2007年の投稿

そうですか

Sekko · 2007-09-26 22:56:09 UTC+9 · 投稿 #409

その医者は、「効果ない」って言ったんじゃなくて、「信じない」って言ったんですね。神の存在証明みたいだなあ・・・
民間療法をいろいろ試してもうまくいかなくて、でも、機械論的なちょっとした故障が発見されてそれをケアしたら、すべての不調が全部治って、今までの民間療法って、何だったんだ・・・と思った経験があります。
自分にはほんとうは何がいいのか、直感も科学も信仰もそれぞれ適材適所の出番があるんでしょうね。
ええと、リンゴってのはあくまでも通説ですよ。誤訳に基づくという説もあるし、メソポタミアの雰囲気じゃないし。まあ何らかの木の実ってことで、スープやキャビアは無理じゃないかと。

林檎の樹

朝川 渉 · 2007-09-26 21:16:48 UTC+9 · 投稿 #408

>副交感神経を刺激するツメもみ療法ってのを日本の書店で立ち読みして
ずいぶん前に「これって効果がありますか」と医者に質問したら、「おれはそんなものは信じない」と、あっさり無視されました。「ほかの医者が提唱しているんですよ」と念を押したら、「医者にはいろんなのがいるからねえ」でした。薬指は交感神経を活発にするんだそうですね。
どこかの女性が「徐霊をしたら、うつ病が治った」とホームページに書いていました。迷信だとか言ってもしょうがなくて、手段がどうだろうと、治ればそれで良いと思います。

アダムとイブが食べたのは林檎でしたか。ふかひれスープやキャビアじゃなくて、林檎だとは、ヨーロッパは食生活が貧しかったんでしょうね。

いろいろ

Sekko · 2007-09-24 07:23:30 UTC+9 · 投稿 #407

朝川さま

>アダムとイブがいちじくの実を食べたから「原罪」だというのは、なんだか単純すぎてさっぱり分かりません。たかがイチジクごときが、なぜ罪なのやら。かつての支配層が国民に対して、「知識に興味をもつな」と言い含めるために、原罪でおどかしたのかなと邪推したりします。

ええと、普通リンゴ食べたっていわれてませんか? そいでもって、チエがついて裸が恥ずかしくなって腰を隠したのがイチジクの葉?

そして、イブは悠々と食べたのに、アダムはあわててリンゴ呑み込んじゃって、喉に詰まったのが、pomme d'Adam (アダムのリンゴ)と呼ばれるふくらみ。日本語だと咽喉ぼとけです。原罪の証拠を喉に抱えるのと、仏さまを安置するのとではえらい違いですね。

まあ、ダメと言われればますます欲しくなることそのものが知識欲の萌芽かもしれませんね。原罪って、自己責任で生きる人間の運命の出発点なのかもしれません。今でも、民衆を蒙昧に閉じ込めておこうとか、情報の蚊帳の外に置こうとする権力者とか多いんでしょうが、そんなことは絶対続かないよ、という見本かもしれません。
神や権力者ならぬ身も、いったん知る権利を行使したら、その後の行動に責任が生じるのはいたしかたないです。

>冷えていると交感神経ばかりが活発になり、リラックスできないと思います。

リラックスのため副交感神経を刺激するツメもみ療法ってのを日本の書店で立ち読みして実行してみてるんですが、両手の各指の付け根を反対の手の親指と人差し指ではさんで押さえるので気持ちいいです。でも、薬指だけはとばすようにと書いてありました。もったいぶったその感じがすごーく気になります。つい間違って薬指おさえちゃうと、激痛があるような、交感神経が高ぶるような錯覚も起きます。全部いいけどこれだけはダメ、って言われると、そこだけオーラが立ち上る気がしますね。

Fusakoさま、
「まともさ」の感覚って、あるつもりなんですが、時おり自信もなくなります。まともと思っているものも、結局は軽量の一種である「多数派」ってことに過ぎないんじゃないかって。少数派になったり孤立した時に、それでも自分は「まとも」だって、思える根拠を自分はもってるんだろうか。その根拠は、やはり、数量を超えた地平とつながっている必要がありそうです。
親鸞はやっぱり、最初は『歎異抄』でしょうね。突き抜けた個性こそがユニヴァーサルに到達するんだなあ、とか思います。

体調の計量化

朝川 渉 · 2007-09-21 08:50:11 UTC+9 · 投稿 #405

Fusakoさま、初めまして。
>計量化できない感覚なんですよね
心を計量化できれば、朝青龍は元気にすもうを取っていたでしょうし、安倍首相も入院しないで国会で野党相手に論戦をしていたでしょう。
自分の経験で分かったのですが、二律背反でどうにもならなくなると、首から下に症状が出るようです。安倍首相は胃痛でしたか。無名の私は胸痛ですけど。これはつまり大脳を守るために、身体各部にさまざまな症状を起こしているのでしょう。風邪をひいて高熱を出すと、思考力がおとろえるでしょう? これと同じ理屈です。

頭の中を計量化できれば便利ですが無理です。でも体調を整えることはできます。たとえば今も猛暑が続いていますが、私は冷房に当たったあと入浴したり、しょうが湯を飲んで体の内部を温めています。冷えていると交感神経ばかりが活発になり、リラックスできないと思います。

正しさのバランス感覚

Fusako · 2007-09-19 21:33:21 UTC+9 · 投稿 #404

「まともさ」という言葉を自分の暮らしの頼りのようにしています。でも、これって、計量化できない感覚なんですよね。
親鸞は読んだことがないのですが、これ、というお勧めがありますでしょうか。

いちじくの実

朝川 渉 · 2007-09-19 19:49:41 UTC+9 · 投稿 #403

管理人さま
ごあいさつもせず、勝手に書き込みをして申し訳ありません。新参者ですが、どうぞよろしくお願いします。
竹下節子さま、改めてごあいさついたします。

>人生の中で弱い時期に人はより誠実になれるのかなあと感慨も
私は仕事に自信があって、それなりに頑張っているつもりでしたが、力を出す方向ばかりの日々をすごしたようです。それで疲れてしまいました。頑張らない方向の時間もとって、生活のベクトルをプラスマイナス・ゼロにするのが大事なんですね。

ところで、『弱い父ヨセフ』は少しずつ読んでいます。私は金魚よりはましかなと自負していますが、そうではないような。ヨセフは『知の教科書 キリスト教』と同じく、宗教にだまされないぞと身構えている人でも抵抗なく読めるなという印象をもっています。ヨーロッパ諸国と付き合いがある人に役立つでしょうね。
それにしても、アダムとイブがいちじくの実を食べたから「原罪」だというのは、なんだか単純すぎてさっぱり分かりません。たかがイチジクごときが、なぜ罪なのやら。かつての支配層が国民に対して、「知識に興味をもつな」と言い含めるために、原罪でおどかしたのかなと邪推したりします。

サイト読みました。

Sekko · 2007-09-18 20:02:54 UTC+9 · 投稿 #402

お返事遅れてすみません。帰仏して数日発ちました。昔は日仏の切り替えが早かったんですが、この頃は細胞がフランス化しつつあり、そのうち変身がうまくできなくなって、ハイブリッドな変種になるかもしれません。
でも、国や文化の差だと思っていたものが、実は時代の差だということも多いです。こうやってパソコンを使って皆さんとつながってること自体、実感がなくて慣れません。
こういう時代で生きるこういう世代だからこそ、ユニヴァーサリズムとは何かということを考えていきたいと思います。
よく言われることですが、親鸞って、キリスト教ユニヴァーサリズムと近いですね。自由・平等・友愛、それに、正義の感覚も必要です。善悪は相対的だけれど正しさのバランス感覚ってユニヴァーサルなものだと思いたいです。弱いほうに肩入れする、強い方は譲る、強さを制御する。そんな感覚とか原則を忘れたくないです。
サイトをのぞかせていただきました。人生の中で弱い時期に人はより誠実になれるのかなあと感慨もいだきました。
お読みになる機会がおありでしたらメチエの新刊『弱い父ヨセフ』の感想もまたお聞かせください。

初めまして

朝川 渉 · 2007-09-11 16:48:45 UTC+9 · 投稿 #401

キリスト教徒でなくてもキリスト教のあらましがわかる、そんな虫の良い注文に応える本はないかと探したら、竹下さんの「知の教科書 キリスト教」と出会いました。竹下さんのことは存じあげず、この本で初めて知りました。これから他の本にも手を出そうと思います。

ギリシア語版聖書の役割、詩編の重要性、宗教でいう真理、教会が信徒に与えたイメージ、しぶとい公会議など過不足なく書かれていて、なるほどそういうことかと納得するところが多い本です。これらはキリスト教の本場で生活しておられる強みでしょうね。

ペテロの否認から浄土真宗の「悪人は往生する、まして善人は」というのを思い出しました。悪魔の存在は、天台宗と天狗の関係に似ていると思いました。かつて天台宗の坊主は、天狗にまさる法力を持っていたと宣伝していた話ですけど。

それにしても、入り組んだ対象から肝心な部分を拾いだして、手短に表現できる力量はうらやましいです。

台風

Sekko · 2007-09-07 12:32:51 UTC+9 · 投稿 #400

今日未明に台風が神奈川県に上陸し、昨日の朝からずっと台風情報でした。
リアルタイムに聞くの、久しぶりです。
私の小さい頃は中心気圧はミリバール、だった気がしますが、今はヘクトパスカルっていうんですね。フランス人の名が連呼というわけです。あと、昨日ほとんど一日中、「関東地方に上陸のおそれがあります」と言ってたのには違和感を覚えました。天気図の台風の近さや大きさからして、突如Uターンでもしない限り上陸確実だと誰の目にも明らかなのに、「おそれがある」なんて悠長なことを・・・
結局、23時を回った時点くらいから、やっと、「上陸の見込みです」に代わりました。それでもすでに雨風がひどく、「見込み」よりも確実性がありありだったんですが。今朝のニュースで「台風9号は、おそれの通り上陸し・・」と言ってたんで、そうか、「おそれ」というのは、「こわいですよ」の「おそれ」だったのか、と思ったりしました。
海沿いや山沿いに住む方は別として、都会の真ん中にいて昨日は部屋にこもってた私のような人間には、直接身の危険がないせいか、台風は、ゆっくり到来し、暴れて、しかしかならず去っていく、ちょっとヴァーチャルな宇宙人襲撃、みたいな感じがしました。
高波に現れる港なんかの映像をややワクワクしながらみていました。子供の頃、2階の窓から、家の裏の運動場を吹き荒れる雨風のすさまじさを眺め、突然「台風の目」に入って、青空すらかすかに見えた後、やがてまた暴風雨になるのを見たことがあります。学校が臨時休校になる楽しみも加わって、非日常の興奮がありました。そんなことを思い出しました。

10月からは地震の警報も出るそうなんですが、こちらは秒読みのレベルで、うちにいても外にいても直接どかんという感じなので、ぜんぜんイメージが違います。やはりこわいです。9月1日の朝は、8時ちょっと過ぎに渋谷区の防災訓練を告げるスピーカーの音で起こされました。地震や台風で無理やり季節にめりはりがついちゃう日本を久しぶりに実感しました。夕べの大雨の中でも秋の虫がかなり長い間鳴いてたのはびっくりです。

パリにいたら、少なくとも台風や地震とは無縁ですから、毎年同じ頃に、迷惑なものがやってきて暴虐を尽くして去っていく、ことの対策を立てるとか、いつくるか分からない運命的な破壊の危険を意識していなきゃならない、ってことはないですよね。
人生は、考えてみたら、この手のアクシデントに満ちてます。遠くからやってくるのが分かっているのに、避けられない、去っていくのをじっと待つしかない、とか、突然襲われても被害が少ないように日ごろからシミュレーションしとくべきものとか・・・日本で生きてるほうが打たれ強くなるかも、と思ったりしました。
私、今年は7月に仕事しようと思ってがんばって、フランスでクーラー買ったんですよ。使ったのは1日だけでした。ドアをしめてたんで、好奇心にかられたネコが無理やり入ってきて、すごい音(日本の40年前のクーラーみたいな音です)に驚いて尻尾ふわふわにしてにげていきましたよ。

(無題)

猫屋 · 2007-09-02 09:56:52 UTC+9 · 投稿 #399

突然の新参者ですが、失礼いたします。
ああ、東京もやっとすごし易くなりましたか。わたくしがこの夏行った、東京も奈良も京都も三重も、とにかく天火状態で閉口しました。どうぞ、日本の季節の移りをお楽しみください。こちらはすでに朝晩かなり冷え込む本格的“秋”であります。

近況など

Sekko · 2007-09-01 12:30:49 UTC+9 · 投稿 #398

8月と9月の境目に日本にいるのは、20年ぶりくらいかも。TVで夏の終わりというのをやっていて、日本で最後の夏の夕日の入りとか映してたのを観て、季節の移ろいの共有をたえず刷り込んでいる文化って面白いなと思いました。
フランスでは夏は9月20日の秋分の日まで続くことになってます。冬は冬至から春分までです。11月なんかで雪の降るときもあるし、日本でいうと厳寒の服装なんかを10月頃から街で見ますから、12月に入ってもまだ「秋だ」っていわれるとすごく不自然なんですが、春は春分くらいにならないと実感しませんから、ちょうどいいですね。

ともかく、東京は3日くらい前から涼しいので、ようやく歩き回るのが楽になりました。上野の国立博物館に行こうと公園を歩いていると、7月のパリの公園の散歩を思い出しました。京都五山展に行きました。ポスターがすごくインパクトがあったので。

個性的な二人の禅僧の坐像が宙に浮いて、下の白い枯山水に陰を落としている趣向だ。僧衣の前が垂れている。何故こういう風になるのかというと、坐像は、伝統的な図像のスタイルを模しているからだ。そのスタイルとは、曲ろくという肘掛安楽椅子みたいなものに座って、その前にクツ置きがあってクツがちょこんと置かれているというものだ。椅子の座は高く、前に垂れる法衣は床に届かない。この下で足はどうなっているのだろう。

これは中国からの肖像スタイルであり、実際の日本の僧は床や座具や畳などの上で胡坐をかくかたちで座っていたと思われるが、とにかく画像は椅子つきだ。だからそれを基にした木造彫刻も、椅子様の台に座らされるか、段の上に置かれて、法衣の前が下に垂れている形なので、ポスターの「空中浮揚」にぴったりなのだ。

数は少ないが、前のクツ置きに置かれた履をはいている足つき画像もある。とすると、履をはいてない像でも、垂れた法衣の後ろで履なしの足が床に届かずにぶらぶらしているのではなさそうだ。では、椅子の座部で、胡坐を組んでるとかしているのだと推測できるが、履をはいた足が出ている図も、足が見えない図も、腰の部分の形やふくらみがまったく変わらない。
木造像の前垂れの内側を覗き込んでも、何もない。でも腰の部分にも、広がった脚やひざの厚みがあまりうかがわれない。ものすごく気になるが、中国では、普通に椅子に座ってたんで、日本では、形式だけでリアリズムは無視されただけなのか。折りたたんだ座具を腕にかけて椅子に座ってるという画像もあるので、椅子には、腰掛けている、という認識はあったんだろうと思うのだが。
でも、履も皮製で、椅子も立派で、なんだか明治維新の日本人が突然椅子生活を取り入れて、でも、靴脱いで正座しちゃっているみたいな感じがする。何でこんなことが気になるのか自分でもへんだが、それも、木造玉眼の彫像のあまりの迫力のせいなのだ。

水墨画で、墨だけで紅梅白梅を描き分けるテクニックにも簡単しました。逆に、白を色として加えた白衣観音図(吉山明兆)も、ジョージ秋山の浮浪雲みたいな座り方で印象的でした。鹿王院の釈迦10大弟子の群像表現はすごいんですが、ぜんぜんインド人じゃないよね、この人たちって感じです。釈迦は様式化してるから人種不明なとこがあって納得ですが、10大弟子のあのリアリズムで、あの東アジア顔は・・・
書では、死ぬ前に無理に?書かせる「遺げ(ゆいげ)」という書に「劇蹟」といわれる、のたうつ迫力のがあって、驚きました。願成寺のそれを残した僧(漢字が変換できなさそうなんで名は略です)の遺骨には5色の舎利がまじっていたとか。薬品とか化学物質の沈着かなあと思ってしまいます。
びっくりしたのは、十牛図の前で、結構年配のおばさんたちが、人牛倶忘の円相を前にして、あら、これは、消えたのかしら、なくなったのかしら、と不審がってたことです。その他にも、訪問者の年齢が高い割りに、えっ、まさか、って耳を疑いたくなるような、完璧に無教養な発言や疑問があちこちに飛び交い、修学旅行生じゃあるまいしそんなこと大人があっさり口にするなんて、日本人も変わったなあと思いました。


ともあれ、不立文字の印象の強い禅の世界の図像を含めた饒舌さに圧倒された展示会でした。

記号が実体化する時の脆弱性

K GOTO · 2007-08-20 08:54:21 UTC+9 · 投稿 #397

いやはや「創価学会員」とは始めて言われました。
ただ、古川様のご指摘の通りで、

1.節子先生の発信するものが、届く範囲が広いこと
2.古川様の発信するものが、届く範囲が広いこと
3.かつ上記2点は、特定の人々に対し 不利益を生起させる可能性があること
追加.最近あった特定の複数の書き込み

となれば、それを封じようとする人が出てくるのも当然のことです。
しかも、インターネット上で記号でしか表記されていない思想の発信源が
実体化するわけですから....言わずもがなですね。
今回のコメントで、改めて古川様の著書に記されていたことが
現実であると気づかされました。
(人づてには聞けど、目の当たりにしたことは無かったので)

ここで、私はあえて申し開きはしませんが、
もし可能であればお二人のやり取りの中で、私が直接観察したかったのは

1.節子先生の、今のフランス社会、制度特にソシエタル・社会互助の考え方に至る道筋
先日Webにアップされておいででした、カソリックの倫理的基本思想とソシエタルの問題は
医療関連の教育に関心を持っていたことから、非常に良くわかりました。

2.古川様が、今の考え方に至るまでにフランスという文化が及ぼした影響
今 一冊一冊 Blogと合わせ拝読しておりますが、
フランスという文化と古川様の記者としての哲学 この距離感をどう取っているのか、
という疑問が常に念頭にあります。

であります。

結論 プライベートな事項は やはり1to1のメールがよろしいかと存じます。
古川様の同時代ウォッチング 今後も 毎記事の最後を楽しみにしております。

雑感

古川利明 · 2007-08-20 00:54:13 UTC+9 · 投稿 #396

この「K GOTO」という人は、「創価学会員」の可能性はありますね。この掲示板は匿名の自由投稿で、どうせ、「身元の特定」はできませんからね。それはそうと、その「サルコジ当選前後」の竹下さんのスタンスの変化を見ていて思うのは、その「専門以外の分野」に、嘴を挟む必要はないと思うのですよ。しかし、「フランス」に関しては、現在、そこに住んでいて、なおかつ、竹下さんは「表現者」として、その専門家としていろんなメッセージを発していて、それなりの、というより、かなりの「影響力」があるんですよ。私が言いたいのは、その点です。つまり、「政府高官」であるとか、常に匿名の立場でなければならないような人物と違って、竹下さんは、既に自ら多くの著作を世に問い、その蓄積が、世間に対する発言力となっているわけですよ。連中もバカではないですから、そういう「足元」はきっちりと見てますからね。ここで、妙な書き込みが出てくるのも、そうしたところと無縁ではないと思います。権力(とりわけ独裁権力)が、いちばん心を砕くのは、「言論人」の批判をいかに封じ込め、自分たちに都合のいい言説を振りまかせるかですからね。とにかく、批判的言辞を「黙ってて」くれるだけで、ありがたいんですよ。

うわ Observer 参加希望

K GOTO · 2007-08-19 00:12:02 UTC+9 · 投稿 #395

うらやましいですね。
もし 可能ならばObserver参加したい ところです。

明日から熱波が戻ってきます。
お二方、ご自愛くださいませ。

どうでしょう

Sekko · 2007-08-18 15:51:05 UTC+9 · 投稿 #394

前にシラクが問題になったのは、ヴァカンスの飛行機代が公費で支払われていたというのがありました。プライヴェートのヴァカンスは、公費を使うのでなければ、行き先でヨットをタダで借りようが別荘を借りようが、別荘持ち同士が貸し合いヲするのって、国内でも普通の光景なんで、賄賂としてカウントされることはないんだと思います。だからTVでも言ってるんで。そうそう大統領選の時の資料とかちょっと持ってきてますよ。もうしばらくいるんでお茶でもしましょう。

もっと単純にカネの問題でしょう

古川利明 · 2007-08-13 01:58:01 UTC+9 · 投稿 #393

「下」にあるネット荒らしの書き込みなんかは、さっさと削除するなり、きちんと管理しないとダメですよ。それで本題ですが、猿コジのバカンス問題はもっと単純に「カネ」の問題だと思います。本人はそのアメリカの高級別荘の滞在費は、所有者の好意により、「タダ」だと明かしたんですか。週3万ドル(約360万円)もする家賃の滞在費を、それも2週間も負担させているんですか。家族といった身内ならまだしも、そんな親しい個人的な友人であっても、そんな「便宜供与」を受けること自体が、おかしいですよ。もし、マイクロソフトのフランス国内のビジネスで、猿コジが便宜を図れば、イッパツじゃないですか。もっとも、例の「大統領不訴追特権」で無罪放免ですがね。少なくとも日本の刑法では、現金の供与でなくても、こうした不動産の無償貸与や、さらには売春婦の世話なんかも、ちゃんと「賄賂」としてカウントされますからね。収賄罪で立件する場合は、それ相当額を賄賂の金額として算出しますからね。日本よりカネにうるさいフランスでも、当然、そうじゃないんですか。本当にフランス国民の大多数は、そんな「セレブの消費文化」を自国の大統領がバカ騒ぎしてるのを、満足してるんですか? 「現実追随」ということが、ここまで回っているのかと、暗澹たる思いが、正直します。「ユニヴァーサリズム」という視点からの批判精神は、いったいどこに行ったのかと思いますよ。

日本から

}Sekko · 2007-08-10 14:38:06 UTC+9 · 投稿 #391

5日に日本に着きました。今日は表参道の銕仙会の能舞台で虫干しされている能面を拝見させていただきました。ずらりと並ぶ面は壮観で、空気が凝縮して、眺めている人達よりも生き生きしていました。それでも、面(おもて)は、自分をもっと生かしてくれる裏(うら=面をうらづける人格)を求めているようで、目をあわすたびに品定めされているような気がしてきました。ご招待してくださった柴田稔さんは、面をつけていると自分の体が見えないので、装束をつけていても裸で全て見られている感じがするとおっしゃっていました。裏が全部おもてを通して露呈するわけでもあります。変身でなくて暴露なのかもしれません。あるいは、おもてに促されて、裏の裏に隠れていたものを引き出しながら構築するのかもしれません。
サル居士のヴァカンス先の豪邸は、無償で提供されたって、TVでは言ってましたが・・・(Sがらみの人脈かなあと私はおもってしまいましたが。)
今のフランス人の多くは、「セレブ」の豪遊を眺めて自分を重ねて仮想で満足するのだと誰かが言ってました。自分ちの大統領は自分たちの代表でうんと豪遊して見せてほしいんだそうです。それって、すごく「下流」な発想な気もしますが・・でもフランスの庶民は、「庶民文化」に居直るよりトップダウンの上流文化を代償的に教授して満足という伝統があるので、それがセレブの消費文化にとって変わったって感じかもしれません。そういうのばかりがメディアに出るわけですから。エレガントなサイレント・マイノリティの核は健在だと思いますけれどね。

文化政策の不在

古川利明 · 2007-08-06 12:39:53 UTC+9 · 投稿 #390

K GOTOさんのように、フランス語を理解できる方が、情報を発信していくことが大事だと思います。自分でフランス関連のブログを立ち上げられたらいかがと思います。それはそうと、サルコジがアメリカで2週間のバカンスに入って、その豪邸の所有者がマイクロソフトの役員で、家賃が週3万ドル(約360万円)のところを、共和国大統領の月給6000ユーロ(約100万円)で、どうやって捻出してるんだということらしいですが、リビアに武器を押し売りしたリベートがどうせ、ちゃんと逆流してるんでしょうからね(笑)。相変わらず、この懲りない成金趣味はもとより、もっと根本的なところで、サルコジに「文化政策」がないことを、どうしてどこもちゃんと批判しないんですか? 少なくとも第5共和制以降でいうと、ドゴールはマルローに任せて、オペラ座の天井をシャガールの絵で埋め尽くしたり、日仏文化交流という形で、ルーブルのモナリザを日本に持ってきたり(なお、日仏会館の設立はマルローの尽力によるもの)、ポンピドーはポンピドーセンター、ジスカールデスタンはオルセー、ミッテランはルーブル改造、シラクはケ・ブランリーと、その大統領在位中に、並々ならぬエネルギーと予算を投入して、「世界に冠たるフランス」としての「文化」をいかに構築していくかに力を注いでいましたが、サルコジにはそれがないですよね。本当にアメリカ的な成り上がり成金ていうか、フランス人にしては珍しく、「品」だとか、「洗練」「優雅さ」がないですよね。本来であれば、こういうのをちゃんと「調教」するのが、ジャーナリズムであったり、教養人の役割だと私は思うのですが、現地では「見て見ぬフリ」ですか? よく、こんな品性下劣な人間を、フランス人は大統領に選出したもんだと、改めてハラが立ってきます。

情報の非対称性の緩和

K GOTO · 2007-07-30 21:19:30 UTC+9 · 投稿 #389

>古川様
こうした記事が出来た背景について 何故だろう、と推測していたのですが
1.アルバイトに訳させる→東京配信
は予想に難くなかったのですが、
2.元外信部→もぐりこむ 配信
は なるほど膝を打ちました。
ただ、
3.下積みをこなし取材力を培った人間(外国語OK)→特派員
は、他所の国 とりわけ 世間の関心が低い仏では、元が取れないので
望みは薄いですね。

ただ、(これを今の期待するのは もう遅いのですが)
「情報独占」の対価として 読者は新聞が自らの仕事について持っている
情報の非対称性を解消する存在としての矜持を
私は期待するのですが、それはもはや失われてしまったのでありましょう。
僭越ながら、このBlogを読み始めてなぜ古川様が自立されたのか
その理由を考えていたのですが、
この掲示板での 日本の新聞がカバーし得ない情報密度の高い対話と
先の書き込みにある外国の配信ニュースに関する事例を見て
その一端がうかがえたような気がします。

追記

古川利明 · 2007-07-30 20:20:34 UTC+9 · 投稿 #388

その「ドビルパン訴追」と書いた新聞は、読売以外にもあって、その日の各社紙面は、「ドビルパン訴追」と「ドビルパン事情聴取」と、見事に2つにキレイに分かれてて、それで「?」と思ったんですよ。新聞各社で言うと、「パリ特派員」のポストは、まあ、外信部に(運良く)配属になって、フランス語がそれなりにできれば、そのままもぐりこめますからね。あとは、アルバイトに現地の新聞を下訳させたのを、適当に打ち込んで東京に送れば、それでOKですから。フランス語みたいな「少数言語」なんて、どうせ誰も読み書きできないだろうという、「思い上がり」があるんですよ。本来なら、サツ回りもちゃんとやって、事件もこなし、政治部とかで政局取材もやって、そうやって取材力を培った人間が特派員に引っ張られるという人事システムではないですからね。「特殊言語」ができるということだけで目をつけられ(だいたい、そういう記者ほど取材力はない)、それで「特派員です」で通用する世界ですよ。しかし、そういう「情報独占」もこうしたネットが崩していっているんで、むしろ、新聞が「ネット規制」に手を貸す状況になりかねませんよ(笑)。事実、毎日の「ネット君臨」などという連載が、モロ、そのトーンですからね。

すみません

Sekko · 2007-07-30 19:39:47 UTC+9 · 投稿 #387

下の投稿、なんだかバグって繰り返しが長くなってます。
ここでカットしてもう一度送ります。(前のは削除します、)

ええと、古川さんがおっしゃるように、『「訴追」というのは、要は、日本の刑事司法においては、「公訴提起」、つまり、「起訴」ということで、被告人として刑事裁判が始まるということ』であれば、Mise en accusation になるので、やはり間違いですね。Mise en examen は予審判事の固有の述語で、その認定をしてからMise en accusation にもって行くまでの期間は予審判事が決定します。だから、ヴィルピンはまだ起訴はされてないのです。LIBEの本文のpoursuivi と言う語には起訴されるという意味もあるので、記者はそう訳したんでしょう。なお、Mise en examen という言葉は前に使われてたinculpationに替わってできた比較的新しい言葉です。それでまだええと、古川さんがおっしゃるように、『「訴追」というのは、要は、日本の刑事司法においては、「公訴提起」、つまり、「起訴」ということで、被告人として刑事裁判が始まるということ』であれば、Mise en accusation になるので、やはり間違いですね。Mise en examen は予審判事の固有の述語で、その認定をしてからMise en accusation にもって行くまでの期間は予審判事が決定します。だから、ヴィルピンはまだ起訴はされてないのです。LIBEの本文のpoursuivi と言う語には起訴されるという意味もあるので、記者はそう訳したんでしょう。なお、Mise en examen という言葉はinculperに替わってできた比較的新しい言葉です。L'inculpé Villepin という表現はそこから来ています。これも予審判事による被疑認定のことで、まだAccusé ではありません。

ドビルパンは訴追 について

K GOTO · 2007-07-30 14:02:19 UTC+9 · 投稿 #385

はじめまして 後藤と申します。
大統領選以前からひっそりと拝読しておりました。
古川様のビルパンの訴追に関する 日本での報道の差異について、
すこし掘り下げてみました。
AFP、Figaro、Monde、Libeを確認したところ、
おおよそ、
「市の裁判所にて 取調べを受ける。聴取は1時間弱で終了。
容疑事実は否定。今後立件される可能性が高い」
という内容だったのですが、
Libeだけ
「Villepin, 53 ans, est poursuivi pour «complicité de dénonciation calomnieuse, recel de vol et d’abus de confiance, complicité d’usage de faux»」
<L'inculpé Villepin interdit de rencontre avec Jacques Chirac
Par Libération.fr LIBERATION.FR : vendredi 27 juillet 2007>
とありました。
おそらく この内容を受けて読売は書いていたのでしょうが、
Libeの記事内においても 表題は mise en examenですが、本文ではest poursuiviとなっており
本文の表現と表題が異なります。

いかがでしょうか?
今後も仏語の世界を探求する時の鑑とするべく、節子先生の評論と古川様のLogを拝読していきます。
よろしくお願いいたします。

いえ、自公大敗です

古川利明 · 2007-07-30 13:23:47 UTC+9 · 投稿 #384

参院選のことは、少し私の方のブログに書いています。ちゃんと分析しないとですが、面倒くさいので、ほったかしにしようかと思っていますが。フランスの刑事司法は、その「予審判事」と「検事」との役割分担が、イマイチ、日本と違って、わかりにくいですね。日本の場合、刑事事件を捜査、立件するのは、検事で、裁判官(=判事)は、そうやって検察が起訴した被告人の審理を法廷で行うわけですから。もっとも逮捕状の発付や拘留決定は裁判官がやりますが、事件の中身の捜査そのものは、検事がやりますからね。もちろん、起訴後、公判が始まって、審理の過程で裁判官が現地調査をすることも、ごくまれにありますが、それと今度のフランスの予審判事の動きとは、また違うようですし。でも、ドビルパンは脇が甘かったんですか? 私はあまり詳しい内容は知らず、把握してるのは、新聞報道程度ですが、そもそもこんなのが、どうして「事件」として取り上げられるか、「?」ですね。猿コジ大皇帝様も、相当、ビビッてんですね。かなり、「被害妄想」も入っているんじゃないかと思いますがね。ドビルパンにしてみたら、「サルコジ、何、そんなにいきり立ってんだ?」って感じですが。シラクを訴追するとなると、その「大統領不訴追特権」で、今度はその「ブーメラン」が自分に飛んでくるじゃないですか。「オマエ、ヌイイ市長のとき、いったい、何やってたんだ? どうして、予審判事は調べようとしないんだ?」って言われたら、イッパツじゃないですか(笑)。ヨミは誤報ですか。たぶん、まだ訂正記事は出ていないようですから、いいネタですね。

自民大敗ですって

Sekko · 2007-07-30 06:12:56 UTC+9 · 投稿 #383

参院選の結果を見て、これで自公連立がやっと崩れるのかなあ、と感慨深く思いました。
juge d’instructionというのは、検事から立件(事件性を示唆された)された事件についてのみ調査できるんです。司法警察も使えて、捜査に関してかなりの自由と権力があります。その途上で、証人喚問の上のレベルで、証人から、mise en examen へ進んで、容疑者認定をして、拘留の権限もあるわけです。容疑者は、その段階で「mis en examen 」と呼ばれます。その後、起訴にいたることがあるわけです。この時は確か、別に検事に差し戻さなくても直接起訴できたと思います。
でも juge d’instruction には裁判権はありません。それで、もしヴィルパンがCJRで審議されるように申請して受け入れられたとしても、ポンスらは捜査は自分たちの判断で続行できるのです。
まあ、だから、今の段階では、日本語の訴追というのは、当たっていませんね。だから読売は誤報といっていいでしょう。
確かに、わたし的には、ヴィルパンかわいそう、って感じはあるんですが、脇が甘かったのなら政治家としてはやはり足りない部分があったんだなと納得してしまいます。

いい「政局」のネタですね

古川利明 · 2007-07-29 16:15:11 UTC+9 · 投稿 #382

猿コジも、自分の政権運営をいいように進めようという、一つのカードですね。私に言わせれば、「偉そうに、被害者ヅラすんな」って感じですね。ここはタヌキとキツネの化かし合いのようですが、こういう捜査のニュースが報じられるだけで、いい攻撃材料になるんで、どんどんPSの連中も猿コジ大皇帝様に靡いて、一本釣りされていくというわけですね。「訴追」というのは、要は、日本の刑事司法においては、「公訴提起」、つまり、「起訴」ということで、被告人として刑事裁判が始まるということですが、フランスの刑事司法は日本と違うんで、そのへんがイマイチ、わからないんですよ。予審判事(=juge d’instruction)というのは、重罪(crime)に当たる犯罪かどうかの証拠調べと尋問を行い、それが認められれば公訴局(chambre d’accusation)に移送し、そこから重罪院(cour d’assises)に訴追されるといふうになってますが、被疑者が訴追され、正式な刑事裁判を重罪院で受けるまでに、2段階あるんですか? だとすると、予審判事がいきなり取り調べた人間を、「訴追」するというのは、手続き的にはありえないというふうになるんですか? 日本の刑事訴訟法とは全然、違うんで、そこらのあたりの「機微」が全然、わかりません(苦笑)。このフランスの「予審判事」ってのは、日本でいう「検察官」に近い感じがしますが、でも、それとも違いますよね。例のカミュの『異邦人』を読むと、ムルソーの事件で、予審判事は出てきますが。しかし、その「ドビルパンはシラクとの接触を禁止する」ってのは、「いかにも」じゃないですか。刑事司法を使った、体のいい「政治活動妨害」ですね。しかし、ドビルパン大好きの竹下さんですら、今は、彼に距離を置くフリをしなければならないそっちの空気に、猿コジ大皇帝様の「高笑い」が目に浮かんで、私は悔しいこと限りなしです(笑)