Sekko · 2008-07-01 05:22:59 UTC+9 · 投稿 #475
みなさまご無沙汰してました。
西村さま、連日のお越し、お疲れさま。
私は今日もう一度弾いて、今学年の活動は一応終了です。5月後半にフランスを留守にしていた遅れを取り返すのに大変でした。
これからの2ヶ月は、久しぶりに夏にフランスに残って仕事します。
基本的に引きこもることが多いと思うので、17世紀後半の音楽美学について何か discussion pointue があればここで展開してみてください。こちらも気分転換になります。
その前の朝川さんの禅の話、「Soyez Zen !(まあ、落ち着いて)」って言うのは、中学生でも使いますね。なんか、仏教っぽい用語って、エコロジーな感じってことで使われてる感じがしますね。
maiさま、お兄さま、よかったですね。きっとmaiさんのやさしい心が通じたのでしょうね。
奇跡治癒の基準、精神的な病も今は対象になるみたいです。特に心身症。
精神の好調、不調はみな、体だけでは説明できないし、自力の克服も難しいですね。ネット上で、回復を願う周りの方の祈りの善意の受け皿があるのはいいですね。そういう善意の連鎖そのものが、苦しい時期にはそれだけで奇跡みたいに思えて感謝したくなります。
西村光弘 · 2008-06-29 07:18:53 UTC+9 · 投稿 #474
27日(金)の講演会勉強になりました。そして昨日土曜日のコンサート、そしてその後のパーティ、お招きいただきありがとうございました。色々な人たちとお会いし話しが出来、とても楽しませていただきました。ありがとうございました。
朝川 渉 · 2008-05-25 08:50:03 UTC+9 · 投稿 #473
KGOTOさん、教えて下さってありがとうございます。
静かにすることを表すのに、フランス語では「Zen」ではなく別な言葉もあるはずなのに、仏教用語が用いられているのに興味を持ちました。
KGOTO · 2008-05-25 05:44:55 UTC+9 · 投稿 #472
>禅車両
ご指摘の車両はSNCFのidTGV(格安TGV)サービス Zap et Zenの事を指摘されて
おいでと考えます。
これは、飽くまでコンセプトを説明したものであり
DVDやゲームを貸し出して、移動を楽しむというZap車両に対し
携帯電話の電源を切り、案内アナウンスも車両の検札も無くした静かな移動を保証するZen車両となっております。
また、このようなサービスが2007年に導入される前から
日本ではサイレンスカーサービスが既に新幹線で導入されています。
(JR西日本にて)
あしからず。
朝川 渉 · 2008-05-24 15:58:31 UTC+9 · 投稿 #471
ホームページ巡りをしていたら、フランスの新幹線には「禅車両」というのがあると知りました。こういうのを日本はなぜ思いつかなかったのかなあ。
そういえばルルドの泉あたりは、三銃士ダルタニャンのふるさとなんですね。今でも史跡が残っているんですか?
mai · 2008-05-22 23:50:17 UTC+9 · 投稿 #469
はじめまして。ご報告なのですが、御書のスピリチュアル超入門の中に書いてあったグアダルーペの聖母にとりなしてもらいました!グアダルーペの聖母のことは御書ではじめて知ったのですが、グアダルーペの教会のサイトをしらべていたらさすがネットの時代、この頃はお祈りもサイトに書き込めるのですね。兄弟の病のことで神頼みしたいことがあったのですが、お祈りを書き込んだころから、奇跡がおこったみたいです。兄弟は精神的に病んでいたことがあったのですが、それが霧が晴れたみたいに治って。。。。ルルドに関する御書にはルルドでは精神的、神経症的なことの回復は奇跡の判定には使えない、と書いてありましたが、精神的な病が治ったことも十分恩寵ですよね。とにかく、マリア様、そしてそのマリア様にとりついでもらった竹下様に感謝です。
太陽丸 · 2008-04-16 16:29:49 UTC+9 · 投稿 #467
たしかに、自分とは違う感覚がありうるわけで、自分のなかでは既に消化できている心理的課題でも他人ができていないときにはもっと寛容に接することも意識しないといけないなあと思います。素晴らしい本やインスピレーションなど幅広い形の恵みをたまたま一足先に頂いているだけかもしれませんし、遺伝器質的に、限界があるのかもしれませんし(例えばつい感情的反応をしてしまうとか)、ともかく、正しいと思っても自分の想像力外の可能性、見落としている可能性を意識しておいた方が良いと思いなおしました。
最近、言葉をないがしろにする風潮があると聞きますし、私自身も家庭レベルで実感していますが、言葉一つで心がふさいだり逆に解放したりと大きい影響力が、まさに言霊というくらいあるので大切にすべきだと自分に言い聞かせました。深く優しい感性を育み(どのように?祈りの継続とかもよさそう)そこからすっと自然に優しい言葉、態度がでるとよいなあと思う次第です。
Sekko · 2008-04-15 07:25:49 UTC+9 · 投稿 #466
死とか誕生とか、そういう境界状態って、不思議なことがよく起こるみたいで私もよく耳にします。臨死体験とかも、全く脳内の幻覚なのか、外界からの刺激とも関係があるのか、分かんないですね。ともあれおじいさまのご冥福、お祈り申し上げます。
お母様のご様子、親を失うような極限状態ではだれでも、統御ができずにいろんな姿が出てくるのだと思います。
こういう風に観察したり分析したり批判することができるのって、自分の中にもそういう部分があるからかもしれません。私の近くに、アダルトチルドレンと正反対の人物が一人いますが、その人がもし、わんわん泣くおかあさまを見たら単純に気の毒に思うでしょうし、気持ちが醒めたのを見ても、泣くだけ泣いて落ち着いたのかな、よかったな、と思うでしょう。
ところが私のような人間は、自分は制御できないか逆に感情をブロックするでしょうし、でも、他人の反応はあれこれ分析するかもしれません。
みな、それぞれの眼鏡を離れられませんが、それぞれのできる範囲で、悲しんでいる人に寄り添ってあげましょう。誰かの一番の愛情の対象でいたいと思う気持ちは、煩悩の代表みたいなもので、そこから逃れられない人は苦しいと思います。愛するとか愛されるというのは決まった状態じゃなく、その都度の行為の選択を可能にする心の向きと一種の寛大さに拠るような気もします。
愛の独占という苦しみの連鎖から逃れて「悟り」や感謝の境地に至れるかどうかは、その人の努力によることもあるでしょうし、偶然とか、それこそ恵みによることもあるのでしょう。祈りって、多分そのためにも役に立つんでしょうね。
でも最初からアダルトというか、そういう愛の独占なんて感覚を持ち合わせていない人も実際にいるわけで、羨ましい限りですが、そういう人を見てると気づきや学びがあります。
私なんか、こっちに決して迎合しない猫と生活していて、愛することの距離感やらいたずらな要求を持たないことやらを日々学習させられてます。
人間の完成や心の発達が、体の機能とか知能とかとは別だというのはよく分かります。ジョークの例で言えば、やっぱり、うけたい、とか、人からどのように見られたいかという「他人の目」が、不自然さを招くんですね。でも、「少しでもよく見られたい」という気持ちが全然ない自然体でも、また向上がないでしょうし難しいところです。
何事も、試行錯誤の歴史をくぐり抜けていくのが結構厳しい過程だというのは同感です。太陽丸さんの個性や感性や霊性の大いなる発展をお祈りしてますね。とりあえず、おかあさまに優しい言葉をかけてあげられてはいかがでしょう。きっとすごく嬉しいと思います。
太陽丸 · 2008-04-12 12:13:14 UTC+9 · 投稿 #465
どうもです。最近、教会には行っておりませんでして、そろそろ、顔をだそうかなと思います。やはり、教会には、神様の匂いがありますので。手紙攻勢に弱いというのもありますが。
ところで、つい最近、95歳の祖父が息をひきとったのですが(朝?からすみません)、その少し前に、私は心のなかで、「もし、よろしかったら、私の信じる主イエス・キリストの神様の世界があるんだけれども、特に、おじいちゃんの信じる頼り所がないならば、精霊たちにも頼んでみようか、竹下さんもいるしね!(すみません。)」みたいなことを、精霊のパワーのイメージと合わせて、よびかけてみました。聖女でもあるまいし、日頃の行いに自信もありませんが、一応、お取次ぎ作業をしてみました。そしたら、ほとんど反応なしのおじいちゃんが、呼吸をあらげて、目をかっぴらいて反応?してくれました。時間をおいて、同じような作業をしたら、また大きく反応したので、あっちとこっちの世界を揺れ動く状態だと、そのようなイメージ的呼びかけが敏感に分かるのかも~なんて感じたりしました。
母親が、おじいちゃん娘でわんわん、泣いていたのですが、私の従兄がきて顔みせたら、母親よりもずっとうれしそうに反応したのをみて、急に気持ちが冷めちゃったというのを聞き、がっかりしました。誰かの、一番手の愛情対象でなくとも、頂いた愛情、愛着に丁寧に気持ちを寄せて、感謝する姿勢はないのか!このアダルトチルドレンめ!なんて思いました。アダルトチルドレンの正確な定義などしりませんが、大人のくせにガキみたいな筋の悪い感覚の人を、私は、そう呼んでいます。いや、呼びたいです。
最後の最後まで、主イエス・キリストの救いがその人にもたらされる機会をあきらめてはならない、完全にこんな人はキリストの天国には入れないからとアプローチを見限るのではなく、小津安二郎の「俳優がどこでとんでもないまさかのポイントで壁超え(村上春樹みたいですね)するか分からないので安直に見限ってはならない」的指摘に通じますが、まさに、とんでもないポイントでつい見限りがちな、あの人が悟る期待、欲望をあきらめてはならないと。ひょっとしたら、それは、最後の最後の瞬間かもしれないと。
障害児教育者の茂木さんの指摘に、障害者の個性、感性がより豊かに、正確に広範に発露されることも発達と捉えてよいのではないか、例えIQ的発達に上限があったとしても(そんなの、健常者でも結局同じことですよね)とう指摘に感銘をうけました。これは、具体的には、ある知的障害者がある局面では社系的微笑というなかなか豊かな個性を発露できるのだが、別の緊張的局面ではまったくその個性が発露できなかったとき、いつしか、壁超えして、以前苦手だったその局面でも、自由にそのなかなか豊かな個性を正確に安定的に発露できるようになったとしたら、IQというスペック自体の向上はなくとも、発達ではないかという味のよい捉え方のことである。私の、卑近な例でいえば、同性には創造性あふれるユーモア、自然体、というなかなか豊かな?個性が発露できるのに、かわいい異性の前では、コチコチになって、気の利いたジョークのひとつもいえず、ぶっきらぼうな言動をして相手も緊張させたりすることがしばしばなのですが。(もう慣れっこです。)
ここで、ふっと壁超えして、これまでは緊張的魅力女性局面において、同性的局面同様、正確かつ自然的ジョークが安定供給できれば、これは、もう発達したと捉えようということです。
そして、さらに、この理論をキリスト世界に敷衍させるならば、主イエス・キリストの精神を深く、正確かつ安定的な発露作業にもほぼ限界はないということです。日々、意識していれば、まだキリスト精神が曇っている自身の固定観念にふっと、気づくことの連続ですよね。(障害者も健常者も脳ミソ自体はもうたいしてよくならないけども・・)そこには、なにがあるか、個性の豊かな発達、霊性の豊かな発展があると思います。一人一人異なる個性が、霊性が輝くのです。(まあ、当然、おーらも付随的に輝くのでしょうな。どっちでもいいけども)。一つだけの花-とか、安直、素朴な逃げに薄っぺらく使われては、たまりません。個性、感性、霊性の豊かな発達は、試行錯誤の歴史をくぐりぬけていく結構厳しい過程のなかにあると思うからです。
猫はお元気ですか。春は、ぽ~とゆるみますね。たしかに。
Sekko · 2008-04-02 16:38:30 UTC+9 · 投稿 #464
巌窟王ってすごく懐かしい名前ですね。しかも岩窟じゃなく、巌窟!この字面と、鉄仮面(鉄の旧字が入力できませんでした)の字面って、セットになって、私も子供心になんか「暗くて怖いけれどどきどき」って思い出があります。
今、ネットで見てみたら、巌窟王の日本製アニメというのも最近あったんですね。へーっと思いました。デュマって、エンタテインメントのお手本です。
でも、私も子供の頃は、greencurryと同様、捕らわれの男の孤独と怒りのイメージと脱出劇の方がインプットされて、「巌窟王=俊寛」の感じでした。大人になって文庫本で全巻読んで、「脱出後」の復讐劇の方がわくわくだと思いました。今でもフランスの「歴史小説」好きです。
greencurry · 2008-04-02 10:15:53 UTC+9 · 投稿 #463
確か、子ども向けの本では「巌窟王」というタイトルで出ていましたよね?小学生の頃読んだ記憶があります。イラストとかがなんか暗くて怖かったというイメージしかなかったのですが、数年前の会社の1週間の夏休みにふと読んでみようと思い立ち、読み始めたらとまらなくなって、モンテクリスト伯のための夏休みになりました。
内容も濃いし、冒険もあって、小学生向けももうちょっと原作に忠実にしてもよいのではと思いました。何しろ、大きな字で1冊の本にまとまってますから・・・。
本当にあのエンディング、素敵ですね。
Fusako · 2008-04-01 22:28:06 UTC+9 · 投稿 #462
「待て、而して希望せよ」。大好きな本だな。メルセデスへの気持にやっと切りをつけて、ギリシャの姫君エデと再出発してゆくエンディング、素敵ですね。
Sekko · 2008-03-29 00:22:03 UTC+9 · 投稿 #461
泣かせる感動モノみたいなのが近頃流行ってるみたいですが、感情にだけ訴えるのは安易でずるいですよね。でも泣くと、セロトニン系神経が刺激されてアンチ・ストレスになるから「お涙ちょうだいもの」はサプリだと割り切ればいいかなあと思います。前にも書きましたが私は「泣く」サプリが欲しい時は、本だと時間がもったいないので家族感動ストーリーとかのコミックを読みます。子供とか動物をダシにして泣かせるやつ。わりと好きかも。
小説なら、朝川さんの読んでおられる『モンテクリスト伯』みたいなほうが断然好きですよ。スケールが大きくって痛快なのがいいです。別世界に沈没できるようなの。本を読んでいろんな小宇宙とリンクできるのって、すてきでぜいたくですよね。
朝川 渉 · 2008-03-28 17:28:28 UTC+9 · 投稿 #460
法律の難しい議論中おそれいりますが、竹下さんにお礼までに。
>すごく訳したいのもちょいちょいありますね。でも好みはいろいろあるし
世間好みの最大公約数は「泣けました」と感動できる恋物語でしょう。ただし、ラストで主人公が死んでしまう話は安直すぎて受けないと思いますが。
アンドレ・マルロー編「ナポレオン自伝」(朝日新聞社)を買いました。『ナポレオンの母』は見当たらなかったので、また探してみます。ありがとうございました。
猫屋 · 2008-03-28 09:59:25 UTC+9 · 投稿 #459
おっ、全面的に支援されちゃいました。。。これも困ったなあ、becauseさぼれないやん(藁)。
現在は対サルコ戦は、敵の出方を観察中です。てか、みっともない泥沼戦はエティック蕁麻疹が出るんで休んでます。今のチベット系エントリーで言いたいこと言い切ったら(いい加減な内容ですみません;ペコペコ)サルコ批判本紹介特集にかかる予定ですよん。
Sekko · 2008-03-27 09:25:23 UTC+9 · 投稿 #458
うーん、この場は私にとって、最も有効な異議申し立ての場とは、私は考えてないんですよ。
サルコ批判については秋にフランス人の友人たちとレジスタンス活動を一応立ち上げたんですが、ここに来て、サルコ・バッシングが始まって、地方選の時なんかUMPさえもサルコを近づけなかったから、この空気の変わりようを興味深く見てます。なんかあからさまな「侮蔑」が前面に出てきて、それがフランス人の自虐につながり、これから一体どう展開するのか・・
再収監の問題は、サルコ・ポピュリズムの「公約」の一環でしたからね。
これも氷山の一角で、私にとっては、彼がライシテを公然と侵しはじめて、ヴァティカンでもリヤドでもユダヤ人の集まりでも、リップサービスしまくったばかりか、カルト政策を批判し、サイエントロジーを名指しで擁護したりした方が重大なんで、その方の反論を固めようと思ってます。これについてBHLが最近言ってたのは好感が持てました。
再収監の話については、
http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2008/02/index.html を参考に見てください。
このブログをやってる猫屋さんがいつもいいチョイスでがんばって翻訳してくださるので、日本のフランス・ウォッチャーには必見です。
猫屋さんはサルコ攻撃に熱くなるあまり、サルコに食傷寸前ですけど・・・
セゴにもバイルーにも微妙に失望してます。バイルーなんて地方選の第二次投票の前に「Centre commercial 開業」なんてCanardに書かれてましたし・・・
そうそう、シラクの日本口座の顛末だけで単行本が出ましたよ。
これも猫屋さんの
http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2008/03/post-93e8.html をどうぞ。
あ、私は猫屋さんを全面的に支援してますから。
Sekko · 2008-03-27 08:58:36 UTC+9 · 投稿 #457
ナポレオンは面白い本がたくさんあり、しかも絶えず更新されてます。専門の雑誌もあり、私の知り合いでディズニー・スタジオのアニメづくりからナポレオン画家に転身した人もいます。
日本語では・・・確か潮出版が結構充実した翻訳を出してた記憶があります。
私の好きなアラン・ドゥコーの『ナポレオンの母』とかも訳されてたと思います。検索してください。
小説は、私は日本の小説よりフランスの小説の方が読んでると思います。すごく訳したいのもちょいちょいありますね。でも好みはいろいろあるし・・・
古川利明 · 2008-03-27 01:28:41 UTC+9 · 投稿 #456
どうもご無沙汰しています。最近、少し、距離を置いて眺めていたのですが、さすがに堪えることができずに、書き込ませて頂きました。こっちの外電記事では1行も報じていなかったのですが、たまたま、白水社の「ふらんす」の最新号の、現地のフリーの記者が書いたコラムの中で、サルコジ与党が、「安全保障ナントカ法案」ということで、既に刑期を満了した受刑者であっても、「治安維持」を名目に、そのまま「収監延長」したり、「再収監」できるという法案が、議会で成立したんですか。ただ、憲法評議会が「待った」をかけたんで、執行は凍結されるとのことでしたが、その過程でサルコジが破毀院院長に自ら圧力をかけたという話らしいですよね。しかし、「人権宣言」を出した国のやることか、とびっくりしました。要は、どういうことかというと、日本国憲法の第39条に、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任は問われない」という、「一事不再理の原則」がありますが、「人権」というのは、「対権力」に対して、国民がどういう状況に置かれているかということ対して、無原則な権力な濫用を戒めることだと思うのですが、そういう「原則」を平気で踏みにじる人間が、「共和国の大統領」である資格があるのか、と思います。それで不思議なのは、竹下さんは、現地にいて、そういう動きを知ってるはずだと思うのですが、なぜ、そういう出来事を指摘し、そして、批判しようとしないのですか? 今、この状況で「異議申し立て」の声を挙げなかったら、何のための「言論人」であるかと、私は問いたいです。
朝川 渉 · 2008-03-26 22:27:18 UTC+9 · 投稿 #455
竹下節子さま
このところデュマの「モンテ・クリスト伯」を愛読しています。ずいぶん前は「レ・ミゼラブル」に熱中しました。それで関連知識としてナポレオンのことも知りたいと思って、東京都区内の書店を歩きまわったのですが、ナポレオンを正面から題材にした本が見当たらなくて意外思っています。
竹下さんは何か適切な本(日本語のもの)をご存知でしょうか。急ぐ話でもないですから、そのうち気が向きましたらご教示をお願いします。
ついでに、ジャン・クリストフ・リュファンという作家の「ブラジルの赤」も読んでいます。日本語訳は表現が堅すぎるんですが、原作が良いらしくて楽しめます。このほかに現代フランスで評判の作家をご存知でしょうか。
太陽丸 · 2008-02-13 00:04:51 UTC+9 · 投稿 #453
お忙しいなか、ありがとうございました。
安心しました、竹下さんでも緊張感を失いぽ~となさるのだと。私も、緊張感を保つ細かい工夫をして、自堕落な思言動を抑制し紳士力を低下させない努力を意識しています。あと、前向きに奮起することも意識しています。それが、受け止め方の器を大きくし、結局、主に対し誠実に応えることにつながると考えるからです。
でも、微調整するファクターは複合的で多岐に渡っていて、実にさまざまな形状・サイズ・種類があり、フランスバロック的に微調整するのが、たまに、疲れたりします。そんなときには、猫3匹でぽ~としたいです。まあ、餌代に働くはめになりぽ~っとなんかできないでしょうが・・。
宇宙エネルギーというのは、確かに存在すると思います。ネガティブな感覚を足の裏から吐き出し、天から清浄な気を頂いたりします。すると、良い感覚で他者に向き合えたりします。人それぞれ、さまざまなやり方がありうると思いますが、いずれにせよ、これも凝りすぎると肝心なことへの意識が低下し、霊性のバランスを崩しかねないと。あと、性エネルギー浪費は、やはり宇宙エネルギーを低下させ、淀ませる気がします。自堕落な感覚へのゲートを開き、促進してしまうと思うのです。丹田や背骨の力を低下させ、紳士的でさわやかな感覚や愛の感覚も減少し、現代男性の冷笑的傾向の一因かなとか、考え過ぎたりしています。
話は変わりますが、私の父は最近、ピアノ・オルガンを習い始めており、タイタニックを弾くので困り果てています。定年間近で、いろんな趣味、習い事にチャレンジしているようで、命の動きを促進する努力をしているようです。暇人で命の動きが停滞している人って、チョコもらえなそうです。
そんなわけで、国語はできませんが、ぶっきらぼうな一語から多様なコンテクストに思いを広げていただき、感謝いたします。このような、ボランティアに感激しながら、私も自分の置かれた状況のなかで、形にとらわれず、自主性をより反映したボランティアをさりげなくしていこうと思います!
Sekko · 2008-02-11 02:44:04 UTC+9 · 投稿 #452
私のバロック音楽の本のところにマリー・ジャエルのピアノ演奏のメソードを紹介したんですが、そこでも緊張って、すごく大事なんです。
フランス・バロック的にいっても、
「緊張=生」、「弛緩=死」
みたいなとこはあるんですよ。
大切なのは、緊張の意味が、弓に張られた弦みたいな状態で、弾力があって、作用と反作用が拮抗してるって感じです。
だから、たえずバランスを微調整して、しかも、支えられてて崩れないんで気持ちいいんです。バロックバレーとかでも体重を支える床の重力をいかに意識するかが大切なんですね。
しかし、最悪なのは「硬直」で、「緊張で強張った」という時の緊張はもちろんペケです。緊張と硬直を混同しないように。
弛緩が即リラックスと考えるのも間違いです。
リセで教えていた時、生徒の姿勢が悪くてくたーってしてるのを見て、
「あなたたちは一見その姿勢が楽だと思っているのかもしれないが、それでは実はいろんなところが圧迫されて流れが滞っている。背筋を腰に乗せて、気の流れをよくしなさい、宇宙エネルギーも受け取って、」
とか説教して、生徒たちの姿勢を正したことがあります。
体のあちこちを弛緩させる訓練をするのは、まさに「硬直したところがないかどうか」をチェックするためであり、すべて弛緩したらエントロピーが増大しまくって死あるのみですものね。
テノールの歌手が言った意味はちょっと違ってるのかもしれませんし、クリスチャンであることと何か関係があるのかないのかも分かりませんが、そういうわけで、私は「弾力のある緊張の維持」を常に楽器の生徒にも言っています。
合気道の練習に行った後で私のとこにピアノの練習に来る大人の生徒は、私の言うことと合気道の先生の言うことはいつもまったく同じだ、と驚いてました。よい緊張が命の動きを生むんですね。
で、私は、日々の緊張を保つ方に気を使いますよ。ほっといたら自堕落な方に流れていくんで。
何かをやるとか誰かに会う前に緊張でアガル、みたいな意味ではあんまり緊張しません。怖がりで心配性で何事も悪い方に考えるというのはありますが、それはちょっと緊張と違うような。猫3匹と暮らしてたらだんだんぽーっとなってくるんですよ。
太陽丸 · 2008-02-10 14:39:36 UTC+9 · 投稿 #451
先日、テレビでクリスチャンのテノール歌手がいった言葉が心に響きました
生きるとは緊張することだなーという言葉です
竹下さんも緊張なさったりすることはありますか?
こちとら忙しいんだよ このばかん♪とのようでしたら結構です
朝川 渉 · 2008-02-07 20:38:35 UTC+9 · 投稿 #450
今日の新聞は、米大統領選挙「スーパーチューズデー」の話ばかりですね。日本人には選挙権はないけど、新聞はなぜこんなに熱心なのかなと思ったりします。日本のスーパーも、チューズデーの大安売りをして欲しいです。片隅の記事に「カーラ夫人が6万ユーロの損害賠償をもらえそうだ」と書かれています。「カーラ」はイギリス式の読み方という感じがしますね。日本国首相夫人は、荒稼ぎをする気はないのでしょうか。
ヨーロッパ人どうしでは、お互いに外国人だという意識は薄いのじゃないでしょうか。もっともロシアはヨーロッパでもアジアでもないような。
ちなみに私はお絵描きを楽しんでいますが、仲間の中国人は「外人をモデルにして描きたい」とわめいています。ご本人は、自分が外人だとは思っていないようです。外見は日本人と区別できないから当然のような気もしますが。
Sekko · 2008-02-07 07:50:55 UTC+9 · 投稿 #449
再婚相手のカルラ・ブルーニって、今のとこ、イタリア国籍の人なんですよ。去年、大統領選中にもし自分に選挙権があるならセゴレーヌ・ロワイヤルに投票するって、インタヴューに答えてたんですけど。母方のおばあさんがフランス人とかで、フランス語は小さい時からぺらぺらみたいです。1992年に両親と撮ったポートレートで、ピアニストのお母さんが、下着姿のがあって、なんか、びっくりです。その姿、別に美しくもないんですよ。
前のセシリアさんはフランス人だったけど両親はスペインとロシア出身で、「私にはフランスの血は全然ない、それが誇り」みたいな失言してましたね。
この前にフランスの元首が非フランス人と結婚したのは、ルイ・ナポレオン・ボナパルト(ナポレオン3世)と結婚したウージェニー皇妃で、彼女は、スペインとイギリスの混血だったそうです。
なんとなく、日本では考えられないなあ、と思います。
朝川 渉 · 2008-02-06 20:58:08 UTC+9 · 投稿 #448
いまテレビでは、埼玉スタジアムでのサッカー中継をやっています。埼玉は雪が降っているのに客席は満員。熱心なファンがいるものですね。
フランスの大統領は再婚なさったようで、私には関係ないけど、おめでとさん!
ローマ法王は再読して、竹下さんの執筆意図がよく分かりました。前の法王と歴史と重ね合わせて考えたことはなかったですが、ずいぶん大きな役割を果たしていたのですね。日本はアメリカ一辺倒じゃいけないなと思います。
いま、ジャンヌ・ダルクを読みながら、「そうだったのか」と付箋をべたべた貼っています。