sekko · 2017-07-26 17:53:18 UTC+9 · 投稿 #953
動画、すぐに見ました。赤井くん、優勝したなんてよかったですね。
相撲はパリで観たことがあります。勝ち抜き戦で、若貴が優勝決定戦をしてました。小錦もいた頃です。ライブというのは迫力があるなあと思いました。テレビ観戦はそれぞれの力士にまつわる「ストーリー」の中で、コンテキストに沿って観るからおもしろくなるけれど、ライブで観ると「空気の共有」が一番のキイだなあと思いました。子供の時は、「朝潮太郎物語」みたいなマンガを読んで奄美大島とかが(今検索したら徳之島出身とありましたが)すごく身近に思えました。マガジンの創刊号の写真がネットに出ていましたが、少年サンデーやマガジンも創刊号から読んでたのでなつかしいでした。その前の少年月刊雑誌も毎号貸本屋から借りて読んでました。
でもお相撲さんの昼寝シーンなんて今回の動画ではじめて見ました。
今のお相撲さんがSNSでいろいろ発信しているのも知りました。
猫がおしりを向けて乗ってくるのは信頼の証拠というコメントに安心しました。
犬猫動画というのは私はついアディクションになって、フクシマの犬猫救助の動画にいきついてまる一日見てしまったり、お気に入りの犬猫動画をブックマークして繰り返し見たりということもありましたが、アディクションがひどくなったので、すべて消去しました。多分深みにはまると思うのでタバコとビデオゲームには絶対に手を出しません。それでも深夜過ぎまでペンシルパズルから離れられなくて床について目を閉じても盤面がちらつくということもありました。
まあ、猫についてはronrontherapie ってあるくらいですから、「癒される」「健康にいい」とか言いながらブログやビデオやうちの猫をかまうのを続けていますが…。
(しかし、こうして見るとお相撲さんたちってのも癒されますねー。)
sekko · 2017-07-26 17:27:36 UTC+9 · 投稿 #952
全然重たい「爺」じゃないですよ。
私が脳内おともだちと思ったのは、ブログを拝見して、小寄道さまの考えることと口に出すことと書くこととがそれぞれ軽々と連携している感じがしたからです。もう一方の「爺」さまのブログなどは事情がおありなのでしょうがとてもガードやハードルが高くておそれをなして近づけませんが、小寄道さんって、書いていらっしゃることと似ている方だろうなあ、と思ったので。
前のブログを400ページの本にしてみた、とかいうのも、私もしそうだなあと思ったり。
せっかくの「幻想」を砕いて申し訳ありません。でも「スピヌー教」からは離反しないでくださいね。スピヌーのためなら母性愛でもなんでも動員します。
発想がエロおやじというより、猫に対しては当然エロという感覚は1ミリもないので、逆に、若い女性に猫好きと同じ反応をする「エロおやじ」も、実はエロでなく、かわいくて触りたいだけの場合もあるんじゃないかなあ、と思ったんです。
私も赤ちゃん、子供、若い女性などに猫と同じように触りたいと思う時があります。自分が女性だから、よその子を抱き上げても若い女性をじっくり眺めても怪しまれないのは特権です。それは今まで私が書いてきた「聖女たち」への視線も同じで、しつこく付きまとってもいかがわしいとみられないのは便利です。
日本では、若い頃は似たような人たちにばかり囲まれていましたが、フランスに来てから、日本ではまったく付き合うことがなかっただろうようなさまざまな日本人と、日本人だというだけで付き合い、いろいろな友達もいます。同世代なのに、子供時代の風景が全く違うこともありますが、気が合うかどうかはまったく別問題です。
ネットで日本人のさまざまなブログなどを読むようになってからは、また異文化に驚いています。主婦ブログとか子育てブログとかの中のメンタリティに衝撃をうけたり。その中で猫マニアのブログは安心して鼻の下を長くして読めるんですよ。
小寄道さんの最大の幸運は奥さまじゃないかと勝手に想像します。
ひょっとしてしっかり「世話」していただいているのでは?
「世話する」ことと愛情がセットになっている人は男性にもいますよ。「母性愛遺伝子」というのは男も女も関係なくある人にはある、というのが私が気づいたことなのです。
もちろん、「遺伝子」がなくても「獲得形質としての母性愛」を養う人もいますけれど。
おしゃべりは気晴らしになるので気軽にどうぞ。
小寄道 · 2017-07-26 12:50:16 UTC+9 · 投稿 #951
まず、エリザベート バダンテールについてどんな人なのか、ネット上で安易に尋ねたことをお詫びします。
そのことに答えるためにわざわざリンクを貼って下さりました。(PSの記事も追加してくださいました、ね)
お手数をおかけして、貴重なお時間を使わせて申し訳ないと思います。
恥ずかしながら、ブログの「母性愛の神話と母性遺伝子」は、以前にさらっと読んでいました。
正直いって、バタンテールの「母性愛神話とその遺伝子」なるものに、読みながら認知不協和的なる心情が発動していまして、きちっと読んでいなかった。記憶していませんでした、すみません。
つまり、「母性愛を「本能」とするのが、父権社会のイデオロギーであり、近代が作り出した幻想」という見方に、私はにわかに首肯できかねるのです。
父権社会なるものの実体は確かにあった。しかし、それは女性の暗黙の同意や積極的な協力がない限り成立しないものだった、と思っております。男は女を、女を男を必要としている。それを前提にして、父権社会は成立した。(共犯関係とは決してよびたくない)
マザーテレサが提唱した家族愛も、彼女が生れた育った時代の、父権社会のイメージを重ねての発言だったという気がします。
もちろん現在は「父権社会」は後退していますし、それを肥大・幻想化してすがりつく男どもがいます。権力中枢の周辺にいる輩どもですが、彼らはいまだに「罵詈雑言」まがいの恫喝などの話法を使っています。あの女性議員も、それを見知っていたはずです。
さて、竹下さんが、私を「脳内おともだちに認定」してくれた意味が掴みかねたのですが、ようやく得心いたしました。
竹下さんの「発想は脳内オッサン」ということでしたか。となると、私は幻想を抱いていたことになる。
思い込みが強いたちなので、「女性と猫」との睦みあいも文字通りの「猫可愛がり」を美化していたのかもしれません。
いま「ゲイのカップルについて解けた謎」を読んだ後では、猫マニアって大の男や女性たちも、涎をたらすエロなオッサンにみえてきました(笑)まあ私は、美しい幻想をいだきながら「女と猫」を眺めています。
実はわたしは7歳の頃に両親が離婚し、母の兄の家族のもとで育てられました。だから母性愛の実感が少なく、少々ひねくれているところがあります。(「世話をする」ことから放棄された男です、わたくしは)
当時の東京の下町というところは職人が多く、みなさん裕福ではなく狭いところに親の兄弟などが一緒に住む大家族でした。
日常的に男たちの罵詈雑言が飛び交うゲスな社会でしたが、女性たちは動じることなく、女ならではの「罵詈雑言」だってありました。
私の叔父は、上級ではないのですが霞が関に勤めていまして、気に喰わないことがあると、家中の窓という窓を開けて、「よそ様にもきいていただくのだ!」といって、あらん限りの罵詈雑言をまき散らしたものです。
竹下さんは、そんなの信じられないとお思いでしょうが、かつての東京の下町なんてそんなもんです。
「三丁目の夕日」という映画がありましたが、状況設定は同じでも、実際の話している言葉づかいは汚い。雑言に関しては、人情味ありましたけどね。
たぶん竹下さんは山の手の生れだとおもいますが、下町はごりごりの父権社会がまかり通っていたのです。バブルはじけた頃には、自然消滅しましたが・・。
すみません長くなってしまいました。このことのレスポンスは結構ですから、貴重な時間がもったいない。
バダンテールの旦那についてのブログはまだ読んでいません。このForumにもそれぞれのセクションに沢山の方の意見が蓄積されていました。
Forum1には10年前からのアーカイブを発見。最初の方では星の王子についての様々な言及がありました。
今後はいちおう目を通して、竹下様に質問することあったら、ここに書き込みいたします。
最後に、女性の愛情の本質というか、キー概念は「世話をする」ことですね。これは私も自分の体験を踏まえて考えてみたいテーマです。
ほんとに重たい爺で・・。では、アビアントー。
瑠璃緒 · 2017-07-26 11:07:35 UTC+9 · 投稿 #950
竹下さん、
お仕事お疲れさまでした。そして、お忙しい中返信ありがとうございました。
自由な題材で、自由に書かれているので読み応えがあります。
予想が付かないテーマ選びもサプライズ効果があって楽しいです。
ところで、お相撲に関心はありますか? URLは荒汐部屋に住んでいるねこ君達の動画です。
少し前に知り、以来ムギ君ファンです。
嬉しいことにムギ君のソールメイトというべき力士の福轟力が先日終わった名古屋場所の三段目で優勝しました。
怪我をされて不調だったそうなので、本当にうれしいです。
お留守番のムギ君が切ないのですが、荒汐部屋だと仕方ないのでしょう。
ムギ君、辛い経験をしたのかなというくらい物静かなねこで、
場所毎、福轟力滞在先近くのホテルに泊まりながらムギ君を彼のもとに毎日連れて行ってあげたいくらいです。
ねこは家につくといわれますが、彼の場合はどちらが幸せを感じるのかと疑問が沸きました。
sekko · 2017-07-26 01:30:22 UTC+9 · 投稿 #949
うーん、女性が猫と睦み合う姿が美しいとか…私に関していう限り、それは幻想ですよ。
小寄道さんの奥さまって介護の仕事をなさるくらいだからすごくお優しそうですけれど、私は実は、発想は脳内オッサンなのです。兄とばかり遊んでその後も男子の多い公立校ばかりだったし。
それに、猫マニアの世界では、「大の男」でもメロメロのヘロヘロで「何とかでしゅねー」みたいな人は珍しくないんですよ。
(それに、瑠璃緒さんも書いていらっしゃいますが、女性だから簡単に話し方を変換できることはないと思います。育った環境の中で「言ったことがある、聞いたことがある」言葉だから変換できるけれど、猫にひっかかれても、叫ぶことはあっても罵詈雑言は無理です。そこのところはオッサンではないというか、リアルに近くにいる男がそういうことを言うのを聞いたことがありません。)
で、私に関して言うと、私が猫をかまうのって、やっぱりオッサン風なんです。
http://spinou.exblog.jp/20822326/ をごらんください。(スピヌーも登場します)
もちろん猫をほんとに母親風に愛する人もいます。
赤ちゃんを慈しむ女性(男性も)もいます。
でも、それが「美しい」のには一つ条件があるのです。
可愛いだけでなく、「お世話したい」と思うこと。
私はただ可愛いだけです。赤ちゃんも、責任がない限り「わーい、かわいい」と猫かわいがりしますが、よそさまの赤ちゃんを預かるとかなら、心配が先に立って慈しみどころではありません。
これについてはそれこそ、前にエリザベト・バダンテールに触れた記事
母性愛の神話
http://spinou.exblog.jp/25875276/ で分析して分かりました。
ブログ内検索に「バダンテール」を入れると、夫であるロベール・バダンテールも出てきます。死刑廃止の演説がかっこよかった人です。
http://spinou.exblog.jp/10310119/ でも、もしお読みになれば分かると思いますが、バダンテール夫妻という超エリートに対していつも多少違和感があるのです。そのことが今回のブログに続きます。
今、10月に出る新書の校正を済ませたばかりです。
その後の単行本も10月半ばまでに脱稿したいので引きこもりの日が続きます(これからの楽しみは来週のウィーン旅行と8月半ばにNYからパリに来るクラヴサン奏者とお会いすることくらい)。
それなのに、イズーくんとしっぽりと抱き合って時間を無駄にしています。
これはもうオッサンも猫かわいがりもなく、残されたものが「同志」の連帯感を確認しているような…。
では、そろそろブログの続きを書きますね。
sekko · 2017-07-26 00:33:54 UTC+9 · 投稿 #948
>>>とある事情で長い本が読めなくて、エッセイ集すら手が出せません。
なので、旬の話題も盛りだくさんの上質なエッセイを毎日日替わりで1つづつ読めるのはとても楽しいです。
こう言っていただくと、ちょっとプレッシャーです。ほんとに基本は覚書なのです。昔は気になる記事とかあると、切り抜いてスクラップしていたりしましたがたまりにたまったまま何がどこにあるか分からないままになったり、書く本の資料ですら、校了してから、使っていないのが後から後から出てきたり…。
今はブログに書いているので少しは後から使えますが、それでも、書いてしまうと忘れ去ることも多く、あることやある人について日本語で検索してみたら出てくるのは自分の記事ばかりだった、ということもあります。それを読んで「ああ、参考になるなあー」と思ったり…。
アジア人は「見た目が若い」って、確かですが、私はその上おとなしそうに見えるらしく、フランス語も分からないだろうと思われることもあります。
まあ、フランスでは「見た目を気にしない」というのはあります。
日本に行くと、やはりお会いする人に失礼なのでちゃんと身だしなみを整えます。
20年くらい前に朝日カルチャーセンターで何度か講座を持った時、来ている方がやはりリタイアされている年輩の方が多かったので、若く見られるのはハンディだなあと思って気を使った記憶があります。
私の同年配の友人でパリに住む女性はひったくりにあい、追いかけて行って腕をつかみ取り返して叱責したと言ってました。かっこいい人です。でも相手がナイフとか持ってないとも限らないから危ないですよね。
瑠璃緒さまはラッキーでしたね。
これからの季節、アジア人観光客狙いの掏りとか多そうですからお互い気をつけましょう。
小寄道 · 2017-07-25 08:55:11 UTC+9 · 投稿 #947
「深夜の猫なで声」を拝読して、分かったことがあります。
女性が猫と睦みあう姿を、なぜ私が美しいと思うのか。
赤ちゃんと接する時とほぼ同じなんですね。
「でちゅー」という赤ちゃん言葉を駆使するのは女性しかできません。(今どきの男性はやりますが、母親のようには絶対無理)
これはあなたと私は「同格なのよ、対等なのよ」という同調メッセージであり、
赤ちゃん言葉モードに切り替えることで、お母さんのふるまいが切り替わる。、
もしかしたら体温とか匂いまでも赤ちゃんに受け入れられようにチューニング・変化するのでは!
まあ、自分流のトンデモ説ですが、そう思いませんか、竹下さん?
だから、猫に対するsekkoさんの猫なで声も、「あなたと同格なのよ」の発信モードなのです。
「赤ちゃんが一応よろこんでくれるのに対して猫はかまわれるのを嫌がる」と、竹下さんはおっしゃいますが、
猫はいつも構われることを嫌がっている、とは思いませんが、少なくとも私は。
愛撫してほしいときだって、猫にもあるでしょ。
ともあれ、女性が赤ちゃんに対しての「対等モード」にすぐに変換できるのを、もの凄い能力だと私は評価しているのです。
古今東西、その能力に注目し、科学的に分析したひとはいませんかね。
話はかわりますが、ブログ「罵詈雑言」における女性議員のこと。私も竹下さんと同じくネットで確認していました。
あの程度の罵詈雑言は、私の若いころは偉そうにしている品のないおじさんは、日常茶飯事につかっていました。
居酒屋でも、電車内でも、あるいは会社内でも、つまり大ぴらに使われていた。
そうした慣習がいまだに残っていて、やはり政治という閉鎖的で文化的に遅れている世界で生き残っていたんですね。
あの女性議員は、その慣習を間違って踏襲したんです。簡単に話し方を変換できるという女性ならではの能力が裏目に出たんではないか。
それと、秘書に録音されていたということは、彼女自身に「徳」がなかった。日頃から信頼関係をつくることに疎かであった。
話法を変換すれば、人は簡単に動く。そんな政治的な、安易な世界にはまって、自分を客観視できなかったでしょうね。
竹下さんは、良心の呵責についてふれていますが、人間は良いことも悪いこともしてしまいます。
10年先、100年先のことを考えての言動はなかなかできません。これについては別の機会に・・。
最後にエリザベト・バダンテールという人ってどんな人ですか。
「地球のために何ができる? 」はどんな展開をみせるか楽しみです。
瑠璃緒 · 2017-07-25 07:51:14 UTC+9 · 投稿 #946
返信ありがとうございました。
おしゃべりルーム、定期的に更新されているわけではないと思っていましたが、日付が空いていたので投稿全てをUPされるわけではないのかなと思ってしまいました。
日本のお医者様への感謝から開設されたと知り、知識が豊富な竹下さんならではのお返しだと思いました。
ブログでは簡単に知り得ない情報を掘り下げて紹介していて、その上、忌憚ないご意見も読めるので、いつもあっという間に読み終わってます。
とある事情で長い本が読めなくて、エッセイ集すら手が出せません。
なので、旬の話題も盛りだくさんの上質なエッセイを毎日日替わりで1つづつ読めるのはとても楽しいです。
前回は色々一気に書いてしまい、返信をいただいてから、子寄道さんに失礼なことを書いてしまったのではを気付きました、申し訳ありませんでした。
スピヌ君の写真を使われたいという内容でしたので、ご本人はお若い方で、お知り合いの方のブログについてのコメントだと思っていました。
常々思っていますが、アジア人は欧米人に比べてどの年齢層も10歳若く見えますし、実際、行動力もあり元気だと思います。なので、自分で枠にはめるのはもったいないと感じてます。
ただ、自分が望む年の重ね方ができるのが一番居心地良く生きられるので、指針があるは心にゆとりもでき、すてきですね。
暴言も暴力も普段から使っていないと出てこないものだと思います。
パリ市内で引ったくりに遭った時、声すら出ませんでした。
後から友達に手を叩くなりすればよかったのにと言われましが、
人に手をあげたことがないと、そんなことすら思いつきませんでした。
その場での対処はできませんでしたが、今後の対策を立てれるので何事も経験だと思ってます。
引ったくり事件は通りがかった警官が捕まえてくれ、事なきを得ましたので安心ください。
明日のブログ更新、楽しみにしています。ありがとうございました。
小寄道 · 2017-07-24 20:55:36 UTC+9 · 投稿 #945
さすがの洞察力です! 妻はデザイナーでした。その後、介護福祉士やらケアマネの資格をとりましたが、今は介護の仕事はすこし。私とおなじ、長閑な日々を過ごしております。
さて、スピノザについてブログを書きました。忌憚のないご意見、容赦のない間違いの指摘をお待ちしております。お陰さまでスピヌーの写真を使わせていただき、拙いブログが見栄えの良いものになりました。感謝です。
有難うございました。
sekko · 2017-07-24 07:10:06 UTC+9 · 投稿 #944
なるほど、男性は、老境を成熟の域と見る自己プロデュースが可能なんですね。男性として、人間としてレベルアップするみたいな。
でも女性は、老境を認めることは、女でなくなるとか女を捨てるとか見られがちでネガティヴ感があるのは、女性という性がは若さ、特に外面の若さと結びついて定義される通念があるんですね、きっと。
でも近頃は男でも「若い」ままでいることが強迫観念になっている人も多いと思っていたので、還暦過ぎた程度で侘び寂びって境地が視野に入っている方が意外でした。
まあ若い時に性能のよかった人と、若い時も別段元気いっぱいではなかった人(自分のことです)では老いの見通しも変わって来るのかもしれません。小寄道様の目指している路線はかっこいいですね。私の周りの同世代の男性には子供への相続税を減らす対策とかが一番の関心事みたいな人もいるので、そういうのを見ると愕然とするのですが…
ブログを拝見して、小寄道様の奥様も素敵な方だなあと思いました。デザイナーでいらしたのかしら。
奥様にもよろしく!
小寄道 · 2017-07-23 09:25:51 UTC+9 · 投稿 #943
スピヌーの写真を使用させてほしいという書き込みで、竹下様から早速の返信をいただき恐縮しております。拙いブログも読んでいただいたようで、望外の歓びでありそしてまた、自称「老人」へのご丁寧なる言及、その感激はひとしおと言えます。誠にありがとうございました。
私とて、心は青年であり感性もまだ若々しいと自認したいところ。ですが、男は還暦過ぎたら酸いも甘いも噛み分けた「老境」に達すべきものと思っております。理想は、内面も外面も枯れて、成熟さが渋みに、わび・さびの境地に達したいと考えております。少なくとも私はそうです。一見しょぼくれて見えようが、悪や不正には黙っておれない。よれよれでも刃向っていく心、胆力をもっていたい、そう願うわけであります。
長文になり、失礼しました。
では、聖スピヌーの写真を堂々と使わせていただきます。近日にアップしますが2,3日後になるでしょうか。
ドンボスコ社からのシリーズ(?)の著作は面白そうですね。
いま「無神論」を読んでいますが、「聖者の宇宙」および新書のほとんどは拝読いたしました。徐々に単行本に移行するつもりです。(講談社の「キリスト教」は読了)
「たかが、かた」の存在もしりました。楽しみが増えたし、sekkoさまにまた少し近づけた感じです。
日曜日の朝。素晴らしい一日が始まりました。ありがとうございました。
sekko · 2017-07-23 07:35:06 UTC+9 · 投稿 #942
ありがとうございます。
このForumは、投稿があった時にだけ私のメールに連絡が来るので、その時に開いてお返事するシステムなので、私から突然書くことはまずありません。
もともと、サイトと掲示板を開設したのは、2005年に母が病気になった時に相談したくてある医師のサイトに相談したら、現役で忙しいにもかかわらずすごく迅速かつ丁寧に応えていただいたことに感激したからです。その感謝の念を何か自分も自分のできることで誰かの役に立とうと思い、私が他の人よりも良く知っていることはとりあえずフランス語とフランス文化かなあ、と思って当時の「管理人さん」にお願いして質問箱付きのサイトを作ってもらいました。
でも、その後、ネット世界ではいろいろな便利な「質問箱」が普及してどんな人がどんな質問をしてもいろいろな人が答えてくれるような世の中になったので、もう私は必要ないなあと思いました。逆に、どこにでも質問できるような「便利箱」みたいな質問も私のところにまで来るようになったので、それはいちいち答える必要がないなあとも思って制限していました。
ブログは最初からコメントを受けつけていないので、このおしゃべり掲示板は残してあります。
幸い好意的な方からだけ声をかけていただいているのでほっとしています。
建設的でない意見や勘違いに対応することで消耗したくないので。
私のブログを楽しみにしてくださるとおっしゃる方から続けて投稿していただいて嬉しいです。
いろいろな人から、「長すぎる」「難し過ぎる」「読んでほしければ2000字以内でないと」などと言われていたのですが、雑誌や書き下ろしでは当然想定読者を気にしますが、ブログは好きなことを好きなように書くためにやっているので。
気をつけていることは、個人攻撃や批判をできるだけしないこと、自分のスタンスに誠実であること、その二つを守る限りにおいて正直であること、くらいです。
このように感想をいただくと参考になりますし、お役に立ててうれしいです。
時々、猫の写真も続毛て入れるようにしますね。
死はいつも生き方を教えてくれる、とつくづく思います。
瑠璃緒 · 2017-07-23 03:18:11 UTC+9 · 投稿 #941
スピヌ君の写真、癒されるので掲載ください。
瑠璃緒 · 2017-07-23 03:16:01 UTC+9 · 投稿 #940
竹下さん、はじめまして。
メッセージを投稿したいと思いながら6月1日から更新がないので、ほぼ閉鎖されてるのかと思っていました。
大統領選前の3月、隠し財産について嘘をつき続けて没落した議員さんの顛末を知りたくて検索したら、竹下さんのブログがヒットしました。
まぁまぁの在仏歴なのに竹下さんのこともこちらの素晴らしいブログも知らず、その時はとても損をした気分でした。以来、毎日拝読しています。
政治、ねこ、歴史、芸術。どれも興味があるのになかなか知識が得られずもどかしい思いをしてました。それを存分に満たしてくれるL'arc de croire、読後感の爽快さは病みつきです。
ねこは友達の家の茶毛の縞ねこがお気に入りなので、そういう意味でもスピヌ君かわいいなぁと拝見してました。わたしの両親は健在ですが、もしも亡くなったら・・・と心配していた時期がありました。でも、自分のために誰かを無理矢理生かすというのはおかしいと思うと同時に、姿がない分いつも側にいると思うと、大事な人の死を受け入れる心が整ったような気がします。
短かくてもその人が授かった人生だから、その人が人生を全うしたなら可哀想だと思ってはいけない、という内容の文をどこかで読んだことがあります。長生きしてもらうのが一番ですけど、短かったからといってその人が不幸だと思ってはいけないんだなと気付かされました。それは残された人への癒しの考えでもあると思います。
ヨハネパウロII世のsanto subito、ヴェイユ女史のご夫婦共にパンテオンに眠れるという決断の速さも、亡くなったことへの悲しみを功績が満場一致で讃えられたという嬉しさに変換されるという体験を、彼等を慕う人々がしたのではないかと感じました。お葬式とは悲しみを具現化することで残された者に癒しを与える役目も担うのかなと思ったりもします。
是枝監督の「歩いても、歩いても」という映画がとても好きです。事故死した長男への母親の深い思いと彼女の発する言葉の辛辣さがリアルでした。蝶が亡くなった息子さんだというシーンがあり、そうかもしれないなと思いました。誰かの死から何か別のものを愛でる心が育まれると心は修復され、満たされる気がします。お風呂でも旅先でもスピヌ君を身近に感じられる幸福な時期到来ですね。
ド・ヴィリエ将軍の辞職。何かにつけて迅速で時代に合った対応をするマクロン政権が好きになっていたのでちょっとがっかりさせられました。軍事については色々いわれがちな予算ですが、予算削減を受け入れなかったド・ヴィリエ将軍の言葉から、国や国民はもとより、彼らのために前線にいる軍人の命も守もらねばならないという大切なことに思いが至っていなかったことに気が付かされました。戦争は反対です。でも世界中が臨界体勢下の今、理想論だけを掲げてられない事実があると思いました。軍人や彼らの家族は悔しい思いをしたのではないかと思います。
予算削減が全ての突破口のような考えは経済においても先行します。でも、チャーチスト運動のスティーブンスの言葉のように最低限の保障がなければ、人はいつか疲弊すると思います。それはロボットだってメンテナンスが必要なのと同じだと思います。軍を配する国や国民は軍人の命が予算に関わることを忘れないでほしいです。彼等のお陰で平和に暮らせる国民がちょっと我慢して、その分軍人に心と装備のゆとりを持たせて欲しいと思いました。彼の辞職はそういう意味で大きな影響を与えたと思います。
マクロン大統領がカリスマ的な印象を与えてるのかもしれませんけれど、マクロン陣営には勢いを感じても、彼自身はだんだん影が薄くなってきているような気がしています。どうしても大統領に求める「安定した強さ」が欠けているような気がしてなりません。ブリジット夫人がいて安心するくらいです。テレビのニュースくらいしか見ていないので実際は全然違うのかもしれません。そういう意味でも竹下さんのブログはとても興味深いです。
日本の自虐的呼称、聞いていて耳障りだと常々思っていました。日本は年齢と共に役割が変わることに重きがあるような社会なので年齢の重みや役割を感じ続けているのかもしれませんね。年寄は幕府の重鎮=賢者という意味で、自分を「年寄」と相手に認識してもらうのは不老不死時代に自慢として使う方が正しいのではないかと思います。
マクロン政権樹立の頃から投稿したいと思ってました。気に入ったハンドルネームも最近思いついたので、これからも質問など書かせてください。よろしくお願いします。
sekko · 2017-07-23 00:19:13 UTC+9 · 投稿 #939
ご愛読ありがとうございます。
ブログは手軽にいろいろコメントされると心を乱されるので自分の覚書というスタイルに徹してコメントを閉鎖しています。エゴサーチとかもしませんし、できるだけ目立たないようにひっそり生きるのが平和の秘訣?という方針なのですみません。
でもだから逆にここでわざわざ声をかけてくださる方があると感激です。
小寄道さまのブログも拝見しました。(かってに脳内おともだち認定させていただきました。)
しかも、ついつい思い入れを吐露してしまったスピヌーに捧げた記事に反応してくださって二重の感激です。これも聖スピヌーのご利益?です。写真の転載でも記事のリンクでもなんでもどうぞ。列福調査の申請署名を集めたいくらいです。(というのはいくらなんでも冗談ですが)
でも、一般に、じぶんちの猫を賛美しても、関心を持たれないことはあっても、批判はされないので助かります。これが自分の親とか友人とか子供とか国とか共同体の賛美なら、揶揄されたり嫉妬されたり反感を持たれたりしがちですが、猫だとその関係性に「下心」の想像の余地がないからなんでしょうね、きっと。
小寄道さまのブログからF爺様のブログにもおじゃましました。
不思議だなあと思ったのは、お二人とも大体私と同世代の方だと思いますが、「老人」とか「爺」とかの形容を使っていらっしゃることです。他にも同世代か少し若い男性の知り合いで自分のことを「年寄り」と自称して書いていらっしゃることがあります。
女性は「老人」とか「婆」とか自分で言っているのはあまり聞いたことがなく、自虐でもひたすら「オバサン」とか「おばちゃん」とかです。
私はオバサン論で、「日本語のオバサンという言葉は、オバアサンにならないための最後の牙城なのか」と書いたことがありますが、やはりそのせいなのかしら。
そして、女性がめでたく90歳になったらなったで「なにがめでたい!」と叱られそうで…。
男性なら100歳を超えても新老人運動しようよ、生き方上手になろうよ、とか「老人」にわりとポジティヴなのかなあ、と思います。
昔、水上勉さんの60歳の誕生日にパリでお会いしたことがあります。
まだ女子学生だった私に「老賢人」風の自己演出(今にして思うと)をしていらっしゃったような…。
今は、同世代も含めて後期高齢者の友人もたくさんいまして、誰もほんとはレトリック以外の部分では自分を老人だとか思っていないと実感します。
だから今思うと、若い時に知り合う機会のあった年長者ともちゃんとお友達になればよかったなあ、惜しいことをしたなあ、と少し残念です。
(とはいえ、年齢のせいで体の機能に不都合や不具合が起きてくることはスピヌーも含めて避けられないわけで、そういうことは一応「たかが、肩」の健康ブログに書いていますし、コメント欄もありますから気軽にどうぞ。私のサイトからはそのブログに行けますが、そのブログからはサイトにつなげていないので、「健康談義」のみの知り合いもそこでできました。亡くなった方もいますが…)
では、小寄道さんに毎日読んでいただいていることも励みにして、ブログも続けますね。
ありがとうございました。
小寄道 · 2017-07-22 20:54:08 UTC+9 · 投稿 #938
竹下さんのブログ、「スピノザ頌」を読んでいて「いつも守ってあげるからね」という言葉に感動しました。
猫も人格のようなものがあるのですね。私は猫と共に暮らしたことはないのですが、あることで猫の存在を考えるようになりました。
スピヌーに聖なるものを得た経験を書かれていて、その筆致が素晴らしいです。
ここに書くのはどうかと思いますが、スピヌーの写真をダウンロードしてもよろしいですか? そして、自身のブログにも「スピヌー」の写真を使わせていただきたいのですが。誠に勝手なお願いで申し訳ありません。
竹下さんのブログについては何度か書かせていただいております。(投稿者名がブログ)
メールにてお問い合わせしたかったのですが、偶然このフォーラムに辿り着き、ここに拙文を認めました。乱筆失礼
sekko · 2017-06-01 02:55:59 UTC+9 · 投稿 #936
分かりました。
でも、古川さん、あの「マクロンとフランス語」の記事は、別に私がチェックしたわけではなく、フランスのメディアはずっと遡っていちいち語彙を検証しているんですよ。aimeについてもそうで、何も私が気がついたというのではなく、だれでも言っています。
私の知らない語彙だって分野が違えばいくらでもあるわけで、別に「マクロンはすごい」と感心したわけではありません。ただすべては文脈であり、ああいうタイプの若い「政治」的野心を持っている人としては教養は確かだと言っているわけで、彼が二度も一次試験で落ちたENSに一度で入った哲学教師やラテン語教師の友人もいますが、もちろん(多分)マクロンより文学や哲学の教養があると思います。
でも、日本では古川さんのようなフランス語に親しい方には興味深い話題だと思って紹介しました。日本のジャーナリストなどはそういう情報を流さないようですから。別に私が彼を個人的に「持ち上げた」わけではありません。(持ち上げるという感覚が古川さんと違うのでしょうが)こぼれ話をあれこれ拾って紹介すること自体は好きです。
専門分野で言えば、メランションが一番キリスト教の教養があります。でも別に好きではないです。
昨日のフィリップ首相のインタビューを見て、彼はなかなかの力量だと思いました。フィリップの内政とマクロンの外交で「新しいフランス」を切り開くという「イメージ作り」は今のところ成功していると思います。でも、ブログにも書きましたが、フィリップはアレヴァにいたのだし、私のリトマス試験紙からいうと、バツですが。
でも、ある意味もう最悪の状況なので、このコンビに総選挙で過半数をとらせて、どういうふうに変革するのは見てみたいとは多くの人が思っているようです。そうしないとまた無駄な5年が過ぎます。アメリカ風にしたかったのか、前の7年任期から5年になってから、ろくな流れになっていません。
ここ数日来、「マクロン大好き」のベテラン政治家の筆頭の一人リシャール・フェランの金銭スキャンダルで大変なことになっています。「違法ではない」、フィヨンのような公金ではなく私的な蓄財だから問題ない、ということでマクロンもフィリップも罷免する意思はないようですが、選挙前だから、フレッシュなイメージを壊すメンバーはいくら大物でも恩人でも外すべきだという意見も内部では出ています。
私は個人的には、モラルはどうあれタレランのような男に結果的に危機を救われたフランスのような国が、アメリカ風ピューリタニズムに淫するのはまずいんじゃないかとも思い始めています。
それよりもほんとうは今の日本の方が気になります。
フランスは緊急事態態勢とかいっても結局デモを禁止したりはできない国ですからね。
(今ラマダンに入っているのがちょっと怖いですが…。)
古川利明 · 2017-06-01 01:34:31 UTC+9 · 投稿 #935
ご無沙汰してます。それで、マクロンの件で、レスを拝読させていただきましたが、でも、竹下さん、当選後の「5・12」にブログでupした「マクロンとフランス語」の記事は、もう、強烈でしたよ。そのマリーヌとのTV討論で、マクロンが使い倒した語彙が凄かったってことで、「私が使ったことのない言葉ばかりだ」としたうえで、その「Broutard」については、「初めて聞いた」とまで記していますよね。竹下さん、渡仏して、相当の年月が経ちますが、その竹下さんが初耳のフランス語って、すごいですよね。それで、「文学や哲学の教養は確かだ」と褒め上げたうえで、自らが立ち上げた政治団体の略称の「EM」が、マクロンのイニシャルであると同時に「aime(r)」の韻も踏んでいるってことで、私は全然、気づきませんでした。もし、私が自分のブログでマクロンについて言及するにしても、はっきり言って、ここまで持ち上げませんからね。この記事を読んで、「竹下さん、マクロンに相当、入れ込んでるなあ」と思いました。もし、私が投票権があったら、1回目はメランションだったと思いますが、2回目はマクロンに入れてたと思います。若いし、マリーヌやフィヨンに比べたら、全然、マシだと思いますからね。でも、竹下さんに比べたら、まだ斜から見てると思います。もっとも、私の仕事柄、それは、しょうがないところはありますが……。
ヴェルデF · 2017-05-26 03:18:30 UTC+9 · 投稿 #934
藤永茂さまの、ブログで、ハイチのこと、クリントン夫妻とハンチの関係のこと、をよみました。 まあ、36年ほど昔、ハイチの取引先の当時50絡みのフランス人xアラブ人混血のような友人が「ハイチなど、米国からみたら屁のようなものだ」と自嘲気味に言っていたことを思い出します。
叉、ハイチ人は95%以上が黒人で、その肌の黒は、茶色っぽい、ココアの粉をふったような感じで、背の低い人が多かった。 ジャメイカの背の高い、肌は緑色で光る黒の黒人とは大違い。米国に移民したハイチ人は、このような風貌で、言葉もフランス・クレオール語訛りの英語なので、本当に、米国では、最下層で、さぞ、劣等感の塊なのではないかと思っていました(今も?)。しかし、・・、映画ロッキーのロシア人との試合シーンで、会場の観客には、何かハイチ人がたくさん居たような気がしてなりませんでした。あの、劣等感の塊のようにしか思えないハイチ人が、差別や虐げに負けず、叫び、ロッキーを応援しているーー誠に感動的で、今も忘れられない光景でした。
そうです、息子の方のデュバリエです。
sekko · 2017-05-25 02:49:00 UTC+9 · 投稿 #933
この欄の三つ前にもお返事したのですが、ほんとうに違うんです。アモン派だったのですから。
それこそ、あまり下品に書くのは嫌なので書きませんでしたが、マクロンはほんとにサイコパスみたいな気がしていました。それに彼が「年上の女性に気に入られる」と思われるのも、夫人のイメージからなのでしょうが、違います。彼を毛嫌いする人の方が少なくとも私の周りの同世代の女性には少なくありません。
マクロンにメロメロなのは、実は、年上の男性なんですよ。
まずジャック・アタリを攻略。
オランドもバイルーもボルローもコロンも全滅です。
年上で地位のある男たちに彼のようなスタンスで寄ってくる若い男っていないからメロメロになるんでしょう。40代くらいの男にはあまり持てませんがゲイにはすごい人気です。(フィヨンもバイセクシュアルだそうです。)
私は「メロメロ」と言うなら、実は一昔前ドヴィルパンは好きでした。今でも彼が出てくるとどきっとします。今回の大統領選では見た目の「好み」はヤニック・ジャドです。あと、バロワンの声(言っている内容ではない)の響きには「メロメロ」です。
そんなわけでマクロンは、好みとしては正反対なのですが、今の世界やヨーロッパのリーダーの面々とか見ていたら、政治をマーケットとしてみたら、フランスの顔としてルペンは論外にしてもメランションやアモンより面白いと思います。観察の対象としてもおもしろい、という点ではサルコジに匹敵します。
それにしてもここまで古川さんに誤解されるということ自体が不思議ですねえ。
古川さんってすごくヘテロな感覚の人だなあとも思います。
私は基本ミーハーなので、別に、政治家の好み、品定めは普通にしてますよ。
女性も好きです。っていうか女性の方が好きです。メルケルはすごくかわいいと思うし。
ナポレオンの本を書いていた時、ナポレオンは別に私の好みの男でもなんでもないのですが、彼のディスクールとかたどっているうちに、ある程度「入れあげないと」文に迫力が出ないなあと思って、期間限定で「ナポレオン、命」を演じることにしました。すると書くのにも力が入って楽しいでした。今は共産主義について書いているので、向坂逸郎とか好きですよ。
まあ、聞き流してください。
古川さんの路線がぶれないのは大したものだと思いますよ。
古川利明 · 2017-05-25 00:53:07 UTC+9 · 投稿 #932
ご無沙汰してます。こちらの掲示板があることを思い出して、拝見しました(最初に、こちらに投稿すれば、よかったです)。まず、「マクロンにメロメロ」ですが、申し訳ないですが、これまでの竹下さんのブログを読んでて、マクロンに関する記述を読む限り、私は「メロメロ」という以外の感覚を抱き得ませんでした。「これは、相当入れ込んでるんだなあ」と思いました。竹下さんが「不愉快に感じた」というのは、図星だったからでしょう。読んでる私が、正直、「恥ずかしさ」を感じました。竹下さんは、やっぱり、アカデミズムが本籍なので、所詮、「キレイゴト」にこだわるというのか、好きですよね。そこらあたり、私はジャーナリズムの人間なので、物事はすべからく、「ウラがあって、当たり前」とでもいうのか、「飴と鞭」、すなわち、「カネと恫喝」で物事は動きます。言い換えれば、これを糊塗するための「リクツ」をこしらえるために、掃いて捨てるほどの御用学者はいます。竹下さんから見て、マクロンが感覚的に「いいね!」というのは、全然、いいではないですか。あのマクロンってのは、年上女性を篭絡する、妙なオーラを発していますよ。特に、「浮動票=無党派層」は、それで投票した層も、必ずいますからね。もちろん、政治学的な分析は重要ですが、しかし、私はフランス文学専攻ですから、こうした「オトコとオンナが織り成す、微妙な綾」の中に真実を見い出す人間です。それで言うと、デュラスの『Hiroshima,mon amour』の、名無しの「彼女と彼」の寝物語から、心の奥深いところで触れ合って、関係が生まれる世界って、大事ですし、いいことだと思います。
sekko · 2017-05-24 21:09:17 UTC+9 · 投稿 #931
今偶然、「解放の神学」の解説を書いていまして、そこで、ハイチのアストリッド元大統領(元司祭でもあります)のことを書いている途中でした。
ハイチもショック・ドクトリンの犠牲者ですね。
ヴェルデFさんの見たハイチは息子の方のデュヴァリエの頃ですね。
藤永茂さんの『私の闇の奥』ブログで「ハイチは我々にとって何か?」というシリーズがあって、それを読むと、世界が金融寡頭政治になだれ込む恐ろしさを痛感します。
人種差別や奴隷制度など、世界は何世紀も変わっていないのか、実はだんだんひどくなっているのか、あるいは少しずつでも問題意識の共有が生まれているのか、感情的にならないように考えていきたいと思います。
ヴェルデF · 2017-05-24 13:10:56 UTC+9 · 投稿 #930
Sekkoさまのブログで ケベック語のお話がありました。そのことで、ハイチを思い出し、懐かしんでいます。デゥバリエ(スイス?へ亡命した独裁者)、空港からペティオン・ビジェにのぼる坂道の大通り、ポート・オー・プリンスの街中の雑踏と喧騒、冷房の効かないレンタカーを運転し赤・黄色の原色で車体を絵塗にしたタップタップ(Cargo Truckの荷台を改造した乗合バス)に挟まれた渋滞道路、トントンマクー(世間に潜り込ませた政府への密告者スパイ)が宮殿広場に集合し、デゥバリエさんの閲兵のあと宮殿を出て街中に出てきた大行進、ブードゥー教、夜のローソクを灯したミサ?と思われる小集会、病院で働いておられた日本人シスター2人、私一人しか乗客のいなかった100人乗りのハイチ・エアー、フランスから空輸された生カキを食べたペティオン・ビジェの高級レストラン、--もう30年前の体験ですが、今でも鮮明です。もはや2度とハイチには行けないでしょう。
sekko · 2017-05-19 07:20:58 UTC+9 · 投稿 #929
「マクロンにメロメロ」への反論について古川利明さんから以下のようなコメントをいただいたことへの返事をここに書きます。
>>>竹下さんのブログ、非常に興味深く読ませてもらっております。やはり、現地滞在が長いので、通りいっぺんではない情報を出していると思っています。その意味で、とても参考になります。それで「マクロンにメロメロ」のくだりですが、でも、これまでの竹下さんの「マクロン評」を読んでて、それは感じますよ。少なくとも、「悪意」はないですよね。個人的な好き嫌いは、別にあっていいと思いますが。私はサルコジの政治スタンスは徹底的に叩いていますが、個人的には全然、好きです。あの過剰さは面白いです。なかなか、いないと思います。<<<
まあ、別に悪意はありませんよ。
おもしろいとは思います。去年ナポレオンの本を書いたので、最初からその言説を比べてすごいと思っていました。
結果的には、対外的には、スタートは悪くないと思いますが、今日の調査では総選挙のマクロンのLREM(結局これが正式の略称)議席がが34%と出ていました。新閣僚で総選挙で再選されない者はやめてもらうと言っています。ル・メールなんてLRから裏切者扱いですからどうなることか・・
悲劇はヴァルス(S 発音しますよ。で、もとはスペイン語何でVはBに近いんですが、フランスではフランス読みされています)で、PSから早々と去ったのにマクロンからはドアを閉ざされ、無所属で立候補ということになります。
そのヴァルスの無鉄砲さを「カタロニアのイダルゴ気質だ」と評する人がいます(イダルゴはカタロニアの貴族の出という意味)。首相までした人なのに、こういう時はやはり「もとスペイン人」よばわりされるのだなあ、と感慨を覚えました。
今日はユローがインタビューに答えていましたが、マクロンとビジョンは違うが、歩む道は同じだ、みたいなことを言っていました。自分の望む政策の邪魔はされないが時間はかかるだろうとも。自然において生物多様性のあるところが一番生命力が強いので、この内閣の多様性もその意味で期待できるとも。
でも正直言って日本の方がずっと深刻ですね。共謀罪、通るのでしょうか・・
で、ついでに、アモンに傾いていた私がマクロンに転向したのは、vote utileの理論に負けたからです。澤藤統一郎さんがブログでいつかこういうことを書いていたのを思い出しまし
>>>>私が、初めて選挙権を手にしたころ、投票先に悩んだ。当時は中選挙区制。社会党は強かった。当選しそうにない共産党候補に投票するか、当選の可能性が高い社会党候補に入れるべきか。周囲の友人も様々だった。共産党を支持する友人は、「議席獲得よりも一票の積み上げが大切だ。どうせ当選できないからと票を社会党に流していたのでは、永遠に共産党の議席獲得はなくなる」という。これは党勢拡大の立論。社会党を支持する友人は、「今、現実的に最も大切なものは、国会の中に築かれている憲法擁護のための3分の1の壁を守ることだ。そのためには、社会党にに投票を集中するしかない」と説得する。こちらは議席獲得最優先の立論。<<<
いつでも選挙というのは難しいですね。
でももうこうなったら、二人の元大統領(オランドとサルコジ)、三人の元首相(ジュッペ、フィヨン、ヴァルス)に勝利したマクロンの手並みを期待するしかありません。
ヴェルデF · 2017-05-19 02:31:29 UTC+9 · 投稿 #928
有難う御座いました。