもなんともなくなる、なんてことがありえるわけで。で、就職に落ちこぼれた学生、若者が外国人排斥、右翼活動に走り、なんてヨーロッパで見られる光景が将来日本でもみられるようになる?考えすぎかな?。
>正規社員を解雇することが非常に難しいことから
これも難しいところですね。簡単に解雇できるのも問題ですが、一方であまりに解雇条件が厳しいと逆に「新規参入」が難しくなり、却って失業が増えるという問題が出てきますし。
雇用の問題はいろんな要素が絡み合って、何がいいのか、悪いのか、一筋縄で語れないところがあって難しいですね。でも、なんでもかんでも「自己責任」で片づけられる社会はゴメンこうむりたいですね。イエスの「放蕩息子の話」「ぶどう園の労働者の話」のメッセージ、精神は忘れられないことを祈るばかりです。
Sekko · 2010-12-20 06:48:50 UTC+9 · 投稿 #402
お久しぶりです。
まあ、一般論を語ると長くなるので、私の周りの実例だけ言いますと、フランスの特色はやはりナポレオン以来の国家による一環教育(これはそれまで教育がカトリック教会の専売だったような事情に対抗したものです)とそれによる免状のヒエラルキーが確立していること、また職能(メチエ)というカテゴリーがはっきりしていて、職別の免状によって地位が守られていることの二つです。
まあ、EU の発展とか、グローバリゼーションのせいで、その独自の縦割りや横割りがどんどん崩れていってはいるのですが、それでもまだまだ特権指導層は自分たちのグループを守ろうとしますから、免状社会の壁はなかなか崩れません。一方で、公教育が原則無償とはいえ、やはり旧植民地系の移民の子孫などには見えないハンディがあるわけで、上級の免状を獲得するのは難しいのが現状です。そういう人たちにはいわゆるガラスの天井というのがあって、たとえ免状があっても就職が困難だと言われています。
でも、それは普通に大学や大学院を出ている場合で、グランゼコールと呼ばれるエリート養成学校にまで到達した場合には、出自差別よりも出身校の学閥の方が優先されていますし、公務員系のキャリアではなおさらです。就学中に企業研修を繰り返すのが普通で、卒業前の最後の研修先がそのまま就職先になることも多いです。
私企業だと、同期に同業務で採用されても、免状による給与差別があることは普通です。
フランスは労働者の権利が強いので、正規社員を解雇することが非常に難しいことから、最初から期間限定の条件で働く人も多く、無期限の正規社員枠はやはり免状、またはコネで決まることがほとんどです。途中でポストが空くことの情報自体にも情報格差があってすでに人脈を持っている者同士で伝え合うので、並みの免状でコネがない人は事実上かなり不利だと思います。
正規社員が就職して二年以内に転職するのは一般に警戒されます。前の会社の勤務評定のようなものも考慮されます。エリートの転職は何歳の場合でも、大体前の給料の15%増しを条件にステップアップしていくようです。
最近ブログに書いたのですが
http://spinou.exblog.jp/15477316/ それでもフランスは伝統として失業者や低所得者をサポートしていくのが国の方針ではあるので、今の日本よりも弱者には住みやすいかなあという感じはしますね。
迷える大羊 · 2010-12-15 22:35:05 UTC+9 · 投稿 #401
私自身、転職を何度かしているもので、この辺りの事情に興味が持ちました。巷に流れるイメージ、ステレオタイプは欧米では転職当たり前、したことない方が珍しい、日本は転職のイメージが悪い、終身雇用、といったものですが、実際のところ、どうなのかな?と思いまして・・・。 まあ、欧米といっても一緒くたにはできないみたいで、ドイツ系スイス人の知り合いによれば、ドイツとかドイツ語圏スイスの場合、確かに一つの企業に老人になるまで勤め上げる人は滅多にいない。その一方で、じゃあ、転職にもろ手をあげて賛成、理解しているのか?というとそうでもないみたいで、二年以下の職歴がいくつもあったり、職種に一貫性がないような転職を重ねていると、面接で厳しいツッコミをされる、40歳以上の人間の場合、リーダーシップ、つまり管理職、部下持ちの経験を求められるのは日本同様らしいです。 また、日本で最も有名なフランス人ビジネスマン、経営者のカルロス・ゴーン氏の経歴も知る限りでは、ずーっとルノーグループ一筋で、全く無関係の他社に「転職」した経歴は見当たりません。 逆に日本でも転職する人は徹底的にしていますし、私の実感では学校卒業から老人になるまで、ずーっと一つの企業、という人は今も昔も労働条件に恵まれている場合が多い、大企業に限られていたような気がしますし、企業への忠誠心とか職務への忠実さ云々というよりは、一部の「やり手」を除けば、年金や生涯収入の点で転職回数が少ない方が有利だから、というのが本当のところのような気がします。あと、35~6歳を過ぎるともうカンタンに入社させてくれる企業がない、というのも。 フランスの場合、どうなんでしょう?先生の知人、友人はやはり転職経験者が多いんでしょうか? ところで、欧米諸国の場合、日本のように新卒者を年度初めに一斉に入社させる、似たような時期に新卒者だけを採用する、といった制度、風習がない、学校出たての新卒者も中途採用と同様の条件で就職に望む、と聞きます。これを、アチラの人間は「自立」している証拠、それに比べて日本人は、、みたいな論調を展開する人(日本人)もいますが、考えてみるとこれって若者にすごく不利、厳しくないですか? だって、これってすなわち、あちらの学生さんは職務経験豊富、世間のことも知っている大人と就職で競争しないとならないんですよね?しかも、あちらには若者の給料は安く、年配者の給料は高く、といった年功序列の賃金制度じゃないわけでしょ?大抵の経営者なら経験豊富ですぐに仕事を任せられる「大人」の方がいいに決まってますよね? 各種統計を眺めると、欧米先進国、特にフランスの若年(25歳以下)失業率がやたらと高いのはそのせいかな?と愚考しないでもないです。 その辺も含めて、フランス、ヨーロッパの就職、転職事情をいろいろ知りたいものです。
Sekko · 2010-10-21 16:49:51 UTC+9 · 投稿 #400
コメディ・フランセーズでは現在、普通は今風の発音でやっています。学校ではちゃんと18世紀ディクションやジェスチュエルも教えていて、たまに、18世紀のヴァージョンで上演されます。子音が全部発音されたり、たたまれていた言葉が全部展開される感じです。フランス人には不自然ですが、日本人にとっては、むしろ聴きやすいです。
今回のコンサートでは少し18世紀風ディクションでオードを朗読してもらいます。芦屋の公開レッスンでは、ソプラノの方にディクションを指導します。
今から日本に出発しますので、3週間ほどはトリオのブログのみのチェックとなります。
http://nitetis.cocolog-nifty.com/blog/ あがるま · 2010-10-21 02:04:25 UTC+9 · 投稿 #399
フランスのバロック音楽とそれに付随したバレーがギリシア・ローマの演劇と密接な結びつきがあることを読んで少し興味を持ちました。 フランス古典(悲)劇のDVDは前から探してゐたのですが中々見つからない - 日本のフランス書店でモリエールのDVDが一枚一万円だといふので驚きました。 FNACで検索したらコメディ・フランセズが1997年から2003年に上演した17枚組みのモリエール集が130ユーロほどだといふのでモリエールには興味がないけれども注文してみることにしました。 念のためにフランスのアマゾンで見ると(何故か)80ユーロほどで2~30ユーロの送料を入れても一万円程度です。 このMoliereLaCollection,2008 Ed.MontparnasseにはCh.Moryのモリエールについての400頁ほどの本(フォリオ版)と30頁ほどのコメディフラン・セ-ズの小冊子もついてゐます。 Amazon.frはドイツ・ポストの便 - 此処はDHLと提携してるので一週間ほどで着きます。 ラシーヌやコルネイユにもこんなものがあると嬉しいのですが、ネット上では映画か劇場録画か良く分からないので困ります。コメディ・フランセズの売店に行けば売つてるのかも知れませんね。 フェードルとル・シッド、或いはユゴーのリュイ・ブラスは見つけました。
あがるま · 2010-10-02 02:03:11 UTC+9 · 投稿 #398
彼のミラノ時代の卒業作品といはれる『ディエス・イレ』をLPで聞いた時からフアンになりました。 解説にはケミカルな魅力があると書いてありましたが、ダイナミックで力強いホモフォニックな音楽はモツァルトより魅力があります。 A.エフリキアンか誰かイタリアの録音でしたが、その後リリング指揮のものも出たやうですが聞いたことはありません。 『シリアのアドリアノ』といふハドリアヌス帝を扱つたオペラがマッケラス指揮でザルツブルグ音楽祭上演されたこともあります。 I・ヘブラーのピアノ・コンチェルト集や管楽器を交へた室内楽が有名ですが、期待ほどではなくやはり声楽曲に魅力があります。 モツァルトのオペラはイタリアオペラとは全く違ふ不自然な発想で書かれてゐるので声楽家にとつては音程を取るのが難しいと聞いたことがあります。01.10.2010
迷える大羊 · 2010-09-26 00:36:15 UTC+9 · 投稿 #397
>中国も日本も同じ認識だと思います。つまり、一般的な日本人の「親ヨーロッパ派」がイギリスもフランスも区別しないような感じで。 私らにしたって、ノルウェーとスウェーデンの違いを正確に分かる人間は少数派でしょうし、何かというと欧米、欧米、とひとくくりにして論じたがる傾向があるので、どっちもどっち、ですね、確かに。アフリカなんかになると、もう国自体知らなかったりするわけで。 中国に関しては、1970年代の日本と比較する論調が多いみたいですが、個人的には、1930年代、昭和初期の日本との共通点が多そうな気がします。具体的には・・。 ・高度経済成長 というと戦後のそれを連想しがちですが、日中戦争までの日本の経済成長率(数パーセント程度)もあの当時の世界では高い方。1955年の経済白書中の「もはや戦後ではない」というフレーズの根拠はあらゆる経済数値が昭和初期においてもっとも経済状況がよかった1936年(昭和11年)の数値を超えたこと、ですし。そんな時期になんで2.26事件のような大規模クーデターが?という話は長くなるので割愛。 ・格差社会 中国が非常に富裕層と貧困層、都市と農村の落差が激しい格差社会であることはよく言われることですが、戦前、昭和初期の日本もまた都市と農村、富裕層と貧困層の落差は激しい格差社会でした。一般工員の年収が600円の時代に、三井財閥理事の一夏のボーナスが40万円というのだからすさまじい。これは、左右両翼から非難、攻撃のターゲットとなり、三井財閥理事の団琢磨氏は右翼の血盟団のテロで殺害されますが・・。 農村も昭和6年の大不況時などコメの価格暴落で悲惨な状況となり、風俗産業に身を投じる女性が後を絶たない一方、都市部では、失業さえしなければ、その「価格破壊」の恩恵をフルに受け、生活が楽になったりしてました。戦時中に田舎に疎開して、いじめられたり、終戦直後に農村にものを売りに出して、二束三文で買いたたかれたことを、つらい思い出として語る都会出身の年配者は多いけれど、農村側、田舎側からすれば、都会出身者に対する複雑な感情があったんでしょうね。 中国も戦前の日本以上に都市と農村の落差が激しい、というか戸籍上も区別されていたりして、所得格差だけでなく、感情面でもかなりの対立というか軋轢があるんでしょうね。 ・国際社会との軋轢 現代中国がインドとの国境紛争、日本、フィリピン、ベトナムとの間に領土問題を抱え、なおかつその強引な「解決」ぶり、アフリカへの資源獲得ためのなりふり構わぬ進出ぶり、チベット、ウィグルなどでの人権問題、急激な軍備拡張で非難などなどで浴び、警戒されることが多いですが、戦前の日本も満州国建国で世界的な非難を浴び、その軍備と軍事行動は周辺諸国の恐怖の的でした。 また、低コストによる輸出攻勢で国際市場でのシェアを急速に広げ、先進国の保護主義を招いたのも、中国と戦前日本は全く同じ。 そういった諸外国の非難に対し、ナショナリズムが盛り上がるのも戦前日本と現代中国の共通点。6~70年以上の時を経て、かつての被害国(中国)がかつての加害国(昭和初期の日本)に似てくる、というのはなんだか、すごい皮肉。 ・やたらと多い海外移民 中国人とか中国系の移民は世界の主要国のほとんどで見かけます。戦前日本はここまで広範囲ではないにしても、やはりアメリカ、ブラジルなどへの移民は非常に盛んでした。 って、フランスでなく中国の話になっちゃいました。個人的に父親が仕事上非常に深い関わりがあったもので、中国には関心があるんです。フランス人に限らず、欧米人でここまでの関心(日本、中国に関して)と知識のある人は・・、多分、ごくごく限られた少数派なんでしょうね。 参照 田原総一郎著「日本の戦争」、岩瀬彰著「月給百円のサラリーマン 戦前日本「平和」な生活」、武田知弘著「戦前の日本」、「ヒトラーの経済政策」 >フランスでちゃんと「日本」に特化して「親日」なのはやはりガラパゴス化しているオタク文化系に対してかもしれません これはもうなんて反応してよいのやら・・(笑)。オタク文化こそ、日本最強の「秘密兵器」「外交ツール」なのかもしれない、と冗談抜きで考える今日この頃なのであります。
Sekko · 2010-09-25 22:58:41 UTC+9 · 投稿 #396
テーマが大きいので簡単に書いときますと、フランスの中国学というのはヨーロッパの中で最も進んでいましたし、良質なものもあります。しかし、一般的なレベルで言うと、 >情緒的というか、ちょっと現実離れした中国への入れ込み方をする「親中派」 にとっては、中国も日本も同じ認識だと思います。つまり、一般的な日本人の「親ヨーロッパ派」がイギリスもフランスも区別しないような感じで。 経済的には「これからは日本でなくて中国だ」とターゲットを変える動きはもちろんあります。でも、日本に駐在していたフランスの企業の人が、中国に転勤すると、愕然として国民性の違いに気がつくようです。 というわけで、フランス人側から見ていると、「親中国」はあるものの、漠然とした「親東洋」とあまり区別がつかないので、中国や南北朝鮮の情報に関しては、私も日本の記事、報道を追うことにしています。 フランスでちゃんと「日本」に特化して「親日」なのはやはりガラパゴス化しているオタク文化系に対してかもしれません。
迷える大羊 · 2010-09-25 00:57:42 UTC+9 · 投稿 #395
恥ずかしながら、フランスとか欧米圏の左翼にも中国や文革に入れ込んでいた時期があったなんて、初めて知りました。そんなものは、中国文化から多大な影響を受けた歴史がある日本人左翼独特の「思い入れ」とばっかり思っていました・・。 それにしても、欧米人といい、日本人といい、中国にどうして、ある種の幻想というか現実離れした入れ込み方をする人間が絶えないのはなぜでしょうね?東アジア以外の人間にとって、東洋といえば中国ですし。それだけ、4千年にわたる歴史をもつ、奥が深く魅力的な国といえばそれまででしょうし、単純にでかくて人口も世界一ってこともあるんでしょうが。 やはり、4千年にわたる歴史と文化の魅力は人を惑わしてしまう魔力があるんですかねぇ? 最近でも、中国がアメリカに匹敵する超大国になる、G2の時代だって話がありますし。現代だけではなく、19世紀にも「眠れる獅子」なんて評価がありましたね。しかし、アヘン戦争に敗れ、世界も日本自身も日本の敗北に終わると予想された日清戦争もフタを開けると全く逆、日本の圧勝だったりしましたし、どうも、歴史的にみてかの国への「思い入れ」「期待」は現実離れした過大評価に終わる傾向が多いような気がするのは私だけでしょうか・・・。 20世紀に入り、世界中の左翼、インテリの「期待」と「思い入れ」を集めた「大躍進」「文革」もフタをあけるとこれも悲惨としかいいようのない有様でしたし。 いや、今はGDPは今年ついに日本を抜いて世界第二位に躍進したし、中国市場はでかい、今や世界中の企業がなびいているぞ、、今度こそ「期待通り」じゃないのか?とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、この21世紀の「大躍進」も、私からするといろいろツッコミたくなるところが満載で。 そのGDPの中身の45%ぐらいが「投資」(バブル経済の典型的な特徴)、海外移民の多さ(皆が皆経済的理由ではないとはいえ、世界第二位の経済大国から?)、大卒者の就職率が6割程度(10%近くの高成長率なのに?)、海外への養子縁組、いわゆる孤児輸出の多さ(しつこいけど、世界第二位の経済大国で?)、政府の為替レート管理下にあり未だハードカレンシーではない「人民元」、日本でいうHONDA、SONYに相当するブランド企業の不在(あったらゴメンナサイ)・・・etc 世界第二位の経済大国にしてはなぁ、といった不可解な現象があまりに多いんですよね。 もちろん、昔より格段に豊かになっていることは間違いないし、「中国崩壊云々」は単なる保守派の中国嫌いの人々の願望ですが、米国とならぶ、あるいは凌ぐ「超大国」に云々というのはこれまた、「過大評価」の「歴史」を繰り返すだけに終わりそうな予感が個人的にはしますです。 それにしても、話が繰り返しになってしまいますが、またまたご質問で申し訳ないのですが、フランスとかヨーロッパにも、なんていえばいいんでしょうか、日本人のような情緒的というか、ちょっと現実離れした中国への入れ込み方をする「親中派」(実は私の父がそう)って多いのですか? アメリカなんかは多そうな気がします。パール・バックの「大地」なんかがあったりしますし、今は方針転換してしまいましたが、オバマ大統領など明らかに日本無視、中国重視の外交姿勢でしたし(単なる実利面だけではなかったような気がしました)。
Sekko · 2010-09-20 23:48:42 UTC+9 · 投稿 #394
このテーマ、特に共産主義や中国への愛憎については、別に今フランスに住んでいる私に聞かなくとも、いろいろなところで知ることができます。リベラシオンとの関係も、サルトルの思想的立場の変遷についてでも検索してください。 ソビエト共産主義へのラブコールと、それがスターリン批判で裏切られたこと、でも、文革による「夢をもう一度」の勘違いと毛沢東へのラブコール、それに続いた68年五月革命の高揚、その後、文革がやはり狂騒として処理された後、そこに、アルジェリア独立戦争のトラウマも絡んで、フランスのインテリ左翼たちは、盛り上がりと失望と転向を重ねてきました。 その欺瞞感は、日本の60年安保の活動家の転向や、その後の全共闘世代の学生運動家の逸脱や転向の罪悪感よりももっと根が深いと思います。 BHL(ベルナール・アンリ=レヴィ)あたりからはじめて、あまり自分を傷つけないで転身ができるタイプのポストモダンでデジタルな知識人が出てきたかもです。 それに、フランス左派の場合は、自分たちの原点である「フランス革命」ですら、最後は恐怖政治に終わったことなどを知ってるわけですから複雑です。 毛沢東は文革をパリコミューンにたとえて、人民公社もコミューンだと言っていましたから、フランス人の自尊心をくすぐったかもしれません。これに加えて、私の『無神論』でも少し説明しましたが、左翼と無神論、反宗教、共産主義シンパは密接に結びつく伝統もあったので、エールを送っていた外国が失敗するたびに傷が深くなったようです。 今、フランス人が、ダライラマを支持して、中国のチベット侵略を熱心に糾弾する傾向にあるのは、毛沢東主義に傾倒した「失敗」や、フランス社会におけるイスラムの台頭によって揺らいだ無宗教主義の弱さの自覚を、どちらもまとめてごまかせるからかもしれないなあ、と思うときがあります。 政治的には、フランスの共産党の運命と日本の社会党(社民党)の運命が何か重なって見えますが・・・
迷える大羊 · 2010-09-20 10:38:00 UTC+9 · 投稿 #393
いつも、ご丁寧にありがとうございます。さて、三つめのご質問はといいますと。 フランスの左翼勢力の外交方針というか、外国観ですね。 独断と偏見がかなり入っているかもしれませんし、全部が全部というわけではないのですが、日本の左翼、進歩勢力といえば、過去の日本の帝国主義とか、沖縄の米軍基地とかイラクやら、ベトナムなど米国の過ちの追求にはとても熱心ですが、中国のチベット問題やら軍拡、北朝鮮の拉致の話になると、急にトーンダウンしたり沈黙したり、それもこれも日本とアメリカが悪いみたいな、「本題そらし」したり、と理解不能な態度を取ります。北朝鮮の拉致事件に関する姿勢は本当に見苦しいものがありました。要するに「仲間うち」には「甘い」だったり「ダブルスタンダード」で。その辺が日本の左翼、進歩派の「平和」「人権」がまるっきり信用できない理由ですが・・。 フランスの左翼、進歩派はどうなんでしょうか?特に中国の「大躍進」「文化大革命」の時代、フランス共産党とか社会党の姿勢ってどんなものでしたんでしょうか?日本だと、「希望に満ち溢れた人民の目」とか「ハエ一匹いない清潔、清廉な新生中国」、みたいな、今にして思えば「おいおい」としか言いようがない報道が進歩派、左翼系メディアに溢れかえっていたみたいですが、フランスではどうだったんでしょう?文革時代、「リベラシオン」あたりなんか、どんな報道していたのか?知りたいですね。
Sekko · 2010-09-18 02:48:47 UTC+9 · 投稿 #392
フランスは、フランス革命の名残で、理想としては直接民主制と間接民主制のくみあわせになっています。後者が普通選挙による議員の選出、前者がストやデモや、そして、国民投票、中でも、国民投票による大統領選出です。 で、第五共和制のはじまりに、1964年1月31日、ドゴールが、国家権力は党派を超越したものでなくてはならない、全権は国民投票によって選ばれる大統領にある、従って、大統領は、どの党から出ても、一度選出されれば党派から離れる、三権分立のどの権力からも超越する、平時には、首相と大統領の活動領域は分けられねばならない、という趣旨のことを言いました。 つまり、議会での立法は、その時の多数党が決定するわけですし、多数党のリーダーがたいていは行政のトップとして内閣も率いるわけですが、大統領はこれに党派的には関与しない、だから、原則として内政には関与せず国家としての外交や軍事面での決定権を持つ、ということになります。 実際には、各党が大統領候補を立てるわけで、その公約は党派色があるし、選出されればその党が多数党となり、大統領はその党から首相を選ぶことになります。 サルコジは、政府の人事において右派からも左派からも入閣させるなど、一見例外的な「開放」路線をとりましたが、内政にも立法にも関与しまくり、首相の采配余地を残しませんでした。もはや党派がどうというより「金と権力」で動いているようで、それは今の世界の全体的な傾向になっている気がします。ヴィルパンのようなドゴール派はそれをもちろん批判していますが、2012年の次の選挙でまたサルコジが勝つなら、第五共和制はほんとに終わるでしょうね。
KUNI · 2010-09-17 20:53:13 UTC+9 · 投稿 #391
以前に、フランスの大統領は外交と軍隊、首相は内政というすみ分けがあるというお答えがありました。ロシアやポーランドなどとちがいますね。今はサルコジ大統領が内政も牛耳っていてサルコジ王国と言われているようですが、もとの、「棲み分け」の根拠は何なのでしょうか。
Sekko · 2010-09-13 06:13:05 UTC+9 · 投稿 #390
今日、チベット文化フェスティヴァルに行きましたらこのテーマが頭にあったので、人種のことを考えてしまいました。それについて
http://spinou.exblog.jp/15113423/ にアップしておきました。ご参考にどうぞ。
迷える大羊 · 2010-09-12 19:28:10 UTC+9 · 投稿 #389
お忙しい中、ありがとうございます。お答えいただいた内容、実態は大体、私の予想通りでした。誤解されると困るのですが、別にフランスとかドイツのアラ探しをしたり、貶めたりしたいわけじゃありません。別にかの国々に対する悪いイメージがあるわけでもないです。 なんていったらいいんでしょうか?最近はあまり見かけなくなりましたが、外国(特に欧米諸国)を必要以上に美化し、理想化し「それに比べて日本は・・」みたいな日本メディア、評論家、インテリにありがちな典型的な評論スタイルに対して違和感があったのです。 「いいたいことがあるなら、「外国(特に欧米)」の「権威」に頼らず、自分の言葉で言え」みたいな。また、保守系論者とか右翼みたいな、狭い「愛国心」を振りかざすつもりはさらさらないですけど、客観的にみて「日本ってそんなにヒドい国かな?」という疑問も。 あと、あまりに非現実的ってこと。戦後処理に関する「ドイツに見習え」論で言われているドイツ像が本当なら、ドイツ人は聖人君子の集まり、イエス様の分身みたいな人ばっかり、としか思えない・・。第一、本当に「反省」「悔い改めた」人が「私はいかに悔い改めたか?」なんて、「上から目線」で「自慢」をするものなのかな?(南ドイツ新聞の日本特派員氏など)という疑問も重なって、「胡散臭く」思っていたところ、いろいろ事実関係をあたると、個人的な印象としては、その努力は否定しないけど、特別、日本より「立派」ということは全然ないだろ?、という結論となってしまったのですが。 まあ、この手の人々にとって、事実関係は案外どうでもいいのかもしれません。どこかに自分の「理想」を体現した「夢の国」があると思っていたいのでしょう。丁度、海外に出られない江戸時代の学者が中国を過度に美化し、思い入れを深めていて、当の中国人以上に、中国古典に通じていたのと同じ感覚なんでしょうね。 今はネットが発達したおかげで、海外メディアの論調、視点も簡単にわかりますし、海外経験がある人も増えたおかげで、こういった評論スタイルはあまり通用しなくなりましたけど。 なんて、斜に構えたことばかりいってしまいましたが、 >普遍主義の理想を捨てないで次の世代には少しでもましな世界 は信じていたいですよね。
Sekko · 2010-09-12 02:29:58 UTC+9 · 投稿 #388
ありがとうございます。勉強になります。 「西ローマ帝国はキリスト教のために直ぐに滅んでしまひ、金髪の野獣たる北方の野蛮人しか継承しなかつたのに、それ以後千年も続いたオルトドクスについて一言も言及されないのか、アヴェロエスの二重真理説がイスラムではそのまま受入れられた - 故にイスラムには無神論が存在しない - 様に書いてあるが、そんなことがあるのか?」 西ローマ帝国は確かに滅んで神聖ローマ帝国は確かにゲルマン的ですが、西方教会の勢力はやはりラテン的というか、ローマ帝国由来の系譜を抜きに考えられないと思います。この本では、特にその延長としての「西欧」が、近代スタンダードになった経緯に鑑みて西方教会とその展開に注目したわけです。東方教会についてもいつか書ければいいのですが・・・ イスラムについても同様で、イスラム神学の中には理論上の無神論もあるようだし、神の存在の証明の仕方も実用的な全く別のやり方があります。それをいうなら超越神を立てないはずの仏教の中にも無神論があるし、でも、そういうテーマについては、私より詳しい方に期待したいです。私の身近にはどちらについても専門家がいるので、中途半端なことを書かないことを選択しました。帰って誤解を与えたら申しわけありません。 「神の直観的認識と人間の概念的認識(ディスクール)の違ひの認知」について。 『無神論』の中で触れたダマシオの理論を覚えていらっしゃいますか? 私は、彼の本を読んでから、今となっては、今まで「直観」とか言われていたものは、実は体の内外のホメオスタシスを継続モニタリングしている神経活動が生む情動に関係しているのではないかと思うようになりました。 超越概念と人間の認識できる概念の違いとは、実は、無意識的な体のモニタリングの表象と意識的な知覚の違いじゃないのか、って。 カントがダマシオの神経学的仮説を読んだらどう反応したかと想像してしまいます。 「こんな当り前なことは大学で教へることではなく、欧米の学生は高等学校までに自然に理解してゐるはず」 とおっしゃいますが、少なくともフランスの高校生が哲学の授業で理解するシェーマって、なんか未だにデカルトどまり、って気もします。実感ですよ。
Sekko · 2010-09-12 02:05:33 UTC+9 · 投稿 #387
右派左派というのは、フランス革命以来、主として内政に関してで、人種差別思想は、また別物という感覚を持っています。 前にも書きましたが、今時のインテリ左翼は教養が邪魔して表向きには決して人種差別を見せませんが、全体として明らかにありますし、右派からさえ激烈に攻撃されています。 サルコジ政権の若手黒人大臣だったラマ・ヤデは、共産党が支配しているコロンブ市で、不法滞在外国人の未成年者を道に放り出した市長を攻撃しましたし、同じパリ郊外の、ジスカール派のサン・モール市が、共産党のヴィトリイ市に、マリ人コミュニティ300人を押し付けた時、ヴィトリイは、建物を破壊しかねない強攻策に出ました。右、左と関係なく、不法滞在の外国人を押し付けられたくない、選挙権のある住民(右派の市ではブルジョワ右派、左派の市ではブルジョワ左翼と労働者左翼)の機嫌取りです。みんな既得権だけ守りたいのです。 その他に、ブルジョワ地域では、単純に、外国人と距離があるので、実際の交流がない、外国人=犯罪者という刷り込みがあって怖い、知らないものは警戒する、という心理が働くので、それは政治的な信条とはまた別物のようです。 アラン・ソーカルというジャーナリストがいまして、この人なんて、1990年代は熱心な共産党員、2007年に突然極右国民戦線に入り、さすがに違和感があったのか1年ちょっとで離党、今は「左派ナショナリスト協会」とか主宰しています。この人は、19世紀の第三共和制のオピニオンリーダーだったジュール・フェリーが植民地主義者であって「黒人を白人文明に引き上げるのが我々の使命」と言い切ったことなどを蒸し返し、ミッテランが植民地担当大臣だったとか、一貫してフランス左派による人種差別を告発しています。右派の人種主義は分りやすいので批判の対象になりやすく、右派はしょっちゅう謝罪を迫られるし、罪悪感にもとらわれるが、左派による人種主義、左派によるファシズムが最もたちが悪く欺瞞的である、と言っています。 まあ、この人も、反ユダヤ主義者であることを隠してないし、目糞鼻糞を笑う、と言えばそれまでですが、やはり、人種差別は、単なる差異ではなく、植民地の歴史や戦争の歴史、それと実際の日常生活でどれだけ脅威を感じているかという実感や情報操作や無知や、いろいろなファクターの複合したものだと思います。 たとえそんなファクターをクリアーしても、今度は、似ているけれど僅差があるという同士で、より根深い嫉妬や近親憎悪も生まれますし、一般人同士の憎悪や恐怖を支配の戦略として使う権力者も消えそうもないですから、差別の問題は簡単なものではありません。 情緒に任せていたら、どうしても、そういう流れに足をすくわれますから、もう、ちゃんと理性で、「自由・平等・友愛」というものをいつもいつも頭に叩き込んでみんなが努力するしかないと思います。これは日本人同士やアジア人同士でも同じですし。 でも、政治的指導者たちが「教養」や「理念」によって、人種差別をまず形から廃止したり克服することで、世界は少しずつでも、ましな方に向っていると思いたいです。 植民地主義が広がったのは、「奴隷制」が反人間的だとようやく認識された後、では「同じ人間として助けてやらなくては」という大義を利用したわけですが、その後はそれもようやく間違いだと認識されました。というように、罪や傷跡はたくさんあっても、全体としては少しずつましな方に、金や力の論理を牽制する方向に世界は動いている気もします。ともかく、普遍主義の理想を捨てないで次の世代には少しでもましな世界を用意したいです。 私自身、もし100年前に生まれていたら、日本人、女性、など、いろいろな被差別要因に阻まれて、普遍主義、それなに?という状態で、もう今の歳には疲れ果てて日本の片隅で死んでいる可能性大です。実際さまざまな差別の犠牲になった先人のためにも、せっかくいろいろなことを考えることができる立場にある今、差別されている人の側に、形だけでも立ちたいものです。
迷える大羊 · 2010-09-07 21:18:36 UTC+9 · 投稿 #386
SEKKO先生、お疲れ様です。何かあったのか?と心配しておりました。お疲れのところなんですが、もう一つ。先スレでフランスの右翼の人種主義なんかについて、お話を伺いましたが、左翼、左派のそれについてはどうなんでしょう? なぜ、こんなことを考えるのか、といえば、かつてのフランスの対日強硬派、クレッソン女史の存在を思い浮かべるからなんです。なにしろ「日本人はアリ野郎」とまでいってのける人ですし。彼女って、右翼、右派なのか、と思いきや、左派(ですよね?)の社会党内閣の一員なのだから、ちょっと、何がどうなってるの?と戸惑ってしまいましたね。 日本人として不愉快云々以前に、日本で左派とか左翼といえば(本音はどうであれ)一応、反人種主義、インターナショナル、反ナショナリズムで、間違っても公の場やマスコミで人種がらみの差別用語、なんて口にしないもの、過剰なナショナリズムとか人種主義は右翼、右派の専売特許と思っていたので意外きわまりなかったです。 あと、これまた、フランスではなくドイツの話ですが、先スレで触れた、左派系の南ドイツの日本特派員ですが、彼も「左翼」なのに、妙に「愛国的」なのも印象的でした。もう、何かというと、ドイツのやり方がいかに日本より進んでいるか、といった「上から目線」の話が多かったですし、先ほど触れた「ドイツに見習え論」が日本のメディアで流行っていたころにも、やはり、(私を含めて)胡散臭く思う論客はいて、たまに、先にあげたウィキペディアに紹介されている事実のような、ドイツにとって「痛い」部分に触れると、「だからといって日本が許されるわけではない!」なんておよそ、理性的とは云いかねる反応をしたりして・・。 これまた、日本人としてナショナリズム、愛国心=右翼、といった固定観念がある私としては意外でした。逆に右翼でも(ポーズだけかもしれないとはいえ)、日本好きだったり、日本人と結婚している人間がいたりして、単純ではないな~、と思いましたね。 どうも、ナショナリズムとか愛国心の感覚が日本人とは相当違う、つまり、ナショナリズム、愛国心=右翼との公式が当てはまらないような気がするのですが、実際のところどうなんでしょう?
あがるま · 2010-09-07 20:27:59 UTC+9 · 投稿 #385
<書くのは刺激的だつたが隘路に嵌り込むことが多かつた>さうですがフランスの晩近の状況など殆ど知らないことばかりで色々教へられました。 日本人の人文系論文は、色々丁寧に細かく調べてあるが常に何かとんでもない誤解が根底にあるので、世界の学界では相手にされないさうですが。 その無理解の一が超越範疇transcendentalisとそれに付随した、神の直観的認識と人間の概念的認識(ディスクール)の違ひの認知だと私は思つてゐます。 神が『あれ』と言へば即座に対象として何物かが存立し、その逆過程である認識も神の直観がそのまま普遍的な認識になる。人間の思惟や意志には対象を把握するのにも、個物の知覚が普遍や本質の認識に結び付くやうな(知的)直観がなく、互ひにバラバラで分散的で離接的discreteでしかあり得ない概念を使つた時間的・空間的に迂回する認識しかない。 こんな当り前なことは大学で教へることではなく、欧米の学生は高等学校までに自然に理解してゐるはずですが、そんな常識も日本にはないらしい。 更に付加すれば 命題の主語になるのは(眼の前にある)個物haec resで、それだけが実体ousiaであり、それをsubstrat被担者porteurとして述語が付加される。 超越範疇には一者(或は神)、真、善、美、存在などが挙げられ、それより上位の類概念(カテゴリー)は存在しないので、通常の定義のやうにそれに種差differentiaを加へて思考することが出来ずに、アナロジーだけが可能で、またそれらは互ひに述語として交換可能である。これらの対象には本来人間の知的直観はない - しかし善と美に関してはある、と云ふのがカント。 アリストテレスの形而上学は ①第一学問proto philosofia②本質=実体論ousiologia③存在論ontologia④一者に関する学henologia(神学theologia)である。 他にも細かな点で気になることがある - 勿論私が正しいと言ふ意味ではないが ― 例へば、西ローマ帝国はキリスト教のために直ぐに滅んでしまひ、金髪の野獣たる北方の野蛮人しか継承しなかつたのに、それ以後千年も続いたオルトドクスについて一言も言及されないのか、アヴェロエスの二重真理説がイスラムではそのまま受入れられた - 故にイスラムには無神論が存在しない - 様に書いてあるが、そんなことがあるのか? アリストテリコ・トミズムの優れた点は古代には区別がなかつたし、実際区別のし様がない(多様なる)存在者と(単一の)存在を統一的に把握しようとしたことにあることは慥かでせう。 エゾテリスムは『救済(して別の場所に保管する)』sozeinと云ふギリシア語(第二アオリスト受動形)から来るとばかり思つてゐたが、wiki にも内側esoterikosが語源だとあるが、これは正しいのか?英語版には誰も名前も知らないJacque Matterの他に、古代ではルキアノス、1701年に一番最初に哲学史を書いたThomas Stanleyの名前が出典として挙がつてゐた。 デフォルト(缺点)としてのキリスト教より無神論も含めたデ・ファクトとしてのキリスト教の方が重要だと思ふのですが。
Sekko · 2010-09-06 07:59:48 UTC+9 · 投稿 #384
お返事遅れてすみません。 大羊さん、ご紹介いただいたドイツの戦後処理についての話、はじめて日本語で読みました。その認識の推移は感慨深いですね。 こちらにいて見ていると、やはり、ヨーロッパ諸国は地続きというところが、戦争しても何しても運命共同体的なところがあるなあと思います。ヴェルサイユ条約での強硬な態度が裏目に出たことや、やはり、二度の大戦でぼろぼろになったヨーロッパを立て直すには、底力のあるドイツを制裁するより、何が何でもまず働いてもらった方がいいということだったんでしょう。EUの初期の頃というかECの頃は、保障という形でなくとも徴用された感じで必死で働かされて、よくがんばったなあ、と思います。 フランスの左翼については、そこは、フランス革命の国ですし、ナポレオンによる国民皆兵などが共和国のルーツにありますから、左翼が平和主義とか軍備撤廃という方向には行きません。核装備についてはまた別ですが。ドゴール主義の中で、アメリカ牽制の意味もあって核装備をしてきた国だし、ミッテランも核実験を続けていましたからね。核廃絶は右翼や左翼の差じゃなくてユマニスム系平和主義者ですね。兵役が撤廃されたのも、軍備のハイテク化とコストパフォーマンスの問題だと思います。素人を訓練して給金を払う割が合わなくなったからでしょう。まだ兵役があった頃すでに、若者への「国のために死ねるか?」というアンケートで、最下位を占めてたのが日本とフランスだった記憶があります。どちらが一番下だっけ・・・でも、妙に納得したのを覚えています。 なんだかんだといっても、若い世代には「ヨーロッパ人」のアイデンティティを感じるという人が多いのがこれからの救いです。どの国でも若い世代を頑迷なナショナリズムに引き込む方向には向かってほしくないです。 あがるまさん、興味深いコメントをいつもありがとうございます。
あがるま · 2010-08-23 18:13:27 UTC+9 · 投稿 #383
wie geht es dir?のやうに、関与の与格dativus commodiか所有の與格dat.auctorisか知りませんが実際の主語になるはずの人称代名詞が欠けてゐるのでせうね。 valeo(etre sainの意味)と言ふラテン語と混同したのかも知れませんね。 辞書を見ると、手紙の最初にはS.V.B.E.E.Q.V.と書いてこれは si vales, bene est,ergo quidem valeoの略ださうです。またquomodo vales?はcomment vous portez-vous?と訳してありました。 come staiやcomo estasなら簡単なのに!
迷える大羊 · 2010-08-22 22:26:58 UTC+9 · 投稿 #382
先日は右翼についてお尋ねしましたので、今度は左翼の方を・・。フランス、およびヨーロッパの左翼についていろいろ知りたいことがあるのですが、長くなるので分割します。とりあえずは以下の点。
・防衛、軍備に対する見方、感覚
日本で左翼といえば、日米安保反対、自衛隊反対、とにかく軍備に対してはとことん否定的、最近はさすがに流行らなくなりましたが、「非武装中立」を大真面目に唱える政党、個人、団体もあったりしますが、フランスの左派、社会党、共産党にそのようなことを唱えている団体、個人は存在するのでしょうか。あるいは軍備撤廃、とまではいかなくとも、核武装放棄ぐらいは唱える左派っていないんですかね?
日本の社会党は政権につくと、「現状追認」ってことで「しぶしぶ」安保、自衛隊を追認しましたが、フランス社会党が政権獲得した際、「フランスを非武装に」とまではいかなくても「核武装を解除しよう」とか「国民に苦役を強いる徴兵制廃止!」なんて議論とか運動はあったんでしょうか?
フランスではなく、ドイツの話ですが、一昔前(90年代)、戦後処理に関して「ドイツを見習え」みたいな話がマスコミで流行った時期があり、ドイツの左派系メディア「南ドイツ新聞」の特派員がやたらと登場した時期がありました。その特派員が日本の保守系雑誌「諸君」の座談会に参加していたのですが、ドイツの武器輸出の話となり、論客が「ところで、ドイツは日本に武器輸出することは可能なのですか?」と聞いたところ、「可能です。日本はNATO諸国と同じ扱いですから」と実にシレっとさりげなく答えてました。
こちらとしては「武器輸出などドイツの恥部です。それこそ「日本を見習って」武器輸出三原則を制定せねば・・」な~んて趣旨の反応でもあるのかな?と期待?したら全くそうではなく、「(武器輸出は)やってますよ、それがどうかしたんですか?」的(それも、南ドイツ新聞というドイツでも極めつけの左派メディアの人間が)な反応なので、「平和主義」至高の教育を受けた戦後日本人の私はビックリしてしまいました。
ちなみに私は戦後処理に関して「ドイツを見習え」は昔から胡散臭く感じておりました。最近は日本でもその問題点
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%AA%8D%E8%AD%98#.E3.80.8C.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84.E3.81.AB.E8.A6.8B.E7.BF.92.E3.81.88.E3.80.8D.E8.AB.96.E3.81.A B.E3.81.A4.E3.81.84.E3.81.A6 を知る人が増えたせいか、日本の進歩系メディアでも、ドイツを引き合いに出して、日本を批判、といったスタイルの記事はほとんど見なくなりましたけど・・・。
迷える大羊 · 2010-08-16 19:56:55 UTC+9 · 投稿 #381
人種主義を隠すためのアイテムですか・・。なんだか、昔の南アフリカの「名誉白人」みたいで複雑ですね。ただ、彼らを決して、決して肯定するわけではないのですが、貧しい移民や難民を大量に輩出する民族とか国々に対しては、いくら頭や理性で、人種差別はいけない、人間としての尊厳に差などない、ということがわかっていても、なかなか同情以上の敬意を持ちづらい、特に独自のコミュニティなどを築きあげられると拒否反応を起こしてしまう、というのは、感情の問題として、現実の問題としてありますね。 思えば、ヒトラーの時代の日本はその貧しい移民を大量に出す側でした。 >清く正しい働き者 ヒトラーなどまさしく、このタイプですよね。まあ、私なんかは昔から「正義感」溢れる人にはなんとなく胡散臭さを感じます。 >都市の労働者階級は伝統的に共産主義=無神論(反カトリック)層 これまた、初めて知りました。なんだかいろいろとややこしい事情がありそうですね。 申し遅れましたが、いつもお疲れ様です。
Sekko · 2010-08-16 05:48:05 UTC+9 · 投稿 #380
時差が抜けないので簡単に書きますが、すごーくざっくばらんに言っちゃいますと、フランスの場合、低所得者か低学歴者の右翼は人種差別主義者で、高所得者や高学歴の右翼は、単に貧乏な移民が嫌いなんです。 で、高学歴者や高所得者で人種差別思想を持ってる人は、それを隠すので、表向きにはいません。 過去に戦争もせず、植民地でもなく、貧しい移民や難民のこない日本なんかはむしろ、インテリ好みで、移民差別のカムフラージュのためにも日本好きを強調したりしますね。私の周りにはさすがに極右はいません。ブルジョワ保守主義者はいますが。 もちろん若くて貧しい極右も存在しますが、清く正しい働き者という感じで、やはり移民とかを嫌いますね。 国民戦線と言えば、がちがちのカトリックかと思う人もいるかもしれませんが、ル・ペンの娘もそうですが、離婚してるし、女性だし、意外に開けてます。というか、移民ではない、「清く正しい」労働者の票を集めるためには、それも必要なんです。都市の労働者階級は伝統的に共産主義=無神論(反カトリック)層ですから。奥は深いですよ。
Sekko · 2010-08-16 05:31:47 UTC+9 · 投稿 #379
あがるまさんへ フランス語で「ca va?」(cのセディーユがなぜか消えるのでcaのcはすべてひげを補って読んでください)と言ったら、話し言葉で、「元気?」という感じです。 もちろんそれは、 「Comment ca va ? 」とか 「 Est-ce que ca va ? 」の略ですが、もともとくだけた表現だから、「ca va?」になりがちで、ヨーロッパの他の人は、フランス語であいさつが「ca va?」「ca va.」と、同じ言葉で済んでしまうのにびっくりするようです。ふつうは質問と答えが違いますから。 日本人はむしろ「元気? 」「元気。」でもあり得るから違和感が少ないかも。 これについて、aller bien とか aller mal は、12世紀以来、状態の変化を表現していたのに、今は状態の継続を表す体と説明されています。 つまり「ca va?」というのは、「いつもと同じですか? 」「おかわりありませんか?」という意味ですね。だから、基本的に「いつもの状態」を知っている間柄で使うわけです。 いつもより具合悪い時は「Bof.」とかこたえちゃうわけです。 Oc語で「Quin vas ? 」(キンヴァス) というのは「Comment vas-tu?」の方じゃないでしょうか。
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