1 2 3 4 あがるま · 2011-03-05 13:59:40 UTC+9 · 投稿 #426
素人語源学によると ciergeは教会にあるやうな大きな蝋燭でcon-ciergeはそれを持つて案内する召使、或は蝋燭そのもの。 re-spectのreはre-ligionと同じで、何度もre良く見るspectare、或いは反省する。 英悟のリスペクトはドイツ語repectoやラテン語で言ふrueck-sicht考慮する。 フランス語のレスペクトは誰かの優越性を認めること.
Sekko · 2011-03-05 01:13:00 UTC+9 · 投稿 #425
は「尊重」です。人間にではなくても抽象概念にも使えます。「他人の自由を尊重する」ように。日本語ではずっと「尊敬」のように訳されることが多く、尊敬はむしろestimeなので、困るなあと前からかんがえていたところ、いつの間にか「リスペクト」という英語が日本語化していて、これでフランス語のrespectもより正確に使ってもらえるなあ、と思っていました。同じ意味でも新しい語感を求めるのはいつの時代もあることで、残るものと残らないものがあるでしょうが私はあまり気にしていません。便利だなあと思う言葉もたくさんあります。
あがるま · 2011-03-05 00:53:27 UTC+9 · 投稿 #424
てのも抵抗があるのですが - 英悟かと思つてたがフランス語でも全く同じ意味? 尊敬ではなく尊重する程度の意味で使つてるのかな? スタンスとか立ち位地、温度差なんて変な言葉を聞くと何だか気分が悪くなる!
迷える大羊 · 2011-03-04 00:47:25 UTC+9 · 投稿 #423
>フランスでそんな風に言っている人って、ある種の政治家とか以外にいないんじゃないでしょうか。外憂内患と言いますが、内患の方が大変で、外に威信を発揮する暇がないというか。
そうですか。英国だけかな?そんなこといっているのは。まあ、目の前のことに忙しくて、そんなこと考えてるヒマなんて、っていうのはその通りでしょうね。
でも、フランスっていうとかのドゴール主義、ゴーリズム、核武装のイメージが強いもんで。それに、パリの国際空港はそのドゴールの名を冠しているし、これから察するに彼はフランスでは英雄扱いなわけでしょ?それに最近でもサルコジ大統領の「地中海連合」の話がありましたし、そういう事実関係からつい、そういうイメージを持っちゃいましたね。
>アングロサクソン国に比べてフランスが日本好きなのは確かなようです
ジャパン・エキスポの盛況ぶりや下記の映像をみると、若年層の一部にかなりの日本文化好きがいるようですね。
http://www.youtube.com/watch?v=vbjBYQXjBZE&feature=player_embedded しかし、一方で下記のBBCの世論調査によれば、日本は「良い影響を与える国」と評価しているのはフランスやらドイツよりより、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダなどいわゆるアングロサクソン系の国の方がずっと多かったりしますね。ちなみに、かつての同盟国ドイツは日本に対する評価、認識は低いです。「よく知らない」っていうのが本当のところかも、ですが・・。
http://www.globescan.com/news_archives/bbccntryview09/backgrounder.html 推論するに、フランスでは確かに「親日的」な人が比較的多く存在するが、それは日本に深い知識とか認識に支えられたものではない、アングロサクソン系の国々の方がまだしも、関わり合いがフランスより濃い分、日本について「良く知っている(といっても、あくまで比較的、ですが)」というのが本当のところかな?と。
まあ、個人的には「親日派」よりは「知日派」がもっと増えてほしいところです。
このBBCの調査、眺めるといろいろ面白いです。よく、日本の保守派は「日本人の自虐史観が~」なんて憂いてますが、歴史観はともかく、日本人が自虐的なのは本当のようです。つまり、日本人で自国が「良い影響を与える国」と思うが41%です。海外の国々の方が日本人より日本を評価している、といった結果です。
ちなみにフランスは72%、やっぱり中華思想の国??アメリカは60%、思ったよりは謙虚ですね。日本とよく似た現代史、戦後史を持ち、日本より「反省している」はずのドイツはなんと80%!(どうも言い方が皮肉っぽくなるなぁ、我ながら)。
しかし、なんといってもすごかったのが中国。なんとなんと92%!!。中華思想がどうのこうのっていうより、一体、どんな教育を受けたらこんな数字が??すさまじい自虐ならぬ自尊です。
まあ、サンプル、調査対象の問題もあるので、すべてが事実を現しているとはいえないかもしれませんが、意外な世界の姿がわかって面白い統計でした。
Sekko · 2011-03-03 18:46:24 UTC+9 · 投稿 #422
国家間のプロトコルにおいてはフランス語ではhomologueと呼ばれる「同格」の人の認定が必要ですね。 そういう時の日本の天皇は基本的に英国モデルにあわせていると思いますし、普通にもそう見なされています。 フランスのような国では、大統領が全権なので、もし天皇や国王が来れば大統領が対応しますが、日本や英国の首相などが来ても大統領ですね。フランスには首相もいますが、外交と軍事は大統領ということになっているので、やはり大統領です。(今の大統領には内政も全部手を染めて独裁者ふうになっていますが。 フランスはイギリスとの間でそれを使い分けているので日本にもそれを自然に適用していると思います。 日本の天皇が、政治的な権力のない元首、として外交の場で認知されているのはフランスに住む日本人はむしろ助かっていることが多いかもしれません。日本の首相はあまりにもめまぐるしく変るのでついていけなくて信用を落とすんじゃないかと気になるくらいです。 まあフランスは全体としては日本に好意的なんで助かります。
Sekko · 2011-03-03 18:24:24 UTC+9 · 投稿 #421
まず、使用状況について言うと、 1.concierge は建物の管理人について普通に使われています。 2.garçon は、カフェのギャルソンについては呼びかけとしては死語です。 私はフランスに暮らして以来、(カフェにいりびたっているわけではないですが)誰かがこう呼ぶのを聞いたことがありません。普通は「シルヴプレ!」でOK。若い女性が給仕していたら「シルヴプレ、マドモワゼル!」ということはあります。 concierge についての差別的?表現があるのはこういうことです。パリでは今でも、入口に郵便受けがない古い建物が少なくありませんから、そういうところではconcierge が戸別に郵便物を配布します。 また、住居つきですから、ポルトガル移民の夫婦などが多く、奥さんが頼まれてベビーシッターや家政婦をすることも珍しくありません。建物の工事や点検のために、昼間留守の人からconcierge 鍵を預かることもあります。 そんなわけで、「家政婦は見た」ではないですが、concierge というのは各戸のプライヴェートな事情をよく知っていることが多く、共同部分の玄関などの掃除をしている時におしゃべりすることで「噂」の発祥地ともなります。それもあって、こちらではお正月になると、家賃の5%相当をチョコレートやカードと共にconcierge に渡すという習慣があります。これが廃れないのは、やはり口止め料とかいろいろあると思います。つまり、conciergeはある意味の権力を持っているわけで、警戒心と差別心が表裏をなしていると思います。もちろんconcierge の人柄にもよります。 それにひきかえ、Gardien といえば、語感から言って、外部の人間が勝手に入らないようにチェックする、という機能が中心ですね。今は、郵便受けが玄関にあって、コードやインタフォンもあって、管理人を置かないアパルトマンも増えています。もちろん、concierge に呼びかけるときは、「Monsieur XX」と呼びます。 マダムかマドモワゼルか不明の時にマダムと呼ぶ方がリスペクトしているのは今も昔も変りません。でも、フランスもアメリカ的というか今日的なjeunismeが浸透して来ているので、40代くらいの人だったら、未婚既婚にかかわらず、マドモワゼルと呼ばれて、「軽んじられている」と気分を害するよりも「若く見える」と解して喜ぶかもしれません。まあすべては文脈と言い方によります。
あがるま · 2011-03-03 12:54:01 UTC+9 · 投稿 #420
もカフェの店員に対して使つてはいけないと一緒に言はれた(やうな気がする)
あがるま · 2011-03-03 12:44:16 UTC+9 · 投稿 #419
といふオペラ - 昨年のブレゲンツ音楽祭の録画 - をNHKで見た。 現代オペラなど殆ど見たこともないし、ナチや戦争の話は嫌なのだが、これは筋よりも音楽が素晴らしく最後まで見てしまつた。 1961年製作の映画『パサジェルカ』(ムンク監督、ダデウシュ・バイルド音楽)と同じ原作で数年後に作られた。 収容所の中では(別の)ポーランド女は、この女船客マルタの20歳の誕生日で最後まで歌へなかつた故郷を思ひ出す歌を、ドラマが終つた後で歌ふヤナチェック風なメロディの叙情的な歌が印象的。 モイシェイ・ヴァインベルクはポーランド人で殆どの家族が絶滅収容所で死んださうで、そのことを知つたのが彼の20歳の誕生日だつたのかも知れない。
あがるま · 2011-03-03 12:08:29 UTC+9 · 投稿 #418
は口語でune personne bavardeのことだと、ロベルにあつたが、軽蔑の意味はないのか! 今日ではgardien/ienneといふと。 マドモワゼルも使はずに女性は皆マダムだとも言つてたやうな。
エトワール · 2011-03-03 01:46:26 UTC+9 · 投稿 #417
1990年代に、フランス人の友人に聞いた話によれば、フランスでは「日本は立憲君主国であり、日本の元首は天皇である」と皆が思っているとのことでしたが、この認識は正しいものなのでしょうか。 日本政府の公式見解では「天皇をほぼ元首として差し支えが無い」としていますし、内閣法制局は「日本は、立憲君主制と言っても差し支えないであろう」としています。また、「天皇は限定された意味における元首であるとする。一方で、天皇を元首と呼びうるかは定義による」としています。外務省は「日本は立憲君主国である」としています。判例では、プラカード事件第二審において「天皇は元首である」と判示されています。 国内的な解釈は以上のとおりのなのですが、外国からはどう思われているのか興味があります。 何を持って国家元首とするかについては次の2つの有力説があるようです。 1 兵が忠誠を誓う相手が元首とする説 2 自国で開催されたオリンピック開会式の開会宣言を行うのが元首とする説 日本国憲法では明文上「軍隊」を保有しないことになっていますので、自衛隊の服務宣誓については他国における「兵の元首への忠誠」とは一線を画しているようです。自衛官は兵ではないとされています。自衛官は、天皇へも、内閣総理大臣へも服務宣誓はしていません。(自衛隊法施行規則39-42条) オリンピック憲章では近代オリンピックの開会宣言は開催国の国家元首によっておこなわれるものと規定されています。日本で開かれた近代オリンピック(1964年夏季・1972年冬季・1998年冬季)ではいずれも天皇が開会宣言を行っています。 国内では、学会でも様々な議論があり、日本は立憲国主国かどうか、天皇は元首かどうか、いずれもはっきりとした見解はでていませんが、諸外国では「そんなの常識」という感じなのかなと長年思ってきたわけです。 フランスでは、実際のところどうなのでしょうか。
Sekko · 2011-03-02 23:35:55 UTC+9 · 投稿 #416
フランスでそんな風に言っている人って、ある種の政治家とか以外にいないんじゃないでしょうか。外憂内患と言いますが、内患の方が大変で、外に威信を発揮する暇がないというか。 昔の帝国主義のように外に拡大するどころか、今はアラブ革命で発生している大量の難民や不法移民をどうするかであせっているわけですから。 それにフランスは、「建国神話」のヒストリーをごり押しし続けたアメリカと違って、フランス革命後のテロルとかナポレオン戦争とか王政復古とか、ごまかしようのない「失敗」を重ねているんで、その分シニックで、たまに偉そうにしていても腰砕けでかわいいと言えばかわいいような・・ アングロサクソン国に比べてフランスが日本好きなのは確かなようです。アングロサクソン国は、まあ「鬼畜米英」と日本も言ってきた対称構造があるわけですからね。 ビジネスの中心は中国に移ったということで日本から中国に駐在先を移したフランス人のほとんどは、日本と中国のメンタリティの差のあまりにもの大きさにショックを受けて日本をなつかしんでます。 そう言えば大羊さんは幼少時は台湾在住で台湾語をネイティブ並みに操ってらしたということですが、単語や構造は忘れていても発音や抑揚はどこかにインプットされていると思います。それを生かすこともできると思いますよ。
Sekko · 2011-03-02 23:14:32 UTC+9 · 投稿 #415
・・・なんて言葉が日本語にあるのをはじめて知りました。これはアドヴァイザーという意味ですよね。きっと、昔の「アドヴァイザー」という語感が「上から目線」を避ける今の風潮で、「いろんなことを知っているけれど腰を低くしてお客様のご案内をする」というニュアンスでホテルのコンシェルジュという語を転用したのでしょう。 フランス語では普通に建物の管理人です。 禁止用語じゃないですよ。gardienと同義です。でもgardienの方が広義で、刑務所の番人みたいなものも入りますから、警備員という意味はないconciergeの方がやはり少しソフトかもしれません。 ホテル業界はフランス語がけっこうステイタスになっているので、ホテルのお客様サービスにこの言葉が使われ始めたのですね。 グローバリゼーションの世の中だから、フランスのホテルでもそういう言い方をしているところがあるのかもしれませんが、普通は接客業で相談口になるのはAccueilで、そこにいる人は 「Hôte/sse d'Accueil」ということになります。 でも日本語じゃ「本のホスト」とか「本のホステス」は無理ですね。ちょっとおしゃれなコンシェルジュというのでしょう。フランス語に直訳すると意味不明ですが。
あがるま · 2011-03-02 21:49:06 UTC+9 · 投稿 #414
フランスではconciergeュは禁止用語だと聞いたことがあるが、日本ではどんな意味か知らないが、本のコンシエルジュなんて言つてる。 conseillerと間違つてるんぢゃないのか?
迷える大羊 · 2011-02-28 22:06:26 UTC+9 · 投稿 #413
(世界に冠たるヨーロッパ1より)しかしスティーヴンズ氏はそれでは不満なようで、「アメリカはハード・パワーとソフト・パワーを結合させる方法論を編み出した。しかし欧州はぼんやり夢想しているだけで満足なようだ」と結んでいます。つまり国際舞台において目に見える具体的な影響力(軍事力など)と、もっと緩やかで潜在的な影響力(文化伝播力など)を両方駆使しなければ、欧州はますます日本のようになるぞと。それでいいのか? というわけです。個人的には何が悪いんや?と思ったりしますが・・・。それこそ、事業仕訳人のれんほー大臣ではありませんが「2位じゃじゃダメなんでしょうか?」。 確かに、相手に侮られない程度の政治外交力、軍事力は必要かと思いますが、欧州諸国は押し並べてその最低限のレベルはクリアしていると思うし、下手に大国を目指して世界中のあちこちで戦争をしているような国になる必要ないじゃん、とも。 このスティーブン氏って一体いくつなんでしょう?世代的に「世界に冠たる、日の没することなき帝国」を懐かしむ世代ではないと思うのですが・・・。 さて、ご質問となりますが、欧州人も「現実」は十分わきまえているかとは思うのですが、欧州が何世紀にもわたって世界の中心だったという意識は、ヨーロッパ人の多くに本能のようにして染み付いていて、世界の方向性を決める場に欧州がいないなどという事態は大英帝国が失われて半世紀以上たった今でも、本音部分ではなかなか受け入れられていないんですかね?。特に、政治軍事外交とは無関係な一般の欧州人の意識はどんなものでしょう? まあ、個人的に、このスティーブンス氏の母国・英国についていえば(フランスも同様ですが)私は大英帝国としてブイブイ言わせていたころのクソ生意気でゴーマンな英国よりも、モンティ・パイソンなど自虐ユーモアに溢れ、ビートルズ、ストーンズ、ツェッペリンなどブリティッシュロックを筆頭に充実したサブカルチャーが存在する戦後の英国の方がはるかに好きですし、尊敬しますけど・・。 あと、このスティーブン氏は日本を最悪の例、と思っているようですが、そりゃまあ、確かに政府とか政治家の対外交渉力は低いけれども、世界標準からすれば経済力はあって、国民生活も(比較的)安定している」日本のポジションは、ぬるま湯ではあるけれども、戦渦に見舞われている国に比べればそこそこ悪くないよ??と苦笑しつつ、自慢したいところです。(人と比較して、アイツよりマシだから、と安心する性根は決して感心できたもんじゃないかもしれませんが)。電車は時間どおりに発車しますしね。
迷える大羊 · 2011-02-28 21:39:02 UTC+9 · 投稿 #412
フランスというよりはヨーロッパ全般の話ですが・・・。
近年、というより、ここ十数年、欧米系、特に英語メディアで日本関係の話となると相変わらず目にする「日本衰退」の論調。リーマンショック以降、欧州経済が落ち込んでからは、「このままでは日本のようになってしまう」物言いもちらほら出始めました。
少々古い(2010年9月9日)記事ですが、ご紹介する英国・フィナンシャル・タイムスの記事もそんな内容(もっとも日本に触れているのはほんの一段落程度ですが)。つまり、欧州は日本的に影の薄い存在になりつつある(Europe heads for Japanese irrelevance)」ということ。
つまり、日本ってなんだかんだいっても世界有数の経済大国ですが、一方で国際政治、外交分野での影響力は、本当に影が薄い、欧州もそんな存在になりつつある、いいのか?これで?というボヤキとも警鐘ともつかぬコメントです。
http://www.ft.com/cms/s/84efd5fe-bc55-11df-a42b-00144feab49a,Authorised=false.html?_i_location=http%3A%2F%2Fwww.ft.com%2Fcms%2Fs%2F0%2F84efd5fe-bc55-11df-a42b-00144feab49a.html&_i_referer=http%3A%2F%2Fnews.goo.ne.jp%2Farticle%2Fnewsengw%2Fworld%2Fnewsengw-20100914-01.html%3FpageIndex%3D1#axzz1FFkFCukW 記事を書いているのは、フィリップ・スティーヴンズ、という人で、フィナンシャルタイムスの副編集長のようですが。えーと、まあ、簡単におおざっぱに記事の内容をご紹介していくと・・・・。
「国際関係の主立った専門家が集う会議で話題の中心となるのはもっぱら中国で、中国がいつアメリカを追い抜くかが最大の関心事なのだと。そしてそういう場では「欧州は傍観者に過ぎないという印象は紛れもない。これが欧州にとっての問題なのだ」
で、日本については、
「同じような話としてすぐに思い浮かぶのは、国際舞台における日本の不在だ。世界ランキングで最近になって中国に追い越されたとは言え、日本は依然として経済大国だ。しかし世界情勢の議論においてはもう長いこと、日本の姿がほとんど見えない。日本は変化を起こす側ではなく、変化を受けとめる側の役を、従順に受け入れてきた」
ゆえに「世界の新秩序、あるいは無秩序をこれから形作っていく主要プレイヤーはアメリカと中国になるのだろう」と言う筆者は、「欧州連合(EU)の弱体化」を次々と批判し、EUのみならず個別の欧州各国も世界プレイヤーとしては力不足だと書きます。「フランスは決して世界の大国であるフリを止めたりはしないが」サルコジ大統領がぶちあげる壮大な世界戦略に聞く耳をもつ者は減っていると。イギリスの新政権は国内問題にしか関心がない様子だし、ドイツがかつて大国の真似をしようとした時はとんでもない経験に終わったと。
「経済力は大事だが(中略)力を外に向けて発揮して、地政学の地図上を居丈高にのしのし歩き回るのとは、まったく別の話だ」
というわけで、スティーヴンズ氏はドイツについてこう書いています。
そして欧州全体についても、問題は色々あるけれども社会や政治は機能しているし、住民1人あたりの所得は中国の10倍だと。つまり欧州は「小国」として機能し、「小国」なりの影響力を発揮しているのだと。
国内総生産(GDP)が中国に追い抜かれたと言っても国民1人あたりの所得は中国よりも高いし、社会は(世界全体と比べれば比較的)安定し、国民の自由も(比較的)保障されている日本の状況とよく似てますね、確かに・・・。(2に続く)
Sekko · 2011-02-27 08:56:26 UTC+9 · 投稿 #411
私の伝聞によるイメージでは、日本の外資系のトップで評判が悪いのは金融系で、トップはビジネススクール系のグランゼコールという場合です。この場合は、彼らは3年くらいの「腰掛」で日本に来るだけなので、その後は別のところに行ったりして、最終的にフランスに戻ったりするわけです。だから、日本の事情を真剣に理解しようという気もなくて、会社の引っ越しだとか迷惑なことばかりしたり・・・ カルロス・ゴーンのような理系グランゼコール出の方が、成果主義というか実務に優れていると思います。ビジネススクールの予備クラスが理系と同じく2年課程となったのはここ15年ほどのことで、その前の人は受験勉強が理系より厳しくなかった、また、基本的に国立である理系と違って、ビジネススクールはすべて私立ですから、学費もかかり、お坊ちゃん系が多くなり、学校によってレベルの差もばらつきます。 今は学歴のグローバル化が進んで見えにくくなっていますが、やはり難関の学校を出た人たちは既得権を守ることもあって学閥を作りやすいです。 その代わりすごく働くし、体力も精神力もタフです。だから、残業も当たり前で、でもバカンスにだって行きますよ。「労働者」の方は、日本よりもずっと組合の力が強いので、愚痴を言い合うだけでなくもっと強硬に出ますね。解雇させにくい国だし。 世界価値観調査というものによれば、「人生の成功は勤勉よりも運やコネによる」と言う価値観を持つ人が、日本では1995年に20.3%だったのが、2005年に41%になったそうです。 これに対して、アメリカでは22.6%、中国では24.9%、日本より比率の高いのにフランスの43%、ロシアの51.8%、だそうです。(中央公論2月号の時評で読みました)(フランスとロシアの意味はかなり違うと思いますが。) フランスでは、「勤勉が学歴につながり、それがコネにつながる」という可能性が一応残っています。それを塾なしで、すべて無料の国公立校で実現できるのですから、ある意味、機会の均等はあります。医学部もすべて国立ですし。まあ、実際問題として、教育者の子供とかブルジョワ・ホワイトカラーの子供の方が、勤勉につながる環境にありますが・・・ 日本人が政治に関心がない、という感じなのは、日本での「民主主義」の導入のされ方の聖だと思います。もとキリスト教文化由来の「近代民主主義」を普遍理念と掲げつつ実は支配の道具にしていくという欺瞞はどこでも同じですが、その方法にはお国柄が出る気がします。今それについて書いています。現在のアラブ世界の「民主革命」のことも含めて。
迷える大羊 · 2011-02-26 18:29:11 UTC+9 · 投稿 #410
1ではグランゼコール偏重、エリート偏重の弊害面を想像して書き込みましたが、一方で、フランスが国際政治、外交の上で確固たる存在感、影響力を発揮しているのは、このグランゼコールっていうか、「エリート」、っていうか、うーん、なんていったらいいのか、「リーダー」「指導者」候補者の養成を常に怠っていない社会だから、という点も大いに関係あるかも、といった気がします。決して、核保有国だから、ということだけではないでしょうね。 逆に日本が、単純に国力だけみれば、フランスを遥かに凌いでいるにも関わらず、国際政治、外交での影の薄さは、「エリート」不在の社会で、リーダー、指導者タイプの人間が出にくい社会だから、でしょうね。 日本は昔から、経済一流、政治二流、だとマスメディアなどでいわれますが、それは当然で、政治家がさほど尊敬されたり、ステイタスになったりする職業でない上に、一般国民の政治そのものへの関心も低く、国勢政治でも投票率が4割以下なんて数字が珍しくない国ですから、それは当たり前ですね。決して、政治家個人個人の資質の問題、ではないと思います。 エリートっていうと、人を高みから見下す、選民思想、なんてネガティブなイメージを持ちがちですが、一方で、組織、社会にはまとめ役、リーダー、責任者というものは絶対必要 なわけで、それは、それで大変な仕事であるわけで。そういう仕事、立場が尊敬を集めない、関心を持たれない、一目置かれない社会で、優れた政治家なり、リーダーなりが出てこないのは当然かな、と。個人的に、斜に構えて「今の政治がなんたらかんたら」とか、安直な「昔は良かった」とか、言っている人をみると、「じゃあ、どっかの政党員になって選挙に立候補したら?」「それより、ちゃんと選挙行ってる?」っていいたくなります。 ちなみに私の住む自治体の首長は、弱冠34歳です。まだ、顔に少年ぽさが残ってます。素直にその若さで、すごいなぁ、えらいなぁ、って思います。
迷える大羊 · 2011-02-26 17:46:00 UTC+9 · 投稿 #409
これまで、先生にフランスの就転職事情や大学など教育の事情を伺って、フランスって日本など足元に及ばない「学歴社会」だ、ってことと国や社会、企業の将来を担う「エリート・幹部候補生」とその「エリート」に判断とリーダーシップを委ねる非エリートがはっきりと二分化している社会、との印象を強く持ちました。(そういえば、現在の日産CEO、ルノー出身のムッシュ・カルロス・ゴーンも、やっぱり、しっかりグランゼコール出身でした・・・) まあ、日本でも、官庁では「キャリア組」と「ノンキャリア」ってありますし、民間企業でも有名大企業に就職しようと思ったら新卒の入社段階ですと、いわゆる一流大学でない学生は面接にすらたどり着けない(私も新卒時代、これで涙をのみましたっけ)、ってありますけど、一度入社してしまえば、あまり出身学校は、全く無関係とはいわないけれども、ほとんどこだわりを持たれることは少ないし、転職の場合はあくまで職能と実績。 っていうか、そうでないと肝心の仕事が回っていきません。 で、このフランスのあまりの学歴っていうか、グランゼコール偏重って問題が発生することがないのかしら、と思ったら、とあるブログにこんな書き込みがありました。なんでもフランス系の外資系企業に勤務経験がある方らしいのですが・・・。 『ええ。私も以前グランゼコール出身者の下で働いていたことがありましたが、その彼は全く実務に疎い甘ちゃんでしたね。おかげで現場は大混乱。愛想を尽かした正社員の大半が辞めてしまい、ついには派遣社員だらけになってしまいましたが、それでもフランス本国は頑として彼を更迭しようとしませんでしたね。異常な世界だと思いました。』 まあ、匿名で具体的な企業名も記されていない書き込みですので、信憑性は?ですが、個人的には「あり得る話だ」と思いましたね。 あと、これだと、非グランゼコールの一般労働者、サラリーマンがやる気無くしませんか? フランスの労働者のステレオタイプって仕事はあくまで飯のタネ、夏はバカンスをしっかり、がっちりとり、ほとんど趣味なんじゃないの?っていうくらいストライキをよくやる、サービス残業?バカじゃない?といったものですが、これ、国民性とか文化の問題ではないような・・。私だって、働き、能力、実績に関係なく、初めから高給をもらえるポストに就ける人間は決まっているのなら同じように、適当にやるよなぁ、って思いましたし。セーフティネットは充実しているようですが、これで、セーフティネットもなし、なんていったらそれこそ、ストどころか暴動起こしたくなるかも、です。 「あのグランゼの坊ちゃん(お嬢さん)には参っちゃうよなぁ、全然、現場しらねーんだもん」「机の上で数字ばっかぎゃあぎゃあいってないで、たまにはテメェで得意先回りの一つでもやってみろってんだ」なんて、フランスの非エリートのサラリーマン、労働者は今日もビストロで一杯やりながら、愚痴っている、んですかね? もちろん、大半のグランゼコール出身者は厳しい勉学を頑張ってきただけあって、職場でもそれなりに優秀なんだ、とは思いますが・・・。
迷える大羊 · 2011-02-19 00:26:49 UTC+9 · 投稿 #408
懐かしいですね、ノストラダムス。昔、五島勉氏の「大予言」シリーズがたくさん本屋に並んでましたねぇ。しかし、あれの「1999年云々」を真に受けて、人生を悲観したり、カルトに走ったりした人間もいたのだから、罪な話でもあります。別に質問、というわけではなく、単なる独り言ですけど・・・・。
エトワール · 2011-02-15 14:16:53 UTC+9 · 投稿 #407
竹下節子 様 丁寧なお返事をいただき大変感謝しております。 最近のことですが、ノストラダムスの1558年6月27日付アンリ二世あての手紙に次のような記述があることに気づきました。 & auant iceux aduenemens, aucuns oyseaux insolites crieront par l'air. Huy, huy , & seront apres quelque temps esuanouys, これらの出来事に先だって、見かけない鳥たちが空で「ユイ、ユイ」と鳴き、しばらく後に姿を消すでしょう。 この鳥というのは、2003年に運航を停止した超音速旅客機コンコルドのことではないかと思います。 エトワールの第10章72番の解釈は次のとおりです。 ノストラダムスの時代はユリウス暦でしたので、1999年7の月というのは、グレゴリオ暦の2000年7月14日から8月13日までのことだと解釈するのが正しいのではないかと思います。 「アンゴルモアの大王」というのは、フランソワ1世の父でアングレーム伯と呼ばれたシャルル・ドルレアン(Charles d'Orléans Comte d'Angoulême)とよく似た名前のシャルル・ド・ゴール(Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle ste phane ruegg)のことではないかと思います。 2000年7月25日にシャルル・ド・ゴール国際空港を飛び立ったコンコルドAir France Flight 4590が、離陸直後に炎上し、墜落しています。この時の火だるまになって落ちていくコンコルドの映像は、シャルル・ド・ゴールの名前とともに全世界へ広く報道されました。 ド・ゴールの業績を顧みると「マルスの前後に幸せに統治する」というのも、思い当たる感じがします。 ノストラダムスの第10章72番の詩は、あれほど話題になっていたのに21世紀になってから誰も話題にしなくなったことを不思議に思います。 エトワールは、ノストラダムスをあまり高く評価していませんが、ご指摘のとおり世界の終りの言説にトラウマを受けた世代の一人として、第10章72番の詩には、どうしても決着をつけておきたいと常々思っていたしだいです。 1999年7の月、 空から来るだろう、恐怖の大王が、 アンゴルモアの大王を甦らせる、 前後に火星が幸福に統治する。 それでも、この美しい翻訳を目にしなかったら、今頃になって、こうしたことを深く思索することもなかったのではないかと思います。 一つ区切りがつきました。 ありがとうございました。
Sekko · 2011-02-14 07:01:32 UTC+9 · 投稿 #406
ブログのご愛読ありがとうございます。
さて、ご質問の件ですが、訳の可能性としてはいずれもあり得ると思います。ただしそれは解釈の範疇であって、ノストラダムスの意図がどうだったかとか、16世紀のフランス語だからこうだとかいう確実性はないものです。
http://www.geocities.jp/nostradamuszakkicho/sonota/1072.htm にあるような
「千九百九十九年七ヶ月、
天から恐怖の大王が来るだろう。
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく統治するために。」
というのも、妥当なように思えます。
もしも普通のフランス語風に考えるなら、
viendra という動詞だけが時制変化しているので、その後に来る二つの動詞原形は,いずれも、恐怖の大王が主語ということになります。
でも、ノストラダムスの4行詩には動詞が時制変化しないで原形で放り出されていることがよくあったと記憶しているので、「統治する」の主語がマルスという印象は受けます。コンマの使い方からも。
どちらにしても、この詩だけ取り上げても不明なので、大きい文脈を見る必要があるでしょう。そして、この詩の解釈について今の時点でなおこだわっていらっしゃるということ自体がまたどういう流れの中にあるのか、も見逃せないところです。
ノストラダムスと世界の終りの言説にトラウマを受けたという世代がいることは知っていますし、ノストラダムスに何かを言わせたいという人もたくさんいます。
フランス語には美しい詩がたくさんありますから、別のものにぜひ挑戦してください。
エトワール · 2011-02-11 22:37:11 UTC+9 · 投稿 #405
竹下節子 様 大変恐縮ですが、もう一点だけ追加でお教えください。 3行目の冒頭に「Resusciter」という語があり、「甦らせる」と翻訳されていますが、この意味は「人々の心に甦らせる」という意味にもとれるのではないかと思いますが、如何でしょうか。 どうかよろしくお願いいたします。 ブログを拝見しました。クラシック音楽、キリスト教、哲学などについての記事を大変興味深く拝見いたしました。素晴らしいブログだと思います。 by エトワール
エトワール · 2011-02-11 22:18:51 UTC+9 · 投稿 #404
竹下節子 様 日本で紹介されているノストラダムスの諸世紀第10巻72番の最も権威ある翻訳文は竹下様のものだと思っております。 L`an mil neuf cens nonante neuf sept mois, を「1999年7の月」と訳されていますが、これは「1999年と7カ月」という意味なのではないでしょうか。 また、4行目の Avant apres, Mars regner per bon heur. 「前後に火星が幸福に統治する」と訳されていますが、 「火星の前後に幸福が統治する」という意味にも読めるのではないでしょうか。 この場合の主語は、詩の2行目の「恐怖の大王」なのか、3行目の「アンゴルモアの大王」なのか、それとも、そのいずれでもないのか不明なのではないかと思いますが、如何でしょうか。 フランス後の古文の翻訳で、大変難しく、図書館などで調べても容易に分かりません。いろいろな方が、いろいろな訳を公表されていますが、正しい意味を追求しようという感じで取り組まれている方は少ないように思います。 私自身は、特に予言には興味はないのですが、以前、フランス(ニース)在住のギタリスト伊藤亜子さんとお話ししたときにノストラダムスの話題がでて、少しだけ関心持っているものです。 たまたま、こちらのサイトを拝見しまして、うかがってみよう思ったしだいです。 どうかよろしくお願いいたします。 by エトワール
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