Sekko · 2018-08-05 19:12:27 UTC+9 · 投稿 #1062
あのシリーズは後2回です。その後に小寄道さまの『沖縄スパイ戦史』のブログに関して少し書きました。予約投稿をずらす暇がなかったので少し遅れます。すみません。
アルジェリア系の新聞の見出しはcourrier internationalに出ていませんでした。
そういえば、1998年に活躍したジダン選手も、アルジェリア移民出身とはいえ、アラブ人ではなくベルベル人、アルキだったので、その辺は当時、現地ではどう言われていたのでしょうね。
今はジダンのフランス白人の奥さんとの二世も活躍しています。どんどん混ざっていくのが一番いい形なのかも、と思ってしまいます。
ブログで触れていらっしゃった東京医大の事件にもあきれますが、三浪以上の学生にも同様に減点していたそうで、それは留年率が高く国家試験の合格率が低いからだそうです。女性医師は産休などの可能性のために就職率が悪いからということですから、要するに、ジェンダー差別というより、ひたすら、企業としての大学ブランドのパフォーマンスをよくするために調整しているということですね。
フランスは、医学、法学は基本的に国立大学しかありませんから、公平で、公平にしたら過半数が女子学生となっているのが現状です。ただフランスは一番のエリートコースは医学でも法学でもなくエンジニア系グランゼコール(エンジニアと言っても英語の技術者としうエンジニアではなく要するに管理職養成コース)なので、そこではさすがに男子学生が圧倒的に多いです。ブルジョワ家庭に生まれて家族の支援を受け家庭教師がつくと言ったタイプの学生が一番多いですね。
アメリカでの医学世界も「ガラスの天井」が半端ではないらしく、名を成した女性医学者が私財を投じて欧米の女性医学生と医師を援助する財団を作り、個々の悩みに電話で答えるスタッフもいるケースがあります。英仏スペイン語が使われるので、日本は「遠い」かもしれません。
小寄道 · 2018-08-05 15:04:14 UTC+9 · 投稿 #1061
「ワールドカップとフランス語のシリーズ」は、見事にフランスの何かしらにかこつけた見出しで素晴らしい。
ヨーロッパ諸国は納得ですが、南米の国でも特長あるフレーズをひねり出していますね。
日本のスポーツ新聞(読みませんが)では方向性が違って、品のないダジャレが多く、笑いをとるのが主目的になります。
だから、感心させる、唸るものは少ない、残念ですが。
ところで、アルジェリアとか、フランスのかつての植民地はどんな受けとめ方なのでしょうか。
いずれ登場するかと待ち望んでいるんですが、もう6回にもなりましたし・・。
もしかしたら、どこかヴァカンスに行かれているんでしょうね。
だとすると、後、4,5日分は用意なさっているのしょうか。無駄なおしゃべりで、失礼しました。
水蓮 · 2018-07-31 22:07:06 UTC+9 · 投稿 #1060
>性的関係を前提にしたような結婚制度はもう機能していないと思うので、
>互いに支え合い補い合って暮らしていこうとか、未成年を保護して育てていこうとかいう意志を持った二人なら、性別も血縁も関係なく今の結婚制度と同じ社会的プロテクションを与えるべきだというのが考えの基本です。
同性婚もこのようなつながりだと思います。性生活だけでつながっているのではなく、生涯の伴侶として、たとえ性生活が営めなくなっても一緒にいたい相手だからこそ、結婚する同性カップルは結婚するのだ、と複数の同性婚カップル(女x女、男x男とも)を見て思います。
LGBTというと、やたらその性生活・性行動が注目されがちですが、彼らの生活はそれだけではなく、同性カップル、特に長く続いているカップルは性交のためだけに一緒にいるのではありません。そこは、男女カップルと同じです(・・・でも、フランスでは性生活が破綻すると関係が破綻する男女カップルが多いようなので、同じじゃないかも・・・)。逆に、性交のためだけに相手をもとめるようなタイプの人は、結婚なんて興味ないんじゃないかと・・・
水蓮 · 2018-07-31 19:53:02 UTC+9 · 投稿 #1059
竹下先生、丁寧なお返事をありがとうございます。
お返事にあった、子供の教育に関してだけまたコメントします。
(あ、それと、ついでに、同性婚が合法化してからも、個人的に反対だったり否定的な意見を持ち続けるのは個人の自由ですから、私は驚きません。その理由に納得するかどうかは別として・笑)
家庭における、また家庭だけでなく、学校やその他の子供がいる環境において、「子供本人の自分らしさ」を(特に保護者が)絶対肯定するにおいて、「動物虐待によって性的快楽を感じる子供というような特殊なケースは、見逃さないでフォローするという責任」もそうですが、他の子をいじめることに快感を覚えるケースも同様に保護者やまわりの大人の指導が必要です。
ここでも、やはり人権という概念がキーになると思います。動物愛護の精神も教えなければなりませんが、人権と動物愛護のルーツは同じ、ということを説明するのに、「神」の存在なしでも可能か?と考えているところです・・・。
Sekko · 2018-07-30 17:30:20 UTC+9 · 投稿 #1058
水蓮さま
私自身、あれを書いていて、言葉が足りないので誤解を招くだろうなあと思っていたのです。
申し訳ありません。
私がフランスで同性婚支援の運動の時に異論を唱えた時、ゲイの親友からショックだと言われ、じっくり話を聞いてもらって納得してもらったことがあります。
私は、同性婚法支持者たちがその時点で「神聖な権利」化していた結婚制度自体を批判的に見ているからです。
性的関係を前提にしたような結婚制度はもう機能していないと思うので、
互いに支え合い補い合って暮らしていこうとか、未成年を保護して育てていこうとかいう意志を持った二人なら、性別も血縁も関係なく今の結婚制度と同じ社会的プロテクションを与えるべきだというのが考えの基本です。
実際はその見極めも難しいし、移民の合法化などに使われてその仲介をビジネスにする人もあるわけだし難しいとは承知していますが。
で、LGBTのくくりに参加することで視野を限ってしまう人や、それを利用してビジネスチャンスにする人たち(これが一番問題)をあまりにも多く知ってしまったので、私は少なくともロビーとしてのLGBTには関わらない、と決めています。
もちろん、性的マイノリティ差別については、他の人権問題と同じく深刻に考えています。
特に子供については深刻ですが、そのためには学校で性的マイノリティのことを教えるというようなことではなくて、「大人」を徹底的に教育することじゃないかと思います。多くの性的マイノリティの人は、友達よりもまず最初に親の目を恐れるからです。
これから子供を持つ予定のあるすべての人は、その多くが異性愛者でしょうが、彼らに、
自分たちの子供はそれぞれ独自の性的指向やアイデンティティを持つようになるかもしれない、それが情緒的、社会的ハンディとならないように家族は最大の努力をしなくてはならない、
ということの徹底です。
性的マイノリティの困難は、他の発達障害やその他の「障害」への視線や対策とは質が違うものです。
苦しんだり肩身の狭い思いをしたり自分で抑圧してきた後で大人になってから闘うという道だけではなく、そもそもの(基本は異性愛者による)「家庭」という出発点から、子供本人の自分らしさの絶対肯定をしたいものです。
「同性カップル」の子育てはそれを自然にできているケースが多いですが、子供が育つ家庭での基本にある「絶対肯定」は啓蒙によってのみなされると思います。
もちろん動物虐待によって性的快楽を感じる子供というような特殊なケースは、見逃さないでフォローするという責任が生じますが、それはまた別の話ということで。
私の公開ブログで読める関連記事にはこういうものを見つけました。
ご参考に。
https://spinou.exblog.jp/24003038/ https://spinou.exblog.jp/25872493/ https://spinou.exblog.jp/20645848/水蓮 · 2018-07-30 16:25:35 UTC+9 · 投稿 #1057
竹下先生と「スイス鉄道のように」様のやりとりに割って入るようですが、竹下先生の7月26日のお返事の内容に関して気になったので書き込みます。
>LGBTについても、そもそもこういうくくり方をすることに違和感を覚えます。
>性的マイノリティを包括したつもりで実は抜け落ちているものが多いし、なんといってもグラデーションであるし、生活の一部や一時期であってもすべてではないし
同様のことを以前にもお書きになっていましたが、ちょっと誤解なさっているかもしれません。
「LGBT」という呼称は、現在では「性的マイノリティー」という意味で世界的に定着しています。国連人権高等弁務官事務所などの国際機関でも、また、カトリック教会を性的マイノリティーに開かれたものにするために活動しているカトリック信者団体が世界各地に幾つもありますが、そこでもLGBTという名称を、性的指向や性別自認にグラデーションがあることを認識した上で、社会における性的少数派の「総称」として使っています。
LGBTという名称は、四文字が指すレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの4種類だけにカテゴリー分けとするというよりは、さまざまな特徴をもつ複数の少数派をまとめる言葉になっています。実際には、性的指向がないアセクシャルの人、性別自認がわからないXジェンダーの人、ETC・・・も含んでいます。団体の中にはLGBTQやLGBTIのように名前に織り込んでいるところもありますが、それをやりだすとエンドレスだし、完全に網羅することなど不可能なので、便宜上LGBTとなっているのが現状だと思います。
アメリカで進歩派からの支持、信頼を集めているJames Martin師(イエズス会司祭)による、カトリック教会とLGBTコミュニティーのあいだに「橋をかけよう」と呼びかける本のフランス語版が発売されましたが、「LGBT」という言葉が使われています。同師は本書で「ゲイ」や「LGBT」という言葉を使うことの意義についても説明しています(当事者が自分たちを呼ぶ名称を採用するのは、その存在を認識すること)。
https://www.amazon.fr/B%C3%A2tir-pont-LEglise-communaut%C3%A9-LGBT/dp/2204127493/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1532861094&sr=1-1&keywords=james+martin 私はLGBTコミュニティーと関わりがあるのですが、特に、普段からトランスジェンダーの問題に真剣に関心をよせているゲイ・レズビアンはあまりいないという印象をもっているので、「LGBT」というくくりに違和感をお感じになる、というのは分からないではありません。
実際、ゲイ男性だけの団体とか、(フェミニスト傾向の強い)レズビアンだけの団体とか、(ゲイ・レズビアンから疑惑の目でみられがちな)バイセクシャルだけの団体とか、そして当然ながら、トランスジェンダーだけの団体が存在し、それぞれに他の性的マイノリティーとは共有しない問題に取り組むといった特徴的な活動をしています。
これは、竹下先生のアナロジーを用いると、近視、遠視、弱視、老眼の人々がそれぞれ別々に集まるようなことです。それでもこの人たちには、視力の問題がある、という高次の共通項があります。性的マイノリティーの人たちにも、「男/女なら性的にはこうであるべき」という多数派の価値観(偏見)のために差別されやすい、という高次の共通項があります。
私は直接には知りませんが、LGBT当事者にも、この言葉に納得がいかないと言っている人はいるそうです。それでも、LBGT問題を語ろうというときに、呼称についてだけで、本題に入らなかったら、あれ、話題そらした?と思ってしまうかも・・・
LGBT問題は、少数派の人権問題です。人権こそ普遍的価値だと思います。
Sekko · 2018-07-30 06:46:53 UTC+9 · 投稿 #1056
私はタイに行ったことがありません。
周りのゲイのカップルやレズビアンのカップルたちはバカンスの度によくタイ旅行をしています。
個人的なタイ人の知人はフランスの仏教コミュニティを通して知り合った人ばかりです。
肩を痛めていた時に尼僧から勧められて2週間に一度は通っていたタイ式マッサージのマダム・プーとは仲良しになって文化や哲学や教育についてもいろいろな話をしました。
彼女はフランスの軍人と結婚していて、タイ女性とフランス軍人のカップルというのがコミュニティを作っているのも知りました。
子供の教育について何度も相談されましたが、確か娘さんはカトリックの洗礼を受けていたようですがあまり宗教的な葛藤はなかったようです。家族は家族、国は国というプラグマティックな感じというか。
今回のサッカー少年のひとりだけがキリスト教で出家できなかったというのがどんな感じで受け止められていたのか好奇心はあるのですが、多分、一緒に生き延びた彼らの連帯感は宗教を超えたところにあるのでしょう。
小寄道 · 2018-07-30 02:24:25 UTC+9 · 投稿 #1055
サッカーWCについての、フランスチームの話は「目から鱗」というか腑にすとんと落ちました。
とりわけ、宗教へのスタンスというか、選手たちが施したタトゥの意味を繙かれましたが、とても徹底して真摯です。私からすれば宗教をこえた普遍性さえも示唆させます。
そして、これこそが日本人選手の欠けているところかもしれません。
フランスサッカーの世界制覇は、ISテロを克服した結果、その実績なのか・・。(もちろんパーフェクトではない)、そんな仮説を想起させます。
ライシテもそうですが、移民政策や多文化受容にしても、フランスならではの、あの「理念」に見事に包摂されていた。
それもこれも、フランスが優勝したのは、個々の選手が出自よりもまず「理念」を語り、自己の信じる宗教を敬う、なにか三色旗のもとに力を合わせるようなスピリットを感じました。
このへんは竹下さんの文章からの影響が多大ですけど・・。
まあ、戦術的にもフランス的・明晰な合理主義があったし、ラテン的な「戦う本能」をオフェンス・ディフェンス共に共有していましたね。
タイのキリスト教徒の少年ですが、私からすればまったく問題はないと思いますが・・。
一度しか旅行に行ったことないですが、タイという国は他者に対して驚くほど寛容で、かつ日本人みたいにお近づきなるとベタベタすることもありません。
それでいて、ホスピタリティはさすが仏教的な慈愛に満ちている。
ましてやキリスト教徒のコミュニティの手厚いフォローで、出家した仲間たちに逢えば、すぐに打ち解けあえるような気がします。
ちょっと気分よく書きすぎてしまいました。お許しください。
拙ブログへの度々のコメント、感謝いたします。ありがとうございました。
スイス鉄道のように · 2018-07-26 16:33:07 UTC+9 · 投稿 #1054
竹下様
ご丁寧に回答いただきまして、ありがとうございました。
参考になりました。
感謝申し上げます。
Sekko · 2018-07-26 14:23:06 UTC+9 · 投稿 #1053
>>>>”普遍的価値”のなかに、”生産性”や”効率”は入りますか?
”富”、”出世”、”名誉”などはどうでしょうか?<<<<
生産性、効率、富、出世、名誉...これらのものは、特定の時と場所、場合によっては共有される「価値」でしょうが、これらのものを「普遍的価値」にしてはならない、というのが私の言いたいことです。
>>>竹下様は、普遍的価値というものをご著作等で語っておられるので、ご意見をうかがってみたいと考え、投稿させていただきました。<<<
私の言っているのは簡単に言うとこういうことです。
「西洋近代」がグローバル化した普遍主義は、実際の運用がいかに恣意に満ちたものであれ、キリスト教の根本にあった平等思想と平和思想とを宗教権威から奪い返した結果として生まれたものだった。(『神と金と革命が作った世界史』第四章 3 「明治日本と信教の自由」より)
そしてこの「建前」としての世界人権宣言のようなもの、日本憲法の前文にも採用されたようなもの、は、近代をキリスト教文化圏のヘゲモニーの中で迎えた非キリスト教文化圏にとっても有利なものです。だからこそ植民地支配から脱した多くの国もこれを採用しました。
生産性、効率、富、出世、名誉などは所詮、安全な場所で心身の健康な状態でいる人にだけ目指されたり期待されたりできるもので、たとえそれを得た人でも、一生キープできるようなものではありません。限定された期間と場所で戦略的に価値とされるのは分かりますし、必要なこともあるでしょうが、経済的なグローバルスタンダードを「普遍価値」と勘違いしてはならないと思います。
LGBTについても、そもそもこういうくくり方をすることに違和感を覚えます。
連帯することで不利益を解消するという一時的な方法としては一定の有効性があるかもしれませんが、性的マイノリティを包括したつもりで実は抜け落ちているものが多いし、なんといってもグラデーションであるし、生活の一部や一時期であってもすべてではないし。
例えば私は長い間視力が悪かったのですが、そして、この社会は視力が一定以下の人が裸眼で生きていけるようには作られていないので、絶えず矯正が必要でした。それでも、寝ている時とか、視力と関係のない時間があります。
LGBTのくくり方は、たとえて言えば近視、遠視、弱視、老眼などをまとめられるような気分です。そんなものをまとめて、そして視力のいい人に「フレンドリー」とか言ってほしくない。おおっぴらに差別をされないハンディというものと苦労して共存している人もいるし、カテゴリー分けすることでかえって別のマイノリティを締めだすこともあるのではと思うからです。視力が悪かったのに視野までせばめないように気をつけたいです。
マイノリティの差別撤廃や権利獲得などの戦い方は、それこそ、普遍主義に依って立たないと、「生産性」がどうのこうのという言説に落とし込まれてしまうので、試行錯誤しながら進めなくてはと思います。
スイス鉄道のように · 2018-07-26 10:26:42 UTC+9 · 投稿 #1052
こんにちは。
日本では、今、自民党の杉田水脈議員の発言、「LGBTには生産性がない」が物議をかもしております。
ところで、”普遍的価値”のなかに、”生産性”や”効率”は入りますか?
”富”、”出世”、”名誉”などはどうでしょうか?
竹下様は、普遍的価値というものをご著作等で語っておられるので、ご意見をうかがってみたいと考え、投稿させていただきました。
小寄道 · 2018-07-24 12:51:53 UTC+9 · 投稿 #1051
ジェンダーに関しては、正直なところ私には定見がない、というより分からないのです。
「何も言えない女性と、何も言わせない男性」というのも極端なものいいでした。感情と冷静に分類するのも、ある意味で極端でして、それに反応してしまったのです。
いや、極端に対比することで、その差異が際立って、問題が顕在化される、その方法論に乗っかってしまいました。
日本のジェンダーギャップは、世界経済フォーラムでは114位でしたが、男女格差はあらゆる局面で錯綜としています、この日本では。
たぶん、文化の背骨となる一神教のような、ジェンダーを強く意識させる宗教がなかったからでしょうか。
神道、仏教もそれほどジェンダーを意識させませんし、弱い立場に陥りやすい女性には、なんらかの救済・逃げ場所もあったようですけど・・。
いわゆる「男尊女卑」のような、極端なジェンダーギャップは、明治維新以降だとおもいます。
現在、東京だけのことでいえば、歌舞伎や演劇では、8対2ときに演者や演目では1対9ぐらいの割合で女性優位です。
美術館やコンサートでは6対4ぐらいになりますが、文化・教養的な場所には、女性たちの姿が多いのが目立ちます。
つまりですね、件の福島の女性たちも、東京に抗議しにいくことの強い意志を、女性たち同士で結束させたのだと思います。
あの特製のTシャツも、皆でわいわいと盛り上がりながら作ったんじゃないでしょうか。
彼女たちの伴侶は、「頑張ってこいよ」と励まし、送りだしたんじゃないでしょうか。
福島の現状について、男たちは何も考えていないわけではない。男たちのアクションや主張を彼らなりにしていたんだと思います。
福島の人たちには、3.11以降にはむしろジェンダーギャップはなかった。男女格差を意識させないほどに、もの凄い生活の変化があったわけですから。
いやあ、でもジェンダーに関して考えれば考えるほど分らなくなります。
日本では表面上、若い世代のばあい、日常的には女性の方がヘゲモニーをとっているように感じます。
私の周囲だけのことですが、子どもの間では、もっと女子力が高い。女の児が男の児をいじめていることさえよく見かけます。少なくとも女の子は元気で、男の子は大人しい。
普遍的にジェンダーを考えてみたいです。
Sekkoさまの本が一時もはやく上梓されることを願ってやみません。
Sekko · 2018-07-24 00:53:00 UTC+9 · 投稿 #1050
なるほど、もう一度、例のシーンを見ました。
確かに「男性には想像力が足りない」でしたが、印象としては、やはり「想像力ゼロ」みたいな迫力です。
実際の場面をリンクしていますから実害はないでしょうが、後で一応訂正しておきます。
実は、彼女らの迫力にたじたじとなった後、私には違和感もあったのです。
敢えて「フクシマの女たち」とTシャツに書き(中にはよく読み取れませんが「フクシマの女は鬼になる」?と書いてあるのもあるような…)、「毎日食事の支度をしながら」子供たちのへの汚染を心配すると強調するのは、「女」というより「子供を守る母親」仕様の戦略の意味と効果を考えさせられました。
どうして男が、父親が、真っ先に出てこないんだろう、いや、男たちはすでに別の形でいろいろ抗議していて、一年経ってさらなるインパクトを与えるためにやはり「子供を守る女たち」という構図を採用したのだろうか。この戦略に男たちはどのように関わっていたのか、など。
私は日本にいないので、「フクシマとジェンダー」のダイナミズムは把握できないままなのですが、
>>>かつて男性は、吐き捨てるかのごとく「女には想像力が欠けている」とよく言っていた<<
とか、
>>>「感情的な女性と冷静な男性」のような図式は3.11以降、やっと陽の目をみたぐらいで、それまでは「何も言えない女性と、何も言わせない男性」という図式の方が日本の定番だった<<
とおっしゃるのも意外でした。
小寄道さまと私は同世代ですが、私が日本に暮らしていた頃は自分が子供や学生だったからそういうコメントや図式を実感しなかったのかなあ、と。
今の方が、ブログなどで、女性が子供の頃から「女だから」と言われて育てられたとか、連れ合いに逆らえないなどの記事を読んで驚きです。
時代や国の違いより、育ったミクロな環境の違いの方が大きいと、それこそ、想像力が鍛えられました。
私はひたすら「蝶よ花よ」で好きなお稽古ごとに通い、自分は完全に自由だと信じることができる特殊な場所で生きた上に戦争や災害や事故の被害にも逢わず、この幸運をどれだけ還元できるか、という課題をずっと意識してきました。
女性の権利擁護に関して「日本はひどい」というフレーズはできるだけ言わないようにしています。自分がフランスにいることで、「フランスはずっとまし」だと言っているようにとられるリスクがあるからです。
でも来年刊行を目指して「神とフェミ」「フレンチ・フェミニズム」の二種を何とかまとめたいと思っています。
いろいろとありがとうございました。
小寄道 · 2018-07-23 16:02:29 UTC+9 · 投稿 #1049
『ヒロシマ、そしてフクシマ』について、追加記事をブログに書きました。
もしかしたら、竹下さまをミスリードさせてしまったかもしれません。いや、以下のコメントが余りにも支離滅裂で、私の方こそ混乱していたのかもしれません。
何卒、ご笑覧くださるようお願いいたします。
小寄道 · 2018-07-18 01:51:52 UTC+9 · 投稿 #1048
当ブログ、すなわちプティジャン監督の『ヒロシマ、そしてフクシマ』について記事を起こされて、まことにありがとうございます。
竹下さまのご推察の通り、彼女のさけび「男性には想像力はない」はジェンダー仕様であり、感情的なサイドの視方に立っています。
とはいえ、かつて男性は、吐き捨てるかのごとく「女には想像力が欠けている」とよく言っていた。その傍らで、「自分を棚に上げるとはこのことだな」と苦々しく聴いていたことがあります。
これって、ジェンダー仕様ですよね。「ない「より「欠けている」は穏やかかもしれませんが・・。
「感情的な女性と冷静な男性」のような図式は3.11以降、やっと陽の目をみたぐらいで、それまでは「何も言えない女性と、何も言わせない男性」という図式の方が日本の定番だったのですから・・。
べつに私は女性の味方になろうというのではない。先の2日間竹下さんがサッカーWP杯の記事にあったように、メキシコ人が称讃したように、フランス人と同じような普遍的な価値観、ものの見方に立ちたちたいだけです。
「自由、平等 友愛」。そちらでは同胞愛でしたか。
それにしても、詩織さんのBBCの番組はほとんどマスコミで紹介されませんでした。まだまだ、後進性を抜けようと考える男のエリートはいませんよ、日本には。彼らこそ、ジェンダー仕様にすり替えて、問題の軽減化や隠蔽化を常套手段にしているとしか思えない。
まずは、コメント及び拙ブログを記事化に感謝いたします。ありがとうございました。
sekko · 2018-03-06 06:28:37 UTC+9 · 投稿 #1047
そうですね。映画に関しては、去年はニコラ・ブクリエフの『告解』というそのものずばりのタイトルの映画もあるにはありました。
https://spinou.exblog.jp/26576511/ でも、この映画でも、告解司祭を試す、という流れだし、昔もヒッチコック映画で『私は告白する』という告解の秘密守秘をめぐってのストーリーがありました。
私のブログで「告解」を検索するとこういう映画もありました。
ジェームズ・グレイ『エヴァの告白』
https://spinou.exblog.jp/26240609/ マックス・ジャコブの「回心」のシリーズにも、告解と免償を毎日繰り返していた彼のことについて書いています。
L’apparitionの映画では、確かに、ヒロインが司祭に何をどこまで話していたかというのは分かりません。昔は、少なくとも「告解」と「復活祭」とは必ずセットで、心機一転という人もいたかもしれませんが、形式だけだった人も多いでしょう。今のフランスでは共同の改悛みたいなので済ませているところが多いように思います。
ギリシャ正教のように、今でも、前日か日曜の朝、「痛悔」をしないとミサにあずかれないものもあります。
https://spinou.exblog.jp/25590、
「赦しの秘跡」は、聖霊に属するのだとしても、実際問題としては、どんな司祭に当たるか、司祭との間に信頼関係が生まれるか、などが、信徒側の実践に反映すると思います。
司祭も大変だなあと思います。告解の場で聖霊が働いていると今感じますか? と尋ねた時、「ミサの時は本当に聖霊の働きを感じてイエスの実在を感じるけれど、告解では感じない。ただ信じて祈るだけです。」と答えた司祭さんがいました。
どんな「秘跡」でも、人間と人間の間で仲介され表現される部分だけを見ていても本当には理解できないのだから、「再教育」といっても、どんなレベルのことなのか私にはわかりません。答えになっていなくてごめんなさい。
コアな話は
http://6318.teacup.com/philosophie/bbs の方にお願いします。
ご期待に添えるような対応はできないかもしれませんが…
sacra 桜 · 2018-03-04 23:12:10 UTC+9 · 投稿 #1046
はじめまして。竹下先生の発信なされるご見解には教えられるところが多く感謝しています。四旬節なので思いきって質問いたしたくお願いいたします。キリスト教の教えを理解して信仰を抱くことは確かに難しいことであり貴いことですが、現在フランスの教会の活動方向には信者の再教育という課題も大きいとみられます。黙想会、勉強会、講義、巡礼旅行、教区教会内の小グループのお祈りの会(週日の夜)、主日のごミサのあとの食事会(毎月一回)、等。教会を離れているフランス人のひとつの理由にゆるしの秘跡のことがあります。信仰・信心ということの先に、このゆるしの秘跡があり、このことがカトリックの中核であることを、竹下先生はどのようにご説明なされますか。ゆるしの秘跡に触れずにカトリック問題を扱うことはその表面をなぞることにとどまるでしょう。上映中の映画「ラパリシオン(ご出現)」も、間もなく封切りの「ラ プリエール」も、この面には触れません。日本語で論じられることも少ないので話題にのせていただければと思っていました。
sekko · 2018-02-28 07:26:09 UTC+9 · 投稿 #1045
実はOne Drive 個人用というクラウドにも時々入れているのです。グーグルドキュメントに入れたものもあります。
でも、なんでも二重に置いておかないと、googleにアクシデントがあった時にショックなので、基本自分のPCです。時々、自分宛メールに添付もしておきます。
ワープロ時代から、書いたものが消えるというアクシデントがたまにあってトラウマになっているので、少し書くたびに上書きも頻繁で、コピーもいろいろしていて、かえって分からなくなっているのです。
しかも、少し前までの、新聞や雑誌の役に立つ記事をスクラップしたものが大量にあって、これらももう何がどこにあるのかわかりません。大切なものはデジタル撮影してストックしているつもりですがもうそれも増えすぎて…。
私のIT能力はとても低くて、少しは勉強したらとよく言われ、確かに、その気になったらもう少し強くなれる能力はあると思うのですが、モデルもすぐ変わるし、そんなものを勉強する暇に、自分にしか書けないものを書いておこうと決めました。
英語やドイツ語を聴いたり話したりする能力と似ています。読み書きはいいのですが、会話力はとても低く、日本にいた頃、時々、英会話教室にも通っていましたが、今も不自由です。でも、そんなもの勉強するより、話す中身の充実の方が大切だと、今は残り少ないかもしれない持ち時間を有効に使うことを優先しています。
今となっては、毎日書くようになったブログが本当にいちばん使い勝手のいい覚書になっていて、このブログが消えてしまったらダメージは大きいです。以前に削除した別ブログもあって、それをコピーしてくれた読者もいました。
ともかく、次の書きおろしを脱稿して送信したところです。
それも昔は、フロッピーディスクといっしょにプリントアウトしたものも添えて郵便で送っていたのですから、今は便利ですね。その頃、雑誌の記事などはFAXで送っていたのですが、今はもうFAXも持っていません。
温水プール付きの休暇村に行ってきます。来週はバカンス明けですが久しぶりに美術館にも行くつもりです。
お心遣いありがとうございました。
小寄道 · 2018-02-28 01:47:05 UTC+9 · 投稿 #1044
日記その10を読みました。
自分が書いたこと、アイデアレベルの思いつき、ETC.
参考にはならないでしょうが、私はいま、個人用データ保存(格好つければアーカイブ)として、グーグルのドキュメントを使っています。
クラウディングだから、データ管理は無必要。Sekkoさまのように著作権をもつ方は、気になさるかもしれませんが・・。
もう、私の場合は、アイデアでも、ブログに載せる日記やコラム、個人的に研究している書きもの、非公開の文書でも、すべて一括してグーグルのドキュメントを使っています。
ネットからの引用もそのままコピペで、自分の地の文と明確な違いが判りますし、比較対照が簡単に済みます。
書いた内容というよりも、そのキーワードをドキュメント内の検索欄でサーチすれば記事一覧が表記され、ファイルは容易に見つかります。
ただ、フォルダを作り、整理・保存の機能が充実していないので、半年ほど何もしないとファイルとして貯まるだけになってしまいます。
将来的には、グーグルのそういうデータ整理のための機能はふえていくもの思われます。(過渡期なんです、今すべてが・・)
私の場合ですが、最終的にはワード文書にして保存しますが、たいした数にはなりません。
Sekkoさまの場合は、もちろんご自身のために必要と感じて、しかるべき自分管理のアーカイブをつくる目的があるのだと推察します。
でも、そのために時間を費やすより、思うこと・書きたいこと、自由に書かれることをSekkoさまに切望します。面倒くさいことは、後付けで誰かがやってくれると思います。
Sekkoさまの次世代の研究者がたぶんやってくれるでしょうし、ご家族の方に第三者に託す意志を伝えれば大丈夫なんではないでしょうか。
ずいぶん楽観的なことを書いてしまいました。またまた、失礼なことを書いてしまったかもしれませんが、自分の問題(悩み?)として共感したので、筆が走ってしまいました。
すこしでも参考になれば幸いです。次なるご著書をはやく読みたいがための大きなお世話として、Sekkoさまのご寛容を願うしだいです。
ヴェルデF · 2018-02-19 01:25:02 UTC+9 · 投稿 #1043
ご返事有難うございました。
今現在のトルコ共和国のことは、欧米や日本の新聞記者の記事では、本当の処は分からないのでしょうね。チュルクの歴史は明石書店から昨年の7月に和訳本が発行され、偶々 新聞の書評で知り、12月に購入し、ようやく先々週読み終えました、中央アジア、内陸アジアの地名や人名が馴染みないものなので、序論ー第1~5章 結論の内、第1~3章は2度読み返しました。近現代のトルコ共和国の章は通読しましたが、更に、今一度読みかえそうと思っています。
はい、ユダは読み切らねばと思っていますが、それ以前に読んだ無神論も未消化でユダの既読分も全然未消化。そうこうしている内に、友人から「神保町書肆街考」を頂いたり、別のかたから仏教関連の論文の郵送を受けたりで、読みたい本がまた溜まってきています。
それから、この間、世田谷美術館のパリジェンヌ展を見てきました、東京大雪の翌日でしたので、人が少なく、ゆっくり見られました。取り留めのないお話で恐縮です、
sekko · 2018-02-17 02:01:26 UTC+9 · 投稿 #1042
トルコのスタンスはヨーロッパと直接関係が深いので私も注目していますし、調べれば調べるほど奥が深いと私も思っています。
オスマン・トルコのすごさも、アラブ人ではないトルコ、イランという国のムスリムと民族主義の関係も。
日本との共通点も少し感じます。
http://spinou.exblog.jp/24797939/ ヨーロッパとの関係というのは、難民の問題ももちろんありますが、前にこのブログ
http://spinou.exblog.jp/22671815/ で書いたように、要するに、NATOの兵器輸出先という関係が一番問題です。
日本もほおっておいたらどんどんこの兵器(防衛装備とかいうんでしたっけ?)マーケットに参入する気満々のようです。
大量破壊兵器であろうと、小型核兵器だろうと、心を病んだ青年が学校で乱射する銃だろうと、その製造と販売とが人の命を奪っていくのは同じです。
ユダの本は、後半が歴史的な展開になっていくのでどうぞお読みください。
sekko · 2018-02-17 01:40:03 UTC+9 · 投稿 #1041
ありがとうございました。
早速検索して読みました。
ブログは予約投稿がつまっているので、一週間後くらいにアップされるものであらためてこの件にコメントします。
今書いている本で、日本においてキリスト教社会主義が果たした役割を紹介しています。
1910年に創立してすぐに解散させられた日本初の社会主義政党である社会民主党の6人の創立者は、自由民権運動出身の幸徳秋水以外には、片山潜や木下尚江ら5人ともがキリスト教徒でした。
プロテスタントの方が身が軽い感じですが、コミンテルンの無神論戦略に結局吸収された感じです。
今は確かに、フランシスコ教皇は共産主義者だ、などという誹謗もある時代です。
軍産複合体の利益と政治家の癒着を考えないなら、アメリカの銃器販売だけでなく、すべての武器廃絶が平和への絶対の条件なのは明らかに思えるのですけれどね。
でも、牙もない人間が武器を操ることで猛獣から身を護ったり狩りをしたりしてきたDNAの存在もまた明らかなわけで、それをどのようにコントロールしていくのかが人間の知性の発揮しどころなのでしょうが、カネという神が知性を凌駕していく時代は怖いです。
愚者 · 2018-02-16 10:23:06 UTC+9 · 投稿 #1040
sekko様
ブログも掲示板も久しぶりにアクセスしましたが、相変わらずの充実ぶりに改めて圧倒されました。
2018年2月7日付け「しんぶん赤旗」1面の高見長崎大司教の記事はお読みになりましたか?
多くの人、特に教会関係の方々に読んでいただきたいと考えて投稿します。
日本経済は5年もアホノミクスの道半ばだそうですが、私の住んでいる地域は年々寂れていますし、都心ですら荒廃の気は漂っているように感じます。各種経済指標も国民経済目線のまっとうなエコノミストの評価は相当悪いです。
しかし、アカデミックな経歴の人やジャーナリストなど専門職の中にも、経済は好調、だとか、内閣はたのもしい、だとか、人権を知らない野蛮な中国や北朝鮮が日本を狙っている今非現実的な護憲を支持する者たちは周近平や金正恩のファンクラブだ、などと真摯に危機感いっぱいで語る人がいまだに少なくありません。
昔、ドイツは強いからドイツにくっつていれば大丈夫、と政府が宣伝したそうですが、現在は、アメリカは世界一の自由と民主主義大国だからアメリカの子分でいればなんの心配もない、みたいな空気というか風に心地よく吹かれている人が意外に多い現実に時々直面します。
多分それはテレビとマスメディアのなんらかの仕掛けによるものだと思います。
国会の閣僚らの答弁の幼稚さ酷さには、ごくたまにしか視聴しない私でも恥ずかしく嫌な気分になって思わず消します。
高見大司教様が胎内被曝者とは知りませんた。是非ご一読ください。目新しい内容ではないが、聖霊の働きを感じます。
ヴェルデF · 2018-02-15 21:07:01 UTC+9 · 投稿 #1039
ご無沙汰しております。2017年5月17日の私の投稿でユダを読んでいると書きました。しかし、ユダは第2章の途中で読みが止まり、読了していません。今は全く違う方向に関心が向かっています。それは アーリア人(講談社選書メチエ 青木 健)とチュルクの歴史(Findley著、小松久雄監訳、佐々木紳 訳)です。チュルク(トルコ)のことがよくわかりました。トルコの起源や西漸、旧ソ連の中のチュルク系共和国、新壇についての長年のもやもやが晴れました。
sekko · 2018-02-03 03:39:15 UTC+9 · 投稿 #1038
ありがとうございます。
参考になります。韓国とキリスト教徒の関係などは専門分野でもあるのでわりと詳しく書きましたが、金日成とソ連の関係については触れなかったので少しつけ加えることにしました。
このテーマで書いていくと、いくらでも広がっていくので、取捨選択が一番難しいです。
どちらにしても万人に納得してもらうものを書くのは不可能で、私があえて触れなかったことについて「‥のことを書いていない、知らない」などという「専門家」も必ず出てくるのです。
まあ、自分についてはネット上の言論をまったくスルーしているのですが、それこそ何かがベストセラーにでもなればいろいろ言われるのが聞えてくるかもしれないので、できるだけ目立たないように、役に立つ人と思っていただける人にだけお役に立てばいいというスタンスです。
それでもずっと書いてこれているのは、竹下教信者などと自称してくださる業界の方のご支援のおかげですが、その「業界」そのものが、もう危うくなっている時代ですし、まあ、最後はそれこそ、ネットだけで発信するはめになるかもしれません。
それにしても、神、金、革命、の中で人を惑わすものとして一番手ごわいのは「金」なのかもしれないと嘆息します。
小寄道さまのブログで仮想通貨のことを触れられているのを拝読し、金もヴァーチャルな世界に行ったら、いつか偶像崇拝から「超越神」に倒錯的に格上げされてしまうのかも、などと思ってしまいました。